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楽しげな父に、少しうつむいて笑みを落としながら紅巴は、父が歳の割りに老成していると思うべきなのか、逆に子どもっぽいと思うべきなのか、いつもながら考えてしまう。そこへ、彼らの居る部屋へ近づいてくる足音があった。 開け放した部屋の入り口へ姿を見せると、彼は部屋の人々に向かってにっこり笑った。一旦回廊に腰を落としてから、部屋の中の人物に向かって声をかける。 「兄上、もう用事は終わった?」 「おいおい、お前は、当主を差し置いて兄に声をかけるのか?」 笑いながら父が手招きすると、流紅はすぐに立ち上がって足早に部屋の中へ入ってくる。父親の正面になる位置に座った。それを待ってから、神宮の当主は頬杖のままにやにやしながら言った。 「流紅は昔から、父よりも兄の方が大好きだな」 「父上は、たまに桃巳(ももみ)よりも子どもだから」 三歳年下の妹をあげて、流紅は笑う。 「父上の用事が終わったのなら、今度はわたしが兄上と用事があるのだけど」 悪気はなく、楽しげな声で追い討ちをかけられて、さすがに鷹揚な父親も少し落ち込んだようだった。少し唇を尖らせて文句を言う。 「なんだ、父と少しの会話を楽しもうという気もないのか? 下の息子は親不孝だな」 「わたしに意地悪なのは父上の方だ。今日はわたしの方が先に兄上と約束があったのに、父上が急に兄上を呼び出すから、外に出かけるのが遅くなった」 「せっかくの花見日和だというのに、出かけることすらできんくらい忙しいわしにそんなことを言うとは、どっちが意地悪だ」 「父上こそ、わたしをのけものにしたじゃないか」 父親と同じように唇を尖らせて、流紅はすねたように言った。山村家の嫡男との面会に、紅巴だけを呼んだことを言っているようだった。 「お前がいると、騒々しくて格好がつかんからだ。紅巴の方が、落ち着いて見えるから対外的に見栄えが良い」 「ほら、ひどいのはどっちだよ」 流紅がつぶやくと、神宮の当主は、楽しげに笑った。人の悪いその笑みを見て、流紅はわざとらしく大きく息を吐いた。聞こえよがしに、紅巴に向かって言う。 「兄上、用事が終わったんだったら、行こう。父上の愚痴に付き合っていたら日が暮れてしまう」 しかしながら、それに応えたのはやはり、父親の方だった。 「ええ、ええ、終わりましたよ。何をするのか知らんが、どうぞ父上を差し置いて、兄と一緒に遊んでらっしゃいませ」 人の行動を引っ掻き回すのが楽しくてしかたない、というような人ではあるが、先ほどから妙に茶々を入れるのは、父親として少し寂しいのも、楽しげな流紅を見て自分が遊びの輪に入れないのがつまらないのもあるのだろう。 「いじけるな、父上。大人気ない」 今度は流紅もとりあわず、さっさと立ち上がる。それを見て紅巴は、苦笑とも微笑ともつかない表情で父親に対して頭を下げる。 「それでは、失礼します」 言われた相手は、律儀な紅巴に対し、はいはい、と鷹揚な応答を返す。 歩き出した二人をつまらなそうに見送っていたが、先を歩いていた流紅が襖の敷居のあたりに差し掛かった頃、ふいに彼は声をあげた。 「そういえば、明日、二人に話がある」 振り返る、流紅の表情は一変して厳しかった。苦笑しながら神宮の当主は言う。 「心配しなくても、宴の後だ」 「それは」 「あと、それとな」 何かを言いさした流紅の声にかぶせるようにして、父は強引に続けた。とにかく我が道を譲らない彼は、再びにんまりとした笑みを浮かべながら、まったく関係のないことを口にする。 「何をするのか知らんが、土産を所望する」 先ほどの言葉で一瞬にして緊張した息子たち二人の肩から、ふたたび一瞬にして力が抜ける。 神宮の当主は、とにかく相手を自分の流れに巻き込むのが得意だった。のらりくらりと相手を煙に巻いたり、突然関係のないことを口にしたりして相手を困惑させながら、自分の言いたいことは言ってしまうし、やりたいこともやってしまう。何かと言えば「怪我したときに実は頭も打ったかな」などとつぶやいて相手を呆れさせ、同時に、心証を害したかと不安にさせるという姑息なことも、喜んでやるような人だった。 そんな相手がさっさと話を変えてしまったのだから、流紅が何を言ったとしても、彼は絶対に明日になるまで口を割ったりはしないだろう。息子たち二人が、跡目を押し付けたがる父に対し、なかなか首を縦に振らない理由はそこにもあった。実際、これだけうまく立ち回っている父が健在なのに、跡目というのもばかばかしい気がしてしまうからだ。 計算尽くなのか、ただ単にそういう性格なのかは、よく分からなかったが。 「はいはい」 半ば呆れた応えは、流紅から。 「ついでに、なるべく誰にも会わずに移動しろ。わしはしばらく花見がしたい」 「努力はします」 微笑交じりの返答は、紅巴から。 脇息に頬杖をついて、反対の手をひらひらと振る神宮の当主の見送りを背に、彼らは謁見の間を後にした。 |