月の起源論 

 月の起源論は、多くの説があり、また、同じものでも違う名称で説を紹介するため、これを理解しようとする側は、混乱することがあります。

一般的に紹介されている名称を先に、その他の名称を(  )で括って、わかり易くしました。

 

 

●親子説(潮汐説、分裂説、分裂起源説、娘説、出産説)

 

 

 

 

 

 

 

 

 進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの息子(次男)、ジョージ・H・ダーウィンが1879年、彼は、潮汐作用の数学的研究に基づいて、この考えを論文で唱えた。その後、アメリカの天文学者W・H・ピッカリングが地球の一部が膨らんで月ができたという。

 それは、地球と月はもともと一つの物体であり、それからどろどろの月が分離したのだという。

 その後、修正が加えられ地球は急速に回っているので不安定な状態にあり、楕円体になり短軸の周りを自転する。そして太陽によっておこる潮汐と、地球自身の固有運動の周期と二つの因子が共鳴すると、潮汐はどんどん高まる。その結果、ピッカリングは次のように説明した。地球の一部がふくらんでちぎれた(現在の太平洋がちぎれた跡)ため、地球から月が生まれた。という説。

 また、1969年リットルトン(R.A.Lyttleton)は、月の起源は分裂説で説明できると、次のように述べている。

 はじめ地球・月・火星を含めた原始惑星があったと考え、これが回転しているうちに不安定になり、火星と月を分離したという。

つまり、原始惑星の角運動量が新しい物質の凝集と共に増大し、均一な球体から回転軸に沿って押しつぶされた形に変化。質量増大に伴って原始惑星は3軸方向にのびた楕円体となり、3軸の極限比率は23:10:8となった。この状態で、原始惑星の安定性は失われて引き伸ばされ、原始地球と原始火星は細い首のようにつながった。この部分が小滴として分かれ月になり、地球の周りを周るようになった。一方火星は飛び去り太陽の周りを回るようになった。

 

 別の分列説は、オキーフ(1969)によっても提唱された。

それは、質量比の困難を解決するために、原始月が地球から分かれたとき、その質量は1/10であると考え、分裂後の激しいエネルギー放散期に、その物質と角運動量の大部分が失われた。月が現在の大きさになるまで、原始月の表面からも、物質の激しい蒸発がおこったであろうと想像している。

 

 

●兄弟説(双子集積説、二重集積説、共集説、共成長説、連星説、破片・二重惑星説、沈澱説)

 

 月と地球は同じガスとチリの塊から、地球軌道付近で同時に作られたという説。

 これは、太陽系起源星雲説の『カント・ラプラス説』から発展し、太陽系、又は、地球ができて間もないころ、宇宙を飛んでいた岩の破片、蒸発したガス・チリが沢山ただよっていた。

 これらが、衝突しながら集合・固体化し地球や他の太陽系の惑星となった。この時同じようにして、地球のそばでガスが固体化し月が生まれた。という1960年前後の説。

 これは、マクドナルド(G.J.F.MacDonald)とロッシュの限界で知られている天文学者エドワード・ロッシュ(1820-1883)が強く擁護していた説である。

 しかし、ユーリー(Harold Clayton;1893-1981)は、『原始地球・月は、原始雲から凝集したとき、その間の重力による引力は増大し、月の軌道速度は月が地球にぶつからないように、または太陽を周る軌道に飛び去ってしまわないようにうまく調節しなければならなかっただろう。』と言った。

 もうひとつの困難として、月と地球が同じ塵雲から生まれたとするなら、それらは同じ化学組成でなければならない。

 しかし、月の平均密度は3.34g/立方センチメートルで、地球の5.5g/立方センチメートルに比べかなり低い。 このことを説明するために、1969年に

オロワンE.Orowan)は、『原始塵雲の中の金属粒子は、惑星が成長するまでに、すでにある大きさの塊をつくっていた。それで惑星はすでにできあ

がっている鉄を核として成長がはじまった。ひとたび金属核が発達すると、珪酸塩でできた非金属粒子が、引力で集積された。月は原始塵雲の金属

粒子がなくなった後、主として非金属粒子が集積して出来上がった。』。

 

 

●他人説(捕縛説、捕獲説、配偶者説、キャプチャー説)

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 アメリカの天文学者トーマス・ジェファーソン・ジャクソン・シーは彗星や小惑星が地球に近づくことがあるように、月がたまたま地球の近くを通りかかったとき、地球の引力で捕らえたため、地球のまわりを回るようになったという1960年前後の説。

 1964年に、マクドナルド(G.J.F.MacDonald)は兄弟説ばかりではなく、捕獲の過程にいたる地球と月の力学的に可能な軌道計算で、月の現在の軌道の確立を導いた。

 それは、地球半径の10倍以内の距離のところを通過したとき、月は約5°の角度で地球に捕獲され、月本来の軌道をはずれ、地球の周りを反時計

回りに自転するようになる。このとき約17.5億年前のことであった。このときの地球の自転軸は地球軌道面(現在23.5°)にほとんど水平であった。

 月は急速に地球に近づき数百万年後には、地球半径の2.7倍のロッシュの限界にまで達した。このときに発生する潮汐摩擦力は地球の自転周期を遅らせ、月を遠くへ押しやった。捕獲後1000万年もたたない間、月は地球半径の25倍の距離にまで離れ、現在に至っている。

 

 

●リングウッドの仮説

 リングウッド(A.E.Ringwood;オーストラリア)は、いままでの3つの仮説の反省と、アポロによりもたらされた月面物質の検討により、新しい起源論を

1970年に発表した。アポロ11号が持ち帰った月の物質から玄武岩質火成岩が、地球上の玄武岩物質と非常に似ていることから、月の起源は地球の起源と密接な関係を持っていると考えた。

 しかし、月と地球の岩石の明らかな相違点に注目し、親子・兄弟説に反対し他人説に疑問を示した。それは、月はかつてロッシュの限界内にあったことは間違いなく、微惑星体の集合した環をつくっていた物質からもたらされたと説いた。これは、すでにオービック(E.J.Opik)が、月は環の物質の凝集からつくられたものであると1961年に発表していたものを、リングウッドがそれを補い発展させたもの。

   

 

●ジャイアントインパクト説(巨大衝突説、衝突放出説、 巨大衝突モデル:衝突による破片仮説([Big Whack])

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツーソンの惑星科学研究所(The Planetary Science Institute)にいたデービス (Davis,Don)とハートマン(Hartmann,William)等の2つのグループが1975、1976年に別々に提唱した。その後、アリゾナ大学月惑星研究所のアル・G・W・キャメロン(Cameron,A.G.W.)教授、同じくアリゾナ大学のH・メローシュ博士とサンディア国立研究所のM・キップ博士等が、コンピューター・シミュレーションを使った研究で大きく発展した説。

 また、コロラド州ボールダー、サウスウエスト研究所のキャヌプ(Canup,Robin)らは、この程度の衝突が起こるのはごく当然だという研究結果を発表している。ジャイアントインパクト説は、1984年の月の起源に関する学会に於いて有力な学説として認められた。

 

 この説は、40億年以上前に地球に火星くらいの大きさの天体が時速10万kmくらいのスピードで衝突。

その衝撃で双方からのマグマとなって溶けた岩石が地球の軌道上にはね飛ばされ、数万年から数千年(最近の研究で1ヶ月という説も)かけて、

再び破片が凝集して月になったという。

 つい最近では、衝突は一回ではなく火星や水星ぐらいの微惑星の衝突が、小さな規模で数回ほどあったという説が出てきている。

 以上、この説は、月に核が無いこと、月の成分が地球のマントルに良く似ていることなどを説明できることからもっとも有力視されている。

といわれている説。
  

●人工天体説・改造天体説

 1970年7月1日ソ連のミハイル・ヴァシンアレクサンドル・シュシェルバコフが科学雑誌スプートニックに、「月は異星人がつくった、空洞の人工天体、巨大宇宙船」といわれる月人工天体異説。

  

●その他、月の起源に関し次のような意見もある。

1.V・A・フィルソフは、月は何回も地球から失踪しては再び捉えられたと主張。

2.ノーベル物理学賞を受けたH・S・ユーリー博士は、月は全体がどろどろであったことは一度もなく、 太陽星雲から生まれたときも冷たい状態で

  生まれたという。

3.月はもともと太陽を周っていたが、地球が後になって入り込んで月を捉え一緒に周るようになったという説。

4.日本の都城秋穂(*)は、1967年に月は地球と一緒に形成されたものと説く。

 

 

月のできるところは誰も見ていません。これらは全て仮説です。

どれをとってももっともらしく、どの説が正しいのか現在でも正確なことは解っていません。

  

主な参考文献 月の地質学(小森長生著 築地書館)

          月の謎とノアの大洪水(飛島昭雄 三神たける、学研)

          月の謎 ムー謎シリーズ(学研)

          月の科学 月探査の歴史とその将来(Paul D.Spudis著 水谷仁訳、シュプリンガー・フェアラーク東京発行)
          他多数。

 

(*) 都城秋穂氏死去 米ニューヨーク州立大名誉教授 (2008.7.26 共同通信)
都城秋穂氏(みやしろ あきほ=地質学者、米ニューヨーク州立大名誉教授)24日、同州の森林公園で遺体で見つかった。87歳。

公園内を歩行中、崖から転落したとみられる。1920年、岡山県出身。米コロンビア大、ニューヨーク州立大教授などを歴任。

地球の地殻運動をプレート(岩板)の動きから解明するプレートテクトニクス理論の権威で、アメリカ地質学会のアーサー・L・デイ賞や

日本学士院賞を受賞。
 

 

 (各説のイメージ4点は『月の謎とノアの大洪水』、ムーシリーズ『月の謎』(両方とも学研)を基に再構成したものです

 提供(地球画像) : NASA GSFC