オニール橋

 アメリカ合衆国のNew York Herald Tribune紙の記者、科学部長ジョン・オニール(J.J.O'Neill)は、1953年7月29日01時30分頃、口径10cm×55

で月面観測中、危機の海のはずれのオリーブ(オリビウム)岬とラヴィウム(ラビニウム/ヴィニウム)岬の間に、“ 巨大なアーチ ”がかかっていると

報告した。

 

  (写真NASA提供:1967年頃ルナ・オービター撮影)

 

 

スケッチ記入者不明

(月面とその観測 中野 繁著 恒星社厚生閣)

 

1954年10月2日

1.17時20分  3.17時50分 

2.17時35分  4.18時10分

(望遠鏡で見て書いた倒立像です)

 翌月の8月26日、英国天文学協会の月研究部長で、世界有数の月観測家で、当時最も詳細な月面地図を作成していた、ウィルキンス(Hugh Percy Wilkins)とパトリック・ムーア(Patrick Moore)らもそれを確認したと発表し、ウィルキンスは、BBCのラジオ番組で「橋の下に太陽光が差込んでいるのさえよく見える」と述べ、世界中が大騒ぎになったが、この年の10月にはオニール橋は観測できなくなってしまった。見間違いだったのではないかと云う批判が出た。

 ウィルキンスは、見間違いではないと主張して英国天文学協会の月研究部長を辞任してしまった。その後、いろいろな月探査機が送られ、かなり詳細な写真が得られた現在、そこにはアーチらしきものは何もないことが判明している。

 しかし、月面地図を作るほどの月研究部長ウィルキンスさえも見間違えたもの

は何だったのでしょうか。当時、かなりの話題を呼んでいたオニール橋は、UFO研究家の格好の材料となり、20Km近い長さのUFOが、その場所に着陸していたのではないかとまで騒がれたのです。

 

 その後、10数年たっても、何回か日本の少年雑誌及び天文雑誌などでオニール橋の紹介記事があった。月面図は高価でなかなか買えない時代だった。雑誌の記事を頼りに、私は何度も望遠鏡で月を見たが、オニール橋を見つけることはできなかった。というより、とんでもないところを見ていた。知識不足・勘違いだったのだろうか?

 オニール橋が危機の海の端っこにあるということを、私自身わかったのは、随分あとになってからである。

 今となっては遅いが、その当時のオニール橋付近を写真に撮って、持っている人はいないのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

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