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「ご存知だとは思いますが」 若い声は、尋ねると言うよりは確かめるようだった。 「飛田家が、軍を整え終えたとの話がございます」 再び飛田の進軍が囁かれ出したのは、誰の予想にも反して、秋も終わりに差し掛かった頃だった。密かに兵糧を集め、領内から兵を集めている。準備が整う冬の入り口頃には行動が大っぴらになってきており、勝利を確信したその行動は、本條を脅かそうというのか、神宮をいたぶろうというのか、その意図はやはり周辺の国の人間にもよくわからなかったが。 「そうかね」 当然知っていた事ながら、知っているとも知らないとも言わず、神宮の当主はのらくらした返答を口にした。 捉えどころのない反応に、平伏していた若者は束の間言葉に詰まり、そんな自分に苦笑した。神宮の当主は、噂に違わない狸だ。 桜花城の広い謁見の間で、神宮の当主と、傍らに控える流紅を上座に見ながら、石川家からわざわざ神宮家居城へ足を運んだ竹寿は下に座している。彼の言葉が丁寧で神宮の当主の言葉がぞんざいなのは、彼らの気質の問題や年齢のことだけでなく、家の格式が確実に神宮の方が上だからだ。竹寿は逡巡し言葉を探しながら会話を続ける。 「本條殿は、領内の小さな砦のようなものにこもっておられると聞きますが」 「そのようだな。その点は、わしよりもおぬしの方が詳しいのではないかな」 「今回ばかりは、本條からの救援もございませんか?」 「それを、わざわざお主にいう必要も感じられないが」 変わらない口調で、しかしながら断固とした言葉を投げかけられ、竹寿は再び言葉を失った。相手は、まったく会話の糸口を見せてくれない。広い部屋を抜けて行く枯れた風が、一層寒く感じられた。小さく身震いしてしまったのは、何も寒さのせいばかりでもないだろうが。 これは、誤ったかも、と竹寿が心の端でちらりと考えたところで、神宮当主はにやりと笑って言った。 「まあ、その通りだな。さすがにそこまで恥知らずではなかったようだ」 そうしてわざわざ、竹寿の言葉に捕まってくれた。 当然のことながら今回は、飛田家が進軍の様子を見せても、本條から神宮家への援軍の要請はない。すべて自分たちの招いた結果だ。起きた物事を理解せず、また援護を願ってきたら、それこそ恥知らずというものだ。 それはさすがの神宮家も――神宮家だからこそ、送られてきた使者を斬って捨てるくらいはしかねないほどの愚行だ。相手を挑発する行為にとられても、文句は言えない。 盟約など、まったく過去の話だ。神宮の配下の誰もが、そんな事実があったことすら認めたくもないだろう。 「本條家同様、我が家は小さく、力の強い神宮と飛田家に挟まれ、日々もがきながらなんとか足場を保っております。ご存知の通り、我が家がそうして立っていられる努力の結果は、情報収集に努めてきたからです」 まわりくどい会話やかけひきは放り出して、竹寿は自分からそう言った。相手を自分の調子に巻き込むのは、彼自身の経験も乏しいことながら、相手が相手だけに無理だと悟ったからだ。 「ほう、わしがまだ知らぬ事情を何かご存知と言うわけか」 神宮の当主は、それをわざわざ伝えに来たのか、と笑う。さっさと言ってみろ、と先を促す態度に、竹寿は苦笑する。 「左様です」 「わざわざ、桜花くんだりまで、我々に報を持って来てくださったわけか。石川の新しいご当主が、家を離れてこのようなところに、わざわざご親切に痛み入る」 「家には父がおりますので、ご心配には預かりません。わたしが家に残るよりも、やはり今まで家中を収めてきた父がいる方が、効果がありますから」 つい先頃、竹寿は石川家の当主の座を継いだばかりだった。今でも実質その父が采配を振るっているのに変わりはないが、それでも名は彼が石川の主だ。目前で戦が起ころうかと言う時に、軽々しく他国へ足を運んでいる場合ではないはずだが。 「それに、神宮のご当主とよしみを通じておくのも得策かと思いまして」 竹寿がわざわざこの慌しい時期に、桜花へまで足を運んだことの、紛れもない理由のひとつだ。そして彼は、相手に悟られないよう、深く息を吸ってから続けた。 「然るに、貴家のご長男の姿が飛田の陣頭にみられるとの話は、ご存知ありますまい」 「捕虜としてか?」 「出陣の、飛田の将としてです」 竹寿の言葉に、神宮の当主は束の間目を見開いた。竹寿はもっと驚くかと思っていたが、驚いたと取れるような仕草は、それだけだった。当主の隣りに座っていた流紅の方は、驚愕の表情を浮かべ、何か言いたそうにしていたが、それは簡単に封じられてしまう。その父の笑い声に。 「なるほど、それは困ったな」 にやりと顔に笑みをはいて、神宮当主は続けて問うた。 「何を企んでおられる?」 ――竹寿の、ひいては石川の意思を。 竹寿は、ようやく自分の手の元へ下りてきて、そう尋ねてくれた神宮当主に、笑みを返した。いくらか安堵の混じったものだったが。 「きっと、もう察しておられるのでしょう」 「そうかな」 当然、相手に読まれきっていることなど分かっていた。むしろこればかりは、察してくれないと意味がない。 今度こそ惑わされず、竹寿は笑みを浮かべたまま、言い切った。 「また機を見て伺わせていただきますゆえ、そのときにでも」 それには、神宮当主は唇の端を片方つり上げて、なるほど、とだけつぶやいて笑った。 |