第三章






寂しさ




 暗示のようにつぶやく。決意を表に出すように。
 言葉に込められた強さを確かめようとしたのか、 その言葉が信じられないと思ったのか、少女はおどおどと紅巴を見た。上目遣いな黒い瞳に、憂愁の色が濃い。
「おうちに、帰りたいの?」
「帰りたいな」
 静謐な人や町を見ていると、賑やかな桜花の町がより懐かしい。涼やかな眼差しよりも、快活な声の方が恋しい。ただ純粋にそれだけを問うならば、本当ははじめから、帰りたかった。しがらみさえなければ、帰りたかった。
 それを願う。すると、紅巴のしでかした事に憤慨する、温かな人たちの姿が脳裏に見えた。おかしみがこみ上げてきて、くすくすと笑いをもらす。
 ――帰ったら、流紅を叱ってやらないと。
 紛れもなく声の奥にある強さを認めたのか、少女は赤く腫らした瞳をようやく和ませた。そしてゆっくりとつぶやく。
「ねえ、紅巴さま。お願いがあるの」
 うん、と先をうながすと、彼女は安堵のためか、泣き疲れたのか、昂っていた感情の反動で、少し茫洋とした表情で言った。
「あのね、お兄さまって呼んでもいい?」
 思いもかけなかった言葉に、さすがに紅巴も驚く。
「ぼくかい?」
 それを否定にとったのか、少女は悲しげに眉を寄せてしまった。
「紅巴様は穏やかで優しくて強くて、お兄様っていう感じなの。柳祥様も柳雅様も、違うもの。末っ子の柳司様は、頼りないし」
 その表情を見て、紅巴はやはり思う。
 寂しいのだと、言ったようなものだった、彼女は。
 百合姫は家族の元を離れて、もうずっとこの城で暮らしていると柳雅が言っていた。紅巴が帰りたいと思うのと同じに、彼女もこの城を逃げ出したいのかもしれなかった。ただ一人で寂しくて、だから似たような環境とも言える紅巴を構ったのかもしれない。
「あまり兄らしいと言われたことがないけど、下に二人もいるからかな」
「弟君と、妹姫がいらっしゃるのでしょう? 知ってるわ」
 とりなすように言う紅巴に、百合姫は少し得意げに応える。 
「姫君は、おいくつになる?」
「十四よ。もう大人なんだから」
「妹と同じ歳だね」
「妹姫は、紅巴さまと似てらっしゃる?」
「どうかな。腹違いだから」
 妹はどちらかというと、性格も顔立ちも流紅に似ている気がする。そう考えると、やはり自分は浮いていたのかもしれないと思うが。
「それじゃあ、わたくしと似てらっしゃる?」
 似ているわけがない。雅やかで貴族のような飛田の血とは違い、神宮は陽気で明るい性格がそのまま表に出たような顔立ちと、明るい茶の髪と瞳をしている。それでも、似ているかもしれないと思った。
「姫の方が大人かな。それに、姫のほうが美人だ。優しい妹が出来て、ぼくも嬉しい」
 ――来年には、飛田の当主に嫁ぐのだという。
 何故か、ふいに今はもういない女のことを思い出した。  妹だと言ったからか、少女は、眠たげな表情だったものの、嬉しそうな笑みを浮かべた。美人だと言う言葉も、言われ慣れているはずなのに、とても嬉しそうだった。
「本当は柳祥さま、楽の事なんか全然わからないのよ。飛田の家系はもともと貴族や皇族の血を引く一族だから、そんな嗜みもないと格好がつかないからって、分かるふりをしているだけなの」
 だから、と彼女は続ける。秘密を共有する仲間を得たような、楽しそうな表情で。
「元気になったら、今度は百合のために笛をふいて。今度はちゃんと扇も持ってくるわ。わたくし、本当は唄も好きなのよ。柳祥様には秘密にしてるけど」
「約束するよ」
 熱のある肌は、処暑の頃とは言え不快かも知れないと思いながら、額を寄せて、紅巴はただ笑みを向ける。
 ぼくのために泣いて、気遣ってくれた彼女の慰めになればと、少しでも寂しさを和らげる役にくらい立てれば、と思った。きっと、温かな笑みにですら飢えている彼女の慰めになればいいと、願う。
 桜花ってどんなところ、と無邪気に聞いた彼女に、いつかあの佳景を見せてあげられたらいい。賑やかな観桜宴を、少女はきっと喜ぶだろう。
 ――帰りたい。
 必ず、生きて帰る。
 ようやく、何の邪魔もなくそれを決意した。





全体的に説明臭いかとは思うけど、第三章は特に説明臭いかも…(爆)。
な、直しを入れようかな(汗汗)。


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