現代ものパラレル



その1.流紅



 うちは結構裕福な方に入ると思う。
 世間は不景気だと騒いでいるし、結構うちも危ない立場にはいるんだろうが、今のところ、多分一般家庭よりはいい生活をしている。父は神宮グループの会長とやらで、家も結構な豪邸だ。
 そういう場合、父親は忙しくて家にも近寄らないってのが普通なんだろうが、しかし、うちの場合はちょっと話が違ったりする。
 朝は家族全員でそんなに大きくはない食卓を囲んで、テレビを見ながら、シェフではなくて母親の作った朝食を食べる。ちなみに母親っていうのは、兄の母で、もともとは父の愛人だった人なんだけど、正式に妻だった俺と妹の母親が死んでからは、後妻に入った義理の母だ。……ていうと結構ゴタゴタもめそうな家族環境だなあ、うち。
 だけど、義母さんは兄さんと俺と妹を分け隔てなく扱ってくれるし、うちの子に跡を継がせるのよ!ってガツガツしない控えめな人だ。だいたい、親父を責めてどうのこうの、ってことができる父親でもないしなあ。
「あー、今日の星占い、紅巴、お前最下位だぞ」
 ボリボリとタクワンをほお張りながら父が言った。片手に新聞を持って。
「お行儀が悪いですよ、お父さん」
 義母の桔梗さんがお茶をいれながらやんわりと注意する。父さんは、うーい、と生返事を返すが、改める気はまったくない。毎朝の光景だな。……ってこらー! 
「親父、俺の玉子焼きだろ、それ!」
 ひょい、と箸を伸ばして、父は俺の皿から玉子焼きを取ったかと思ったら口に放り込んでいた。
「流紅が寝ぼけた顔でボーっとしてるからいらねえかと思って食ってやったんだ」
「義母さんの玉子焼きうまいから最後に食うつもりだったのに!」
「この世は弱肉強食ってな。大事なものはしまっとけ。でないと強い者に持ってかれるんだぞ」
「なにもっともらしいこと言って誤魔化してんだ! バカ!」
「お前、父親に向かってバカとか言ったな、馬鹿とか」
 新聞の端から俺の方を覗き込むようにしてみながら、父さんが言ってくる。
「子どもの食べ物取り上げるなんて、バカで十分だ」
「もう、流紅うるさいよー! テレビの音が聞こえないじゃないの!」
 妹の桃巳がさらに大きな声をあげて、俺は黙り込む。親父は得意げな顔で俺を見た。ああ、大人気ない!
 腹立ちまぎれに、俺は残っていた味噌汁とごはんをかきこむ。仕上げにお茶を飲んで、席をたとうとすると、親父はそれを読んでいたかのように、さらりと言った。
「それはそうとお前ら、今日は石川家と会食の約束があるから、どっちか付き合え」
「昼ですか、夜ですか」
 それまで静かに食事をしていた兄さんが、至極もっともな事を聞く。俺も兄さんも学生だから昼はない、と普通思うところだが、こういうものは仕方ないから学校サボってでもいくもんだろう。
「とりあえず夜ってことにしてあるが、まだ今ならどうにでもできるかもしれんぞ」
 親父はガサガサと音をたてて新聞を畳むと、義母さんがいれたお茶を飲みながら言った。
 どうとでもできるかもしれん、って言ったって、なあ。
「俺は受験勉強で忙しいからだめ」
「流紅が卒業したら、つまんない! うちの大学に入ればいいのに!」
 茶碗を片手に、桃巳が大きな声を出した。俺と妹は小学校から大学まであるエスカレーター式の学校に通っているんだが。ああー、もうしつこいなあ。
「なに馬鹿なこと言ってるんだ。俺は、兄さんと同じ大学に通うんだからな!」
「流紅の頭で入れるわけないじゃないのー!」
「う、うるさいなあ、だから勉強してるんだろ!」
「流紅が兄さまと一緒の学校なんか入ったら、学校での兄さまの評判が下がったりするんじゃないの!」
「お前はなー。俺と一緒の学校に行きたいのか俺が嫌いなのかどっちなんだ」
 兄は、某有名国立大学の法学部へ通っている。経済学部へ入るようにと父は言っていたが、兄は父の後を継ぐ気はないから、といって、そっちへ進んだ。が、結局法律を熟知してる人間――しかも弁護士などが社内にいるのは良いことだし、その辺りを考えて法学部などに入ったに決まっている。それでなければ、兄さんは、医学部とかに進みそうなものなんだけどな。
 でも、なんだかんだと言いながら、親父の策略のようなもので、兄さんは会社のいくつかをまかされていたりする。学業の傍ら、仕事をして、実は父さんよりも兄さんの方が忙しいんじゃないかってくらいだ。
「兄さんも忙しいだろうから、親父につきあうのは無理だろ」
 頭の中でスケジュールを整理しているのか、考え込んで何も言わない兄さんの代わりに、とりあえず俺が先に言っておく。すると、頬杖をついてお茶をすすりながら、親父はちょっと黄昏れて言った。
「ブラコンばっかりか、うちは……」
 う、うるさいなー!
「親父と義母さんと二人で行って来いよ。久々のデートでいいだろ」
「あのなー、向こうも子息連れで来るって言ってんだ。わしと桔梗が二人で行っても格好がつかんだろうが」
「会食ったって、なんか仕事の話とかでるんだろ? 俺、腹芸とか得意じゃないしさあ……」
「そんなこと、誰もお前に期待しておらんわ」
 ああ、ひどいなあ。だったら最初から俺に話を振るなよ。思っていたら、小さく笑い声が聞こえた。
「流紅はすぐに顔に出るからね、確かに向かないだろう。ぼくがなんとか都合つけていきます」
 俺たちが兄さんを見ると、兄さんは楽しそうに言った。都合つけてってことは無理してってことだろう、ただでさえ忙しいのにそんなことなら俺の方が、と俺が反論しようとすると、それを読んでいたのか、兄さんは続けた。
「心配しなくても、ぼくはファザコンですから」
「いや、兄さん。そういうことは、にこやかに主張することじゃ……」
「おおー、そうだよなあ。紅巴は親父が好きだよな!」
 親父、そんな本気で嬉しそうに……。
「でも兄さん忙しいんじゃないのか。どうしてもどっちか行かないといけないんだったら俺が」
「流紅、もう行かないと遅刻するんじゃないのか?」
 俺の言葉をやんわりさえぎって、兄さんが言った。もう、この人は自分で決めたら絶対譲らないんだからなあ。俺はぶすっとして席を立ちながら、のんびり茶をすすって成り行きを見ている親父を睨みつけて言ってやった。
「親父、あんまり兄さんに無理させんなよ!」
「お前に言われるまでもないわ。とっとと言って来い」
 普通にいってらっしゃいと言えないのか、うちの父は。義母さんは気をつけて、って言って見送りしてくれるのにさあ!
 とりあえず、一緒に行く!と追いかけてくる桃巳と一緒に、俺は一家団欒の席を後にした。




つづく


流紅の一人称が「わたし」だとなんか変な感じになるから「俺」にしちゃったよ…。
タイトル決める時間がなかったので、そのあたりは保留で勘弁してください!


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