第三章






強いられて




 ぼんやりと天井を眺めていると、開け放した戸の向こうから、声をかけられた。口を開ける戸の向こうには、日が沈んだ後の、赤みかかった紫紺の色をした空が見える。その戸の脇の回廊に座して、頭を下げる侍女がいた。返事を返すと、衣擦れの音とともに、何かを抱えて紅巴の枕元へ来て、膝をつく。
「御屋形様がお呼びです。お召しかえなさって、おいでくださいませ」
 持っていたのは、衣のようだった。丁寧に頭を下げる侍女を見上げてみても、それ以上の言葉がかけられることはない。ただ用件を告げるだけで、起き上がることができるか、熱の具合はどうか、などの気遣いの言葉も、何も。「神宮の俗物」は、侍女にすら嫌悪されるほど飛田家での侮蔑が根強いのか、余計な口を利くなと言われているのか、紅巴が白蛇につれて来られてから、彼女たちの対応は一貫して変わらなかった。それともただ単に、慣れ親しんだ神宮の空気が特別に気安く、頓着の無い空気を持っていただけかもしれないが。
「わかった。すぐに行くから、着替えは置いていってくれないか」
 自分でするから。そう言う紅巴に、侍女は頭を下げたまま、変わらない口調で淡々と返した。
「おひとりではご不自由もおありでしょうから、お手伝いするよう、仰せつかっておりますので」
「そうか」
 つまり、呼び出しは強制で、もし紅巴が立ち上がれないくらいの体調であろうとも、這ってでも出て来い、ということなのだろう。理由も何も告げられていないが。
 視線を天井に戻して、自分で額に手をあててみる。まだ微熱があるようだった。だが、起き上がれないほどではない。
 肘をついて起き上がると、やはり眩暈がした。うつむき、少しの間だけ額に手を当てて堪える。耐えられないことはない。寝具の上に立ち上がることは出来なかったが。
 足を折られて、おざなりな手当ての後、柳雅の言葉 通りに牢に放り込まれてから、すでに数日が経っている。
 はじめは直土の牢の中、壁にもたれて痛みを堪えていたが、異変に気がついたのはいくらかもたたないうちだった。汗が出るのは、暑さのせいと痛みのせいだと思いたかったが、意識が朦朧としてきたことでようやく、熱を出してしまったのだと認めざるを得なかった。その頃には座っているのも辛く、冷たい土の上に横になろうとしたが、体に力が入らず倒れこんでしまった。
 そのまま、夜になっても当然のように上掛けのようなものは与えられず、残飯をあさってきたかのような食事に手をつけることなど出来るわけもなかった。ただうずくまって過ごして、眠っているとも意識を失ったともとれない、曖昧な意識のまま幾日かを過ごしたようだった。……それとも、たった一日のことで、朦朧としていたせいで何も分からなかっただけかもしれない。
 ふと気がついたときは、誰かに担ぎ上げられていた。夢とも現実ともつかない頭で、時々気まぐれに見たものは、薬師の姿、様子を見に来る侍女の姿。それから、青ざめた少女の顔。ぼんやりとした霞の中のような意識で見たものだから、どれもこれも、夢かもしれない。
 だが、徐々に熱が引き、意識もはっきりしてくると、目の前に見えるのは牢の天井ではないのに気がつく。時折頬をなでるのは牢の中に満ちていたような、じっとり臭う空気ではない。あたりは明るく、調度はきれいに整えられ、彼はきちんと清潔な寝具に寝かされている。どうやら、もと紅巴に与えられていた部屋に戻されているようだと分かった。
 それから、さらに数日。
「思ったよりも元気そうだな」
 言葉だけを聴けば、随分と親しげなことを言いながら姿を現したのは、流麗な立ち姿の少年だった。
 着ていた寝巻きから、当主へ会うために直垂へ着替え終わったところだった。声の主に、侍女が急いで頭を下げる。それには目も向けず、侍女など存在しないように無視して、柳雅は部屋に足を踏み入れた。
 座り込んだままの紅巴に、彼は優雅な仕草でうやうやしく手を伸べてきた。
「武器になりかねんから、杖は持たせるなと言われている。神宮の御仁には、俺が杖がわりになってやるから、ご容赦願いたい」
 彼の後ろには、先日のことを慮ってか、護衛のための人間がついて来ている。他にも、紅巴の見張りとして部屋の外にずっと座っていた人間もいる。捕虜が歩くのを助けるのに、当主の血族が足を運ぶ必要も、本当なら無いはずだ。
「わざわざ、あなたの手を煩わせる必要があるとは思わないが」
 隠しもしない柳雅の意図を示唆して、紅巴は彼を見上げる。
 自分の足を折った人間の助けを借りて、縋って歩くなど、はらわたが煮えくり返る、というところだろう、普通なら。怒りと、分かっているくせにわざわざそういう行動を取る相手への、嫌悪で。
 紅巴の言葉に、柳雅は嫣然と唇をつりあげる。
「勿論、嫌がらせに決まっている」






す、すみません。短いっすね。
お題は、うーん、微妙……


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