しゅぎょー

待つ

『待つこと』は、役者にとって大切な仕事なんだよ。」と十数年前、ある演出家に言われた。
芝居を始めたばかりの私は、何のことだかさっぱり解らなかった。
そして、数年が経ち、知り合いの役者たちも減ってきたある日、
「待っていてもなにもないんじゃないか!」
そう思った。
こんな一人の役者が待っていたって、劇団から声がかかるわけでもなく、芝居をやる気も薄れていって、
(他に楽しいことをみつけたり…ちょっと、羨ましい)全く、意味がないじゃん。

今、少しだけ『待つ』意味が解ってきたかな。

人は誰でも焦るもの。特に、他の役者が出演している芝居を見ると、役者という人種は焦る。
やらないと感覚が戻らないんじゃないか…?などと…

確かに、ただ芝居をしないことがよいわけでもなく、なんとなく『待って』いてもしょうがないのかもしれない。
本読み、発声、柔軟…基礎と呼ばれるなかには、待っている間にもできることはあるでしょ。
しかし、そういうことじゃなく、自分の感覚みたいなものは、普段の生活のときに一番解るんだよ。
このページの一章ごとの終わりに「毎日を大切に生きる」って、ただ書いているわけじゃないってこと。

芝居の稽古をたてつづけにやっていると、どこかで「自分というもの」にぶつかる。必ずぶつかる!
そんな時に戻れるのは、その壁を越えるのは、稽古してない時間の普通の自分だけなんだよ。
こんなもの、プロ、アマ(?)関係ない!

『待つ』ってことは、簡単に言ってしまえば、「ゆるがない自信」を持ち続けることなのかも…


「毎日を大切に生きる」 これが、芝居をする人の最も重要な修行じゃないか