|
頭の中が沸騰しているかのように熱い。 音にあふれている。一体何の物音が、どれだけの音が重なってこれだけの轟音へと昇華させているのか、考えるのも馬鹿らしいほどの騒音が満ちている。その中に呼ばわる声が聞こえるが、聞こえるだけだ。届かない。麻痺した心が、何もかもを忘れて駆け出している。考えるのは、ただ前へ進むこと。 息を吸う。火のようだ。 「だから、一体、どれだけ言わせれば気が済むんです」 あきれ果てた声が唐突に間近でして、孫策は傍らを振り仰いだ。さすがにこの声だけは、判別できたらしい。 「前線に出るな、か」 言い返して、吐き出す呼気とともに刀を振るう。渾身の力を込めて。そうして、人を、敵を蹴散らして前へ進んでいく。 「耳にたこが出来るな」 「だったら」 続きは、もう聞く気にならなかった。それこそ、聞き飽きた言葉だ。いつもそれはそれはきつく怒られて、その時はちゃんと、反省するのだが。こうして実際に、この場に足を運んで喧騒につつまれていると、そんなもの忘れてしまう。 どうしても前に出てしまうのは、ただじっとしていられない性格のせいだということは、いちいち誰に説明されるまでもなく分かっている。そして誰に説明してやるでもなく、誰もがわかっている。 でも、こうして戦のたびに息を乱して、走り続けていると、自分の手で障害を取り除ける、その動きがとても楽しい。遊びのようなもの、ではなくて。――そうかもしれないが。立ちはだかるものに立ち向かって、突き進んでいくことは、自分の力で道を切り開いていく、そうして生きている実感がある。思い通りにならないことが、多かったせいかもしれないが。 自分の手で、足で、前へ進んでいる。その、証左。 それは、衝動になる。心を、体を突き動かす。鼓動は、ただ、ざわめいて。 止まるな。足を止めるな。立ち止まるな。突き進め。ひたすら前へ。 倒れることは許されない。許さない。 そのために、そのたびに、息を吸う。埃にまみれた空気が、身の内に満ちてくる。血にまみれた臭いが、鼻に喉元に絡みつく。そして大きく、息を吐く。逆巻く感情を、呼気とともに外に吐き出す。決して、治まりはしないもの。鎮まりはしないもの。 ひとりじゃ、ないからな。 隣にある体温を確信しながら、彼はただ笑う。こうして戦場に立っていると、普段はどれだけかみ合わなくても、どれだけ人に「まるで正反対」と言われようとも、そんなもの何でもないことを、確信する。こうして命を懸けて立っているときに、走っている時に息があうことは、何よりも自分たちが切り離せないものかが、よくわかる。 そして、ひとりならさすがに、無茶はしないかもしれないな、と思う。――実際にはどうかもわからないが。 ひとりだったら、もうとっくに、ここには立っていられなかったかもしれないな、とは思う。 自分の呼気。隣に立つ人の呼気。それはもう、同じものだ。その息が止まるなら、この、身のうちを流れる感情は、鼓動は、意味をなくす。 そうして、満ちていくもの。 呼吸ととも、息を吸うたびに、体の中に満ちていくもの。 熱情と、深い満足と。同時に渇望と。 君の、体温。 |
| 「50のお題」トップへ |