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暗示のようにつぶやく。決意を表に出すように。 言葉に込められた強さを確かめようとしたのか、 その言葉が信じられないと思ったのか、少女はおどおどと紅巴を見た。上目遣いな黒い瞳に、憂愁の色が濃い。 「おうちに、帰りたいの?」 「帰りたいな」 静謐な人や町を見ていると、賑やかな桜花の町がより懐かしい。涼やかな眼差しよりも、快活な声の方が恋しい。ただ純粋にそれだけを問うならば、本当ははじめから、帰りたかった。しがらみさえなければ、帰りたかった。 それを願う。すると、紅巴のしでかした事に憤慨する、温かな人たちの姿が脳裏に見えた。おかしみがこみ上げてきて、くすくすと笑いをもらす。 ――帰ったら、流紅を叱ってやらないと。 紛れもなく声の奥にある強さを認めたのか、少女は赤く腫らした瞳をようやく和ませた。そしてゆっくりとつぶやく。 「ねえ、紅巴さま。お願いがあるの」 うん、と先をうながすと、彼女は安堵のためか、泣き疲れたのか、昂っていた感情の反動で、少し茫洋とした表情で言った。 「あのね、お兄さまって呼んでもいい?」 思いもかけなかった言葉に、さすがに紅巴も驚く。 「ぼくかい?」 それを否定にとったのか、少女は悲しげに眉を寄せてしまった。 「紅巴様は穏やかで優しくて強くて、お兄様っていう感じなの。柳祥様も柳雅様も、違うもの。末っ子の柳司様は、頼りないし」 その表情を見て、紅巴はやはり思う。 寂しいのだと、言ったようなものだった、彼女は。 百合姫は家族の元を離れて、もうずっとこの城で暮らしていると柳雅が言っていた。紅巴が帰りたいと思うのと同じに、彼女もこの城を逃げ出したいのかもしれなかった。ただ一人で寂しくて、だから似たような環境とも言える紅巴を構ったのかもしれない。 「あまり兄らしいと言われたことがないけど、下に二人もいるからかな」 「弟君と、妹姫がいらっしゃるのでしょう? 知ってるわ」 とりなすように言う紅巴に、百合姫は少し得意げに応える。 「姫君は、おいくつになる?」 「十四よ。もう大人なんだから」 「妹と同じ歳だね」 「妹姫は、紅巴さまと似てらっしゃる?」 「どうかな。腹違いだから」 妹はどちらかというと、性格も顔立ちも流紅に似ている気がする。そう考えると、やはり自分は浮いていたのかもしれないと思うが。 「それじゃあ、わたくしと似てらっしゃる?」 似ているわけがない。雅やかで貴族のような飛田の血とは違い、神宮は陽気で明るい性格がそのまま表に出たような顔立ちと、明るい茶の髪と瞳をしている。それでも、似ているかもしれないと思った。 「姫の方が大人かな。それに、姫のほうが美人だ。優しい妹が出来て、ぼくも嬉しい」 ――来年には、飛田の当主に嫁ぐのだという。 何故か、ふいに今はもういない女のことを思い出した。 妹だと言ったからか、少女は、眠たげな表情だったものの、嬉しそうな笑みを浮かべた。美人だと言う言葉も、言われ慣れているはずなのに、とても嬉しそうだった。 「本当は柳祥さま、楽の事なんか全然わからないのよ。飛田の家系はもともと貴族や皇族の血を引く一族だから、そんな嗜みもないと格好がつかないからって、分かるふりをしているだけなの」 だから、と彼女は続ける。秘密を共有する仲間を得たような、楽しそうな表情で。 「元気になったら、今度は百合のために笛をふいて。今度はちゃんと扇も持ってくるわ。わたくし、本当は唄も好きなのよ。柳祥様には秘密にしてるけど」 「約束するよ」 熱のある肌は、処暑の頃とは言え不快かも知れないと思いながら、額を寄せて、紅巴はただ笑みを向ける。 ぼくのために泣いて、気遣ってくれた彼女の慰めになればと、少しでも寂しさを和らげる役にくらい立てれば、と思った。きっと、温かな笑みにですら飢えている彼女の慰めになればいいと、願う。 桜花ってどんなところ、と無邪気に聞いた彼女に、いつかあの佳景を見せてあげられたらいい。賑やかな観桜宴を、少女はきっと喜ぶだろう。 ――帰りたい。 必ず、生きて帰る。 ようやく、何の邪魔もなくそれを決意した。 |