|
※ そして、道先に品を並べ、商いを行う人々の声を潜り抜けるようにして、町中を進んでいく一行がある。少人数で、目立たないようにひっそりと、枯れ山の道を登り、桜花の城へと足を運ぶ。現れた人々を見て、門衛が慌てて人を呼びに走って行った。 その間に竹寿と供の人間は、待合のための部屋に通されて、旅装を解き、身を改めている。衣服そのものは、桜花に入る前にきちんとした正装に着替えてあったから、襟を正し、帯を直した程度のものだったが。それだけでも、意識が引き締まる。 「おう、竹寿殿」 けれども、ややあって彼らを案内するために訪れた人物に、つい苦笑してしまった。気軽な相手に、緊張した意識がほどけていくのが分かる。 「相変わらずだなおぬしは。気軽すぎる」 「ここは桜花で、神宮の城だ。別にいいだろう?」 客人にまで説教じみたことを言われて、流紅は憤慨した様子を見せたが。 「何もわざわざおぬしが迎えに来ることもあるまいに」 いくら相手が賓客だからと言って、次期当主がわざわざ迎えに出る必要はない。謁見のための間へ、彼らを案内する役目の人間が、きちんと別にいるはずだ。 「いいだろう、別に。友人を迎えに出たって」 「友人か」 「……なんだよ」 「いや」 竹寿は小さく笑う。そんなに自分を買ってくれているとは思っていなかったので、つい聞き返してしまったのだが、流紅は気分を害したようだった。そんな竹寿を、流紅は口を曲げて見ていたが、小さく息を吐いて気を持ち直すようにしてから、改めて竹寿に向き直った。 「よく来たな。待っていた」 人目を忍ぶから、石川家から神宮家へ向けての使者など送られていなかった。以前来た時に残した言葉があったとしても、明確に約束などしていなかったし、神宮当主は再来を言い残す竹寿に歓迎の意も見せなかったのだが。当然のように、流紅はそう言った。 竹寿の知る流紅らしくもなく、少し硬い表情をしている相手を見て、竹寿は先程までとは違う笑みを浮かべてみせる。余所行き用の、対外用の笑みだ。少しばかり安堵が混ざっていたが。 「それは、ありがたい」 流紅の言葉は、彼の肩の荷をだいぶ軽くした。ここまで足を運んだ用も、それで済んだようなものだった。 流紅に連れられて、つい先日も通された謁見のための間に足を踏み入れる。上座に神宮の当主が座しているのは同じ。竹寿を残して、流紅がその脇に座るのも同じ。けれども、他に集った人間がいるのは、以前とまったく違った。武藤家の人間をはじめ、神宮家重臣の主だった人間がその部屋の真中を空け、両脇に別れ並んで座している。当然ながら、部屋に満ちた空気は重いなどというものではなかった。冷気も手伝って、圧力すら持っているようだった。 人の割れ目である、真中に足を進め、少し段の上がる上座に座る神宮当主より低い場所の、真正面になる位置で腰を下ろす。 急な訪問を迎えていただいて感謝する、という竹寿の言葉から始まり、形ばかりの挨拶を交わした後、用件を問われて、竹寿は顔を上げた。背筋を正し、壇上の神宮の主へ、朗々とした声で告げる。 「飛田の兵が、本條領内、蒲原の砦を包囲したのはご存知でしょうか」 「存じ上げている」 「どうご覧になりますか」 戦の顛末への予想を尋ねる竹寿へ、神宮当主は少しいぶかしげな顔をしてみせる。答えの分かりきった問いだ。例え、戦とは何が起きるかわからないものとは言え、今回ばかりは先が見えているようなものだった。 「本條に何か勝算があって立て篭もっているなら話は別だが、現状では何もかもが時間の問題だな」 「本條は大人しく降ると思いますか」 「あちらの臣だって、黙って飛田に従う者ばかりでもないだろうし、本條殿はまだ若いから、いくらか無駄な抵抗もするだろう。簡単にとはいかないかもしれないが」 「それでは、単刀直入に申し上げます」 珍しく簡単に問いに答えた神宮当主へ、竹寿は強く応じた。来訪の意すら不明瞭にしたまま、確実に何の用件も告げずに去った先日の来訪とは違い、彼は初めから、はっきりと言った。 「我々石川は、かねてより極秘に戦の準備を進めてまいりました。混乱に乗じて、本條領に奇襲をかける」 あまりにも率直な言葉、わざわざ他国へ足を運んでもらして良いようなものでない情報に、神宮の臣たちがざわめいた。そう切り込んでくるものとは思っていても、こうまで簡単に言い放つとは思わない。 「それはまた」 神宮当主は、小さく笑った。途端に、辺りが再び静まり返る。 「横からかすめとるおつもりか」 「漁夫の利です。もし成功するなら、回りへ目を向けなかった飛田が悪い」 「しかし今更、いくら本條が抵抗したところで、外からつけいるほどの隙が飛田に生まれるものでもないだろう」 「我が国の手の者を、本條の領内にまぎれさせています。ただでさえ、あの土地の民は荒んでしまっている。道中の飛田家を襲うようにそそのかすのは難しいことではありません。多少なりと、痛手を与えられます」 「民を餌にしたわけか」 「我々が動かなくとも、民が決起するのは時間の問題でしたでしょう。いずれにしても、目の前の騒乱が長引けば、本條の民だけでなく我が国の民の苦渋も続くと言うこと。我が国は小さい。手段を選んでなどおれません。一連の物事で痛みを被ったのは、石川も神宮も同じです。あの土地を飛田が抑えれば、今後もどうなるかは分かりません」 それはつまり、先の戦の折に飛田家がした本條領の民への仕打ち、そのおかげで自分たちの被った害の大きさに、とうとう黙っていられなくなったと言うことなのだろう。腹に据えかねる、と。 本音を露呈した石川家の若者に、しかしながら神宮当主は、脇息に頬杖をついて、のんびりと言った。 「民にとっては、上に座る者が飛田であろうと、神宮であろうと関わりはないことだ。飛田家とて、敵国の民ならともかく、自国の民につらくあたるわけでもない。本條がおとされて飛田があの土地を治めるのなら、賊も鳴りを潜めようし、飢えて迷う者もいなくなるだろう。この騒ぎもおさまる。民にとって何よりも重要なのはそのことだ」 「しかし、それが民に分かるでしょうか。最初から、飛田家の厳しさはよく知られていたところに、先の戦です。飛田の行いは汚い、残忍だ、そればかりを先の戦の時に植えつけられているし、事実恨んでいる者はあまりにも多い。簡単に認識が変わるものでしょうか。もし飛田家が、大した労もなく本條家を下しても、民が大人しくしているとは思えません。逃げてくるか、決起するか」 「しかし神宮家は、自ら討って出たりなどしない。国を守るためだけに、戦をしてきた」 「ですが、このままでは、国を守ることすら危うい」 ますます難民が増え、賊の被害が増える。奪われ人が傷つくよりは、最初から与え守る方が、同じだけのものを失うなら、ずっと楽だし、人心も安らかだろう。家の体裁に傷もつかない。 「勝算がないわけではありません。そうでなければ、押しかけてきたりなど、いたしませんから」 「なるほど」 勝算とは、と尋ね返してはこない。それを聞くことは、同意することになるから。竹寿は、静かに続けた。 「真意を、尋ねたい方もおいででしょう」 沈黙が、さらに重く降りた。――飛田家の陣頭に、名の挙がっている人。切り札のように持ち出してきた竹寿に対し、神宮当主は、初めて苦い顔をして見せた。 「神宮にとってあれは、そんなに痛みに見えるかな」 対外的には、見捨てたことになっている人。飛田につくことを選んだのは当人だ。横から見ていれば、確実に、決別したように見えるのではないか。 少し困ったような顔にも見える神宮の当主に対し、竹寿もここにきて初めて、虚勢ではない笑みを浮かべた。少し、安堵の混ざったようなもの。 「わたしはまだ、何もかもを割り切ることができる程、老成しているわけではありませんから。わたしが同じ立場であれば、まず真意を問いただしたいと思うだろうと、判断したまでですが」 「なるほど、竹寿殿には、流紅によくしてもらったのだったな」 くすくすと声をもらして神宮当主が笑う。彼は当然、石川の地で流紅と竹寿がどのように過ごしていたのかなど知らないが、神宮にとって――流紅にとって、紅巴がどれだけの痛みであるかなど、簡単に察せられるだろう。 二人のやりとりを、当主の傍らで見守っていた流紅へ、その顔を向ける。父親に、からかうような、おもしろがるような表情を向けられた流紅は、きょとんとして相手を見返した。それにまた笑い、神宮当主は再び竹寿へ顔を向ける。 「勝算があると言ったな」 はい、と竹寿は強く応えた。 「陣頭には、神宮の方を」 勝算、の説明になっていない言葉に、座していた神宮の臣たちが再びざわついた。当主をさしおいて、直接竹寿に真意を問う者はいなかったが。それには見向きもせず、竹寿は続ける。 「兵は石川が出します。本條の領土は、我々で手に入れる。蒲原の砦を落とし、本條の居城であった才郷の城も手に入れるために、すでに動いております。奇襲をかけて迅速に退くつもりですから、我々が飛田家に討ち入って、あちらの陣におられる方に迷惑をかけることもないでしょう。しかし軍を従える名に、神宮のものがほしい」 「……どういうことだ?」 いぶかしげに問う声に、竹寿は再び背筋を正す。明るい声で唐突に言い出した。 「我が父は老いておりますが、遅くにようやく生まれた子が二人います。ひとりがわたし。もうひとりが、妹です」 「存じている」 「流紅殿には、まだ正式な室がいらっしゃらないとか」 突然話に名があがって、流紅は驚いた顔を竹寿に向ける。それを真正面から受け止め、そして竹寿は続ける。 「側室であって構いません。次期ご当主に、我が妹を娶っていただくことで、不都合がおありでしたらおっしゃってください」 「政略結婚か」 予想もしていたのだろう。神宮の当主の声は、さほど気負ったようなものではなかった。しかしながら、竹寿は肯定の声を上げない。 政略結婚。――それだけではない。 「ずっと様子を見てきました。皆様ご存知でしょうが、この成り行きの結果を見て、どちらにつくか選ぶつもりでした。――しかしながらわたしは、ずっと思っていました。神宮と飛田にはさまれて、一人孤立するには、我が領土には力が足りない。そして民も臣も、飛田のやりようを快く受け入れはしないでしょう」 一呼吸あけて、まるで言挙げの誓いのように、どこか誇らしげに竹寿は続ける。 「政略結婚で盟約を結んで、石川家は、血族をあげて本條家の領土を手土産に神宮家に下る。石川の領土も、名も、神宮の方にお預けする。その確約と証明として、陣頭に神宮の方の名がほしいのです」 それは誰しもの予想を超えて、あまりにも、思い切った申し出だった。 |