しゅぎょー

駄目だし

通常、芝居の稽古をしていると、演出家から、役者・スタッフにいろんな要求がいく。
そして、稽古を積み重ねていくうちに、台本、演出、役者、音、照明、その他のバランスやらマッチングが行われ、ひとつの芝居になっていく。
そう、「駄目だし」はとっても重要なものなのだ。
さて、その重要性をふまえたうえで、もうひとつ。
先ほど言った「演出家から、役者・スタッフに」というところにもとてつもない重要性があるのだ。
ひとつの芝居は、台本を元にして、演出家を中心に作り上げていくものであって、バラバラの意見が入り乱れるものではない。

○×は、演出家が最終判断を下す。また、その全責任を負っている。

役者から役者への「駄目だし」などは、もってのほか!役者個人のエゴに近い。
「やりにくいから、ここんところ、こうやってくれない?」
何様のつもりだ?と言いたい。やりにくいんだったら、自分を変えてみれば良いだけの話。
台本的にとか、芝居全体として、どうしても考えた方が良いと思うなら、役者・スタッフ個人に言わずに、演出家に聞いてみるべきである。
良い芝居を作りたいから・・・そりゃわかる。それだったら、きちんと、演出家を通して作ってゆくべき。
これは、勿論スタッフにも言えることだ。

少人数の劇団では、演出家が仲間の役者であることが多い。
だから、なあなあになりやすいのだけれど、世界観は演出家によって統一されなければ、バラバラな芝居になってしまうでしょ。
そこんとこ考えないと・・・お客様に見せるものなんだから。

少し芝居をかじっていると、口を出したくなるのは当然だと思う。演出家気取りなのも駄目とは言わない。
しかし、芝居は共同作業。役者・スタッフ個人にではなく、演出家に「これは、どうでしょう?」と言うべき。

そういえば、キャリヤの長い役者ほど、役者・スタッフには言わず、演出家に聞いているように感じた。


「毎日を大切に生きる」 これが、芝居をする人の最も重要な修行じゃないか