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俺の友人に、吉田という奴がいる。大学の学科が同じ腐れ縁で、とりあえず友人だ。友達とはちょっと言いたくない。最近、知人に格下げしてもいいかと思っている。 この吉田という男、身内で有名なフラレの帝王だった。身長の話だけで言えば、180センチはあるらしいので、これだけでもモテ要素として使えそうなものだが、他のあらゆるところがそれを台無しにしている。惚れっぽいから常に誰かに恋しちゃってるんだが、彼女がいたというのを聞いたことがない。まあ俺が女でもこんな男は嫌だ。 その吉田が最近ゾッコンなのが(古臭い表現なのはわかっているが、吉田がそう言ってたんだから仕方ない)、音楽科でピアノを弾いている清楚でお嬢様な秋野えりかさんだった。学内でも有名な美人で、惚れているというか憧れているというか、むしろ下僕希望な男は山のようにいる。 吉田がフラれ三昧なのは、もちろん、本人の性格によるところも大きいが、こういう分不相応な相手を求めては、迷走というか迷爆走しているからだった。 その有名な秋野えりかさんには有名な彼氏がいて(あれだけの美人に彼氏がいないというのもおかしいからいて当然だろう)、それがボクシング部で国体とかにも出てしまうアマチュアボクサーで、そのくせ顔はジャニーズ系で、女の子に大変モテていらっしゃる奴だ。いわゆる、大学でも有名な公認カップル。 だいたい普通の人間の神経なら「俺はあいつにかなわねえ」とあきらめるところだが、吉田は違った。そういう、自己判断というか自己評価ということができないやつだ。世の中には美女と野獣という美しい物語もあるが、そういうことは大変マレであるということに気づけないらしい。物語であるからこそ美しいのだ。 どうして今回はえりかさんなのか? 何がきっかけかと、おのれの恋のきっかけを話すのが大好きな吉田は、居酒屋で語った。驕りだから、聞くくらいはいくらでもしてやろうということで、俺はおとなしく話を聞いていた。 「県内のダム環境調査のレポートを書こうと思ってさ、学内の図書館で本を選んでたんだよ。そしたら、すっげーちっさくてかわいい人がいてさあ」 えりかさんは、150センチあるかないかくらいの身長だろう。吉田と並ぶと30センチは差がある。大人と子どもだ。 「彼女、海洋生物が好きらしくてさ。その辺の棚で一生懸命本を選んでたんだ。今はイルカの生態を調べてるらしいんだよ。それで、上の方の棚にある本が取れなかったみたいで、背伸びして手を伸ばしてたところを俺が通りかかってさ」 いや、悪いがあまりにもかゆくなってきた。手に持ってたビールを奴の顔面にぶちまけてやりたくなったが、驕りだから、我慢した。吉田は彼女の目的の本を取ってやったのだと自慢げに言った。小柄な人だから、確かに吉田は便利だったに違いない。しかも本を渡す時に、軽く手が触れ合ったらしい……ああ痒いカユイ!! 「ごめんなさい、とかカワイイ声で言ってさ。窓から夕日が差し込んでて、さらさらの髪の毛がきらきらしててさーかわいかったなあ。あ、これは運命だって思ったね間違いない!」 彼女は確か音楽科だから、イルカは大学の講義とは関係ないのではないか。イルカ好きというのはかわいらしいが、生態にまで興味があるとなると、専門的でしかも個人的にやっているとなると、ちょっと変わっている。だが、要点はそこではない。 センチメンタルジャーニー! 青春万歳! 思うに、吉田ってやつは夢を見すぎている。外見は大男のくせに、心は少年って言うか夢見る少女だ。秘密の花園で花冠を作っていてもおかしくない。いや、すまん、俺も想像したらキモかった。 早く大人の階段をのぼってくれ、と思う。俺はひたすら酔って胸焼けをごまかそうとした。いや、それって逆効果だろ、と思ったのは翌日二日酔いで頭痛に悩まされてからだ。 吉田のいいところであり悪いところは、のめりこみやすいところだ。いったん決めたら次の瞬間には爆走というか暴走していて、壁に激突し自爆してからようやく、ぼろぼろになってストップする。それで懲りないのがあいつのすごいところだった。毎度毎度同じことをやらかしているのに、気づいていないらしい。というか、突っ走っている自分が楽しいに決まってる。アホでうらやましい。 だいたいメンクイってやつは、まずは自分の顔を鏡で見て来いっていう手合いのが多いけど、それは多分指摘してはいけないことなので、懸命な俺はつっこまずにおく。 1、自分は美しいと本気で思っている。 2、自分の顔が嫌いだからこそ、美しい相手を求める。 3、ただの単なる美しい物好き。 4、本当は美形が嫌い。 5、自分は美しいと思い込んでいる。1に近いが、違う点は、こちらの場合は現実が直視できないということ。 とまあ、他にも挙げればあるんだろうけど、メンクイってのはそういう分類ができるのではないかと思っている。 以前「あのアイドル嫌いなんだけど、どうしてか出てる番組チェックして、それ見てムカついてたりするんだよ。わけわかんねーよ俺!」とか言ってるやつがいたが、それはなんというか、嫌いだからこそ目が離せないとかそういう類の、まあ怖いもの見たさに似たようなものもあると思う。歪んだ愛情の可能性もあり。ムカついてる自分が好き、とかいうのもあり。 吉田の場合は、5だろうと思っている。暴走爆走するから、色々な現実が目に入らないまま大きくなってしまったのだろう。あわれな。 さておき、それからというもの、吉田は急に体を鍛え始めた。休み時間に気がつけば、机に両手をついて腕立て伏せのようなことをやっていたり、スクワットをしていたりする。チャリ通学だったのに、走ってくるようになった。前にも増して、朝来た時の汗だくの姿と言ったらもう。どうやら、ボクシング部のマッチョな彼氏と本気で張り合うつもりらしい。 「見ろ、この筋肉を!」 真冬だというのに、上着を脱ぎすて、マッチョポーズをしてくれる。ムキ。分厚い胸が光る。正直、俺から言わせていただければ、見るに耐えない。でも、吉田の暴走気質を知っている俺は、そっと目をそらして見て見ぬふりをして自分を落ち着かせている。 「男の胸なんか見たくねえよ!!」 とか言おうものなら、ムチムチの腕に抱えられて、その豊満な胸に顔を押し付けられる羽目になるからだ。汗の臭いが! 臭いが! ともがいていたやつを知っている。 この吉田との長年の付き合いで俺は、思い込みの激しい人間ほど始末に終えないものはないという持論に達した。それでなんでそんなに長いこと友人やってるかって言ったら、端から見てる限りはおもしろいからだな。 ところで俺は、最近料理の練習をしている。 彼女の誕生日に手料理をご馳走してやろうと思って、特訓しているところなのであった。 「なあ、やっぱりうまく作れないんだけど、なんでだ?」 気がつくと、吉田と並んで講義を受けていることが多く、その日も肩を並べていた俺は、講義が終わってから言った。 作るのは、ビーフシチューだ。我ながら張り込んでいる。だって練習にもビーフ使うんだぞ! ――そうそう、吉田ってやつは、中学の時に(まあ、そのくらいの年から腐れ縁なのであった)好きな女の子に告白すると言って、ホワイトデーに手作りのべっこう飴をこしらえたことがった。女の子だけ告白の日があるなんておかしいと思わないか、別にバレンタインで物をもらってなくても、ホワイトデーに告白してもいいと思わないか! そんな主張とともに、手作りのプレゼントをこしらえたのであった。しかもべっこう飴だオイ。 そこで手作りプレゼントを、しかも食い物をこさえるところが吉田ってやつだ。バレンタインデーであっても、手作りのチョコレートってのは、彼女でもない人からもらうのがいやだという男は結構多いじゃないか。もともと友達ならともかくとして、彼女でもない人間から思いのこめられた手作り食い物って、なんか怨念めいて怖いゆかきもいんだよ……。って俺、人でなしか? いや、そこはそれ置いておいて、人からもらう食い物でしかも手作りとなると、そういう警戒をする人間もいるってこった。 吉田から飴をもらった女の子は丁重に断わったようだが、相手が気を使って丁寧にしてくれたので、吉田は変な誤解を持った。 「女の子は男から手作り料理を作られるのが嬉しいに違いない! 家庭的なのがいいとか言うけど、そういう押し付けは嫌われるに決まっている! むしろ男も料理をするべきだ!」 という主張に達した。後半の主張は良いと思うが、「嬉しいに違いない」に達してそうであるべきだと結論する吉田はやはり突っ走っている。そもそもたかが飴だ。 だいたい、バレンタインに何もあげてないのに何誤解してんのあいつー、とかキモーとか、裏で言われているに違いない。飴も踏み潰されて粉々になっているに違いない。女は怖いからな。……いや、俺が女で吉田にそんなものもらったら、絶対そうしてますから。 とにかく、そういう経緯で、吉田は料理をするようになった。これはどうやら吉田に合っていたらしく、今でも続いている趣味のようだ。実際、吉田の料理はめちゃくちゃうまい。そして料理をするようになって、吉田は物を食う量が増えた。 いや待て、彼女の誕生日に手料理とか、おれ吉田感染してるって思ったろ! 違う違う違いますよいやいや、ちゃんとプレゼントはプレゼントで用意してるし、これはまあひとつの心添えってやつだ。 断じて断じて、吉田と一緒にされては困る! 「何がうまくいかないんだよ?」 吉田は食い物の話になると食い付きがいい。ちなみにシャレではない。 「トマトピューレのかわりにケチャップ使ったら、すごい味になった」 なんかすっぱくなったような気がしたんだよな。そもそも料理なんて全然しないから、にんじんはやたらでかいし、たまねぎに火が通ってないし、塩コショウしすぎた気もするし、多分、他にも問題はたくさんあるのだろうが、レシピ通りにちゃんとやらなかったことなんて、それくらいだったのだ。いや、それくらいで、料亭ならともかく大して味なんて変わらないだろうと思ったし。 「バカモノ!」 雷が落ちた。吉田は大男な上に、最近体を鍛えてやがるせいか、声量も上がった気がする。さすがに俺もちょっとビビってすくんでしまった。 「ちゃんと作るんなら、ケチャップなんか使うなんて言語道断!」 どうでもいいが、吉田の奴はどうでもいい主張をする時にだけ、妙に難しい言葉とか四字熟語を使いたがる。頭が良さそうに見えるからだろう。 「どうせ、トマトピューレを手作りするのを面倒くさかったんだろう! トマトピューレから作れば、味付けがさらに思いのままなんだぞ! お前は愛が足りない! 愛が愛が愛が!」 寒い。 いくらおもしろいからって、どうして俺はこんな奴と友人やってるんだろうって、本気で思うことがある。だいたい、俺の彼女への思いなんて、こんな奴にはかられたくない。 「……いや、もういいよ」 遠慮がちと言うかうんざりして、ぼそっと言った俺に、吉田は勝手にヒートアップした。 「俺のように、彼女のためにもっと懸命になれ!」 奴は意味もなく上着を抜ぎ捨てた。上着の下は意味もなく、白いランニングシャツだった。……うおう。奴は、何度もムチッムキッとポーズをとって見せた。教室中の人間が見ている。うわーあ、そろそろ本気で友達と思われたくねえ。 「俺なんて、日々努力してここまでになったんだぞ。お前は何か努力しているか!」 ムチッ。少し屈み気味の姿勢で、両手を腹の前で組んで見せてくれる。 いやだから俺は料理を練習して……。 「毎日10キロも走ってこれるか!?」 両腕で力コブをこさえて見せてくれる。 いや、それはお前の勝手だし。そんな変な形で愛を押し付けられたえりかさんは不憫だ。今はまだ自分を鍛えるだけに留まっているが、やがてあいつは自分で満足がいくほどの筋肉を手に入れたら、突撃をしに行くことだろう……。 いや、そろそろ本気でなんと言うか……。 「お前みたいな奴の彼女でいてくれるなんて、貴重な人材だぞ! もっと大事にしろ!」 さすがにキた。 「もういいって言ってるだろーが!」 逆ギレをかまし、怒鳴ってやった。見上げながらというのが格好つかないけど、俺は平均的身長しかないので仕方がない。料理について聞こうとしておいて難だが、俺なりに大事にしてるつもりだしそもそもお前みてーな奴にそこまで言われる謂れはない!! 断じてない! するとすかさず、筋肉を自慢したい吉田が、技を繰り出してきた。 ムチムチの腕から繰り出されるラリアットは、かなりの威力があった。一瞬本気で足が浮いた。それどころか首がイッてしまったかと思ったくらいだった。喉が圧迫されて、痛いわ息ができないわで、その場にうずくまってゲホゲホと咳き込んでしまった。こいつめこいつめ……! 俺は憤怒の表情で立ち上がると、怒りのあまりに最大の禁句を口にしていた。 「お前なんて、マッチョじゃねえよ! ただのぽっちゃり系っていうか、デブのクセに! このボンレスハム! せめて牛だったら食ってやったのによ!」 阿修羅降臨。 俺は全速力で、すさまじい形相で追いかけてくるデブから逃げ出したのだった。 |