第四章






秘めた思い






 寺の庭は、相変わらず大勢の人であふれていた。村から避難してきていた男手は皆出払っているから、先日村が襲われた直後からすると、ずっと人はすくないが。
 そもそもあまり大きくないこの寺では、収容できる人数にも限りがある。重傷の人間は建物の中に運び込み、あぶれた人は、戦の時の幕屋のように仮屋を建ててしのいでいるが、その中庭も、決して広くない。人が逃げ込んだ寺もここだけではないが、それでもやはり、人があぶれてしまっている。
 大人も子どもも、身動きがとれる者は襲われた村の再建のために、もしくは負傷者の世話をして働く。村へ戻ることは、一度襲った村を同じ賊がもう一度襲うことは少ないだろうから、危険はないと言えばないが、この混乱の世にあってうろついているのは同じ賊ばかりでもないから、安全とも言えない。大人たちは村へ造った仮屋で過ごすが、やはり女子どもは寺へ戻ってきてそこで寝起きする。
 人々が出払ったのとは逆に、日中になると、寺に避難するほどの怪我はしていないが、何もかもを奪われて身一つになってしまった人などが食料を求めに来るから、結局賊の被害を受けた人でごった返してしまう。
 毎日寺にやってきて皆を手伝い、人々の様子を見ている茜子は、流紅が汗をかきながら大きな鍋をかき回しているのを見つけて、声をあげて笑った。鍋を炊く火と夏の暑さで、じわじわと汗がにじむ。
「そんなにおかしいか?」
「自分で、おかしくないと思う?」
 他の兵たちも、同じようなことはしている。そもそも兵は護衛のために寺に詰めているのだが、人手が足りない時に、武士だからどうだとは言っていられない。だから、着ている物だって泰明のものを借りていて、彼らに溶け込んでいる流紅が鍋をかきまわしていたところで、何もおかしなことはないのだが。
「だろうとは思うが。結構、おもしろい」
 戦場でも、余程のことが起きない限りは流紅が鍋をかきまわす羽目にはならないし、そういった状況になった時は切羽詰っているから、楽しんでいる余裕などあるはずもない。不謹慎かもしれないが、今みたいに大勢の人のために食料をつくる作業は、やり慣れないからこそ結構楽しかった。
「こんなに楽しい気分で鍋をかきまわすのは初めてだな」
 笑いながら言うと、不思議そうな声が問い返してきた。
「あら、料理ができるような口ぶりね」
「できないことはない。とりあえず、野戦料理でよければな」
 応える流紅に、茜子はますます不思議そうな顔をするので、わざと真面目ぶって続ける。
「長期戦になって、兵糧の不安が出てくると、食料は現地調達だ。物売りも来るが、全部が賄えるわけではないしな。いざとなれば食えるものは木の皮でも何でも食う」
「それって、料理って言うの?」
「一応、煮炊きはする。いよいよという状況になったら、ふるまってやるぞ」
「そうならないことを祈ってるわ」
 茜子がふきだして、笑いながら応えた。
 ここのところ、数日前に村が襲われてからは賊もしばらく鳴りを潜めていて、泰明たちはたいした収穫をあげられずにいる。それを知らないわけでないだろうに、茜子は相変わらず明るく、よく笑う。
 すぐに怪我も気にならない程度に回復していた流紅は、賊の探索や村の再建を手伝うよりは、寺にいて人の世話をしていてほしいと泰明に懇願され、寺に留まっている。寺には兵が詰めて護衛をしていて他へ出向くよりは安全だからだったし、自分を見たことがある人間が来ないとも限らない山村の家へ留まるのを流紅が嫌がったからだ。そして泰明は、流紅に護衛を一人つけ、自分はあちこちへ報告を聞きに行ったり、逆に上の者へ報告に出向いたりと走り回っている。
 この土地に留まりはしたものの、結局流紅は何の役にもたっていない自分が歯痒くもあった。
「今日はひとりで来たのか?」
「最近、ひとりで出歩くと兄さんがうるさいから、今日は兄さんと一緒なの。流紅に何か言うこともあるみたいだし。先に警備の様子を見てから来るって言ってたから、そろそろ来るんじゃないかしら」
 そういう彼女の言葉が終わらないうちに、流紅は人々の間をぬって駆けて来る泰明を見つけた。何だかいつも泰明は、顔をしかめている気がする。特に茜子といるとそうだ。
 彼は駆け寄ってくると、何を言うより先に、茜子に向かって怒った顔を向ける。
「こら、お前がいてどうして若君にこんなことさせてるんだ」
「はあい。細かいことにうるさいんだから、兄さんは」
「すみません、若君。気の利かない妹で」
 茜子のこぼした言葉を聞き流して流紅に苦笑して見せる泰明は、怒っているというよりは、妹のことが気にかかって仕方がないという風にしか見えなくて、流紅も笑ってしまう。
「そんなに気にするな。茜子みたいに明るい女子は、妹くらいしか身の回りにいなかったから、逆に新鮮だな」
「若君、妹姫は明るくて愛らしくて知られてますけど、うちのはただ単に、のんきなだけですから」
「まあ失礼ね」
 流紅から、鍋をかき回す大きな杓のようなものをとりあげて、火の具合を見ている茜子が口を挟んでも、泰明は気にしない。
「だいたい、若君の身の回りにいらした方って、武家の女の鏡みたいな方ばかりでしょう。それと比べて、茜子みたいなのはいないと言われても、うちのはたしなみがないと言われてるようなものですよ……」
「そうか。そんなつもりはなかったんだけどな。兄上も、茜子は教養があって頭がいいって言ってたし」
 流紅の言葉に、束の間泰明は口を閉ざした。構わず流紅は続ける。
「武家の女の礼節と貞淑はないだろうが、わたしは嫌いじゃないな。そうは言っても、わたしも女のことがどうと言えるほど何が分かってるわけじゃないけど」
 言ってしまって、泰明が複雑な表情を浮かべているのを見て、流紅は苦笑した。流紅が紅巴のことを口にしたからか、嫌いじゃないなどと言ってしまったからか。
「心配しなくても、何もしない」
「はあ、あの、いえそういうわけでは……」
「もらう嫁は、ひとりだと決めている。どうせわたしは政略結婚でどこぞかの家から嫁をもらうことになるから、自分から女子に興味はもたない」
 自分から火種は撒かない。
 それはずっと流紅がかたく誓っていたことだった。いつ頃からだったか――家中が、跡目争いの様相を表に出し始めた頃だったか。
 けれども言ってしまってから、ますます対応に困った様子の泰明を見て、少し後悔した。今口に出して、しかも彼らに言うことでもなかっただろう。茜子が何かを言おうと口を開いたが、それを制するように言葉を口にした。
「それはそうと、何かわたしに言うことがあったんじゃないのか?」
「あ、はい」
 すぐに泰明はハッとした様子で流紅を見た。雑談している場合ではないことを思い出した様子で、表情をひきしめる。
「先程連絡がきました。今日の夕方には、武藤様が遣わしてくださった兵が到着するそうです」
「そうか、一安心だな」
「はい。まだ、取り急ぎ程度だからっていうことですしし、大した数は揃えられないってことでしたけど」
 例えそうでも、主家から兵が到着すれば指揮権はすべてそちらに動く。最終的には、土地に明るい泰明が彼らを手伝うことになるとは言え、泰明の肩に乗った責任は、ずっと軽減される。
 将として率いてくるのが誰か、にもよるが、流紅は少し気が重くなった。悪あがきも、これで終わってしまうかもしれない。
「賊の根城はいくつかおさえたんだろう。首領格の者はまだつかまらないのか」
「一団というわけでもなく、たった一人に従っているわけでもなく、というようなので」
 集団になって潜んでいたところを捕まえても、いくら捕まえても、決定打にはならない。
「こちらが本気だということを見せないと、やめないしいなくならないのだろうな、そういうものは」
 武藤から送られてくる兵がどれほどかにもよるが、その兵で効率よく賊を威圧しないと、神宮家そのものが舐められることになりかねない。主家が動いておいてこの程度か、と思われるのは良くない。それで増長されては、ますます困ったことになる。
 何か、手を打ったほうがいいのかもしれないが。
「神宮の兵が今日にもくるということは、誰かに知らせたか」
「いいえ?」
「噂をばらまいてみたらどうだ。怖れて鳴りをひそめるならそれでよし、逆に最後とばかりに一斉攻撃をしてくるかもしれないが、それで捕縛できたらいいだろう。最後のあがきに攻撃してくるとしたら、山村の家か、物資が集まってる寺か。多少の護衛はものともしないで、置き土産とばかりに攻撃して逃げていくだろうな」
「ええと、それで大丈夫なのでしょうか」
「民を安心させることもできるだろう。次に襲われそうなところが分かって逆にやりやすいだろうし、予防にもなる。援護は、明日来る、ということにしておけ。その前に、襲われそうなところには兵を配備しておけよ」
 間に合わずまったく徒労に終わるかもしれないが、うまくすれば、賊が慌てて動き出したところを一網打尽にできるかもしれない。これを受けて動き出すとなれば、賊はきっと全力で来るに違いないから。
「あ、わかりました! すぐにかかります!」
 威勢良く了解の言葉を返すと、彼はすぐに駆け出して行った。
 その背中を、茜子の呆れた声が追ったが、多分彼は気づかなかっただろう。
「どうして兄さんって、ああ落ち着きがないのかしら」
 あまりと言えばあまりな言葉に、流紅はふきだしてしまった。






ふ、不燃焼気味なんだけど…;

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