第一章






対照的




 屋外に設けられた舞台は、晴天に恵まれ、背景を桜の絶景に彩られ、それだけで豪奢だといえるものだった。但しそれは、贅を凝らしたものではなく、立派過ぎることもなく、威を張るために設けられた宴でないのが分かる。
 舞台の前には、前列の方に神宮家重臣の為に場所が設けられ、その後ろにお祭り騒ぎに参加する為に足を運んだ人たちが座るための場所が設けられている。だが、それは席というにはあまりにも大雑把で、重臣だろうが民だろうが、皆が同じように地面に敷かれた茣蓙に座していた。神宮家から、酒と食べ物が配られてはいるが、集まった人々を目当てに物売りが歩き回り、その場は抜けるような空にまで届くような賑やかさに満ちていた。
 桜吹雪の壇上にはじめに現れたのは現神宮家当主で、それに気がついた人々が言葉を止め、談笑を止め、徐々に静かになる。娘の桃巳に支えられて人々の前に姿を見せた神宮の当主は、普段と大差なくさほど着飾った姿ではないが、娘の方は若草色の小袖をまとい、桜色の背景に栄えて愛らしい姿をしている。
「皆、毎年遠路ご苦労。地元の人間は、毎年、準備と後片付けをご苦労。何はともあれ、よく集まってくれた」
 遠慮のない口調で、彼は言う。頓着ない言葉に、すでに酒の入った人々から笑いが漏れた。
「先の戦のことを聞き知っている者も居ろう。不安ではあるだろうが、我が家には自慢の息子が二人も居ることだし、皆がつつがなく生活できるよう尽力することを約束するゆえ、安心してもらいたい」
 言葉はともかく、真摯さの込められた声でもなかった。それなのに、人々は彼を信じて喝采を叫ぶ。
「もう酒が入っている者もいるようだが、とにかく今日は神宮の桜を称えて、一日楽しんでくれ」
 再び歓声が上がり、神宮の当主はあっさりと壇上から姿を消した。
「ねえ、これだけ? これだけ?」
 膝立ちになろうとして、先程から兄に抑えられている茜子が、誰に言うでもなくつぶやいている。
流紅たちに気づかれないよう、逆に茜子が流紅たちに気づけないよう、なるべく後ろの方からこっそり見物したかった泰明だったが、当の茜子がそれで満足するわけもなく、そして思わぬところから茜子への援軍が来て、結局彼らはこれ以上ない良い位置に座して観桜宴に参加していた。重臣席の、しかもその中でも一番良い場所だ。
「まさか、これからちょっとした催しがある」
 茜子の問いに答えたのは、泰明とは反対側の、茜子の隣に座っている若者だった。山村家の兄妹が分不相応とも言える場所に居られるのは、この武藤家の嫡男である尊芳(たかみち)の配慮だった。彼の隣には、その父親が座っている。
これが流紅の仕業なのか、それとも当主同様人の良い武藤家の人間だからなのか、泰明には分からなかったが。
「何があるの?」
「おい、茜子、馴れ馴れしいからやめなさい」
 横から泰明が突付いているが、茜子は気にしていない。これだからなるべくこの妹を隠しておきたかったのだが、当の本人は、兄の後ろに隠れていても、欲しい説明もしてもらえないし口うるさくて仕方がないと言って、ちゃっかりと尊芳の横を陣取っている。耐えることや控えめなことの、武家の女の常識など、彼女にとってはどこ吹く風、というところだった。
人の良さそうな顔立ちをしている尊芳は、そんな様子を笑いながら茜子に言う。
「先に知ってしまっていいのか?」
「うーん、それも、そうなんですけど……」
 好奇心を抑えきれない様子で考え込み、少女はすぐに隣の尊芳を見上げて別の問いかけをした。
「昨年は何をしたの?」 
「紅巴様と流紅様の二人舞だ」
 答えてから、生真面目そうな武藤家の嫡男は、舞台の方へ顔を向ける。顎に手を当てて、考え込むようにして言った。
「神宮家は特にこういう騒ぎが大好きだが、今まで別に毎年催しものがあったわけじゃない。ただ酒を飲んで飯を食って、桜を見るだけの年もある。だがここ数年、神宮家の周辺は穏やかではないからな。こうして当主や子息が民の前に出てくるというのは、兵や住民を鼓舞する意味もあるんだろうな」
「でも、普通そんなの気にしないものじゃないんですか?」
「そう普通はな。すでに上級武家になって久しい神宮家が、未だに他家から「なりあがり者」だとか「鄙の者」と言われるのは、そのせいだ。もっと大規模な国になればまた違ってくるかもしれないが、執政者として正しいのは、神宮の方だとわたしは思うがな」
 お主に言っても仕様のないことかな、と付け足して、尊芳は言った。その言葉に、茜子は少し憤慨して腕を組んで大きく息を吐く。
「それで、今年は何をやるの?」
 考え深げだった尊芳は、途端に破顔して少女を見る。その横で、少女の兄が力なく肩を落としているが。
「流紅様の剣舞だ」
「次男の方?」
「そう。ご長男の、紅巴様の笛の伴奏つきで」
 尊芳がそう言ったところで、舞台上に長男が姿を見せた。
 後ろでひとつに括った、神宮家特有の茶色の髪を風に遊ばせて現れた人は、手に黒塗りの横笛だけを持って立っていた。他を威圧するような存在感を持たない彼は、見る側に決して鮮烈な印象を与える人ではない。だが、明るい色の瞳には聡明さが宿り、穏やかに人々に笑む表情には決して軟弱なところなどなく、静かながらも不動の意志が見える。蘇芳の色の着物の上に黒い長衣をまとう姿は、武人と言うよりは参謀というほうが似合い、そしてむしろ楽人と言う方が似合った。彼が、舞台上の脇のほうへ置かれた床几(しょうぎ)に座すと、すぐに次男が姿を現した。
 彼のまとう金糸と赤糸を主張にして織られた着物は、簡単な武具のついたものだった。鎧をかたどった飾りがついている。腰に佩いた太刀も豪奢な造りで、どちらも、身に着ける人間を選ぶだろうものだった。衣装負けするか、嫌味になるか。
 茶の髪を後頭部に結い上げ、兄と揃いの明るい色の瞳でしっかりと前を見る彼は、堂々とした存在感を持ってそこにいる。凛とした立ち姿に、誰もが若武者の風格を見た。彼は、集った人々を見渡して、そして武藤家の人間の隣にちょこんと座っている山村家の兄妹を見つけると、唖然として壇上の彼を見上げる茜子に、昨日と何ら変わらない顔で笑った。




し、しまった。ページ配分が予定と狂ってしまったぞ〜。



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