屁のれっつ
風呂に入る
入り方はいろいろ。半身浴が体に良いらしいけど、俺はやっぱり、湯船にポチャンと入らないと気がすまないな。ま、風呂のことだけ書いても、一冊の本が出来るようで…
さて、「屁のれっつ」的にはどういうことなのか。
風呂に入ると言うことは、裸になるということ。変な意味じゃなく、隠すものが何もない「素の自分」。えらかろうが、お馬鹿だろうが、金もっていようが、貧乏だろうが同じである。こんなチャンスは、普段の生活の中でこの時だけだ。
そこで、肉体だけでなく、心も「素の自分」になってみよう。一人で風呂に入ってんだから、何を考えたって自由だ。
「あの時、ああ言っとけば良かった。」「あの人は何してんだろう。」「世界はどうなってしまうのか」「くそっ」「よかった」
すると、少しだけ自分を知ることができる。日中の鎧で見えなかった部分。ま、日中の自分だって自分には違いないけれど、少し違った自分もあるかもしれない。「ああ言ったけど、今考えると本心は違ってたんだ」とか。
別に恥ずかしいことじゃない。誰だって、見えない部分、知らなかった自分があるもんだと思うから。
そして、そんな自分がいたことで、ホッとする。本当の意味でリラックスできる。
風呂場でゆっくりしている時の感情が、感覚的にわかりやすいのも、リラックスしているからだ。
風呂を出る時は、なんか、一皮むけた自分になっている様な気がする。
いっぱい考えすぎて、のぼせないようにね。