宮城全労協ニュース/第110号(電子版)/2008年9月23日

衆議院の解散・総選挙が迫っている
自・公政権を打倒しよう!



麻生の「圧勝」

自民党総裁選挙は、事前予想どおり、麻生が他候補を大きく引き離して勝利した。

麻生は地方票の95%、議員票の56%を獲得した。「小泉改革支持」をかかげて対抗した小池は、与謝野に及ばず、3位であった(注1)。

福田辞任から総裁選挙へ、政局は急展開した。出発は麻生幹事長の就任だった。福田の次は麻生、という流れが準備されていった。最初から麻生の勝利が確定していたわけではない。麻生は安倍政権に続き、福田政権でも幹事長として「政権投げ出し」の現場にいた。その責任は不問にされ、昨年のような麻生包囲網は作られなかった。キングメーカーは森元首相だと言われているように、党内事情や派閥事情があった。自民党の多数は、政策論争や過去の経緯を度外視して、麻生を選ぶしかなかった。

「小泉改革派」が矢面に立たされた。小池議員は派閥の締め付けと闘って立候補した。しかし、その闘いは自民党内抗争にとどまり、広がりをもたなかった。けっきょく「出来レース」となり、4候補は麻生の引き立て役となった。

党内や経済界からは麻生流への不安も指摘された。「大衆受けする、明るい独特のキャラクター」は、麻生の場合、外交問題に発展しかねないリスクをともなう。地方自民党が期待を寄せる「経営者的現実感覚」は、「基本方針」を危うくするのではないか、等々。

そのような批判にもかかわらず、けっきょく自民党は「総選挙に勝利する」ための総裁として麻生を選出した。本人も「選挙で勝って、はじめて天命を果たしたことになる」と決意を述べた。


自民党のおごり

「にぎやかな総裁選挙で盛り上げてほしい」。福田首相の発言は身内主義そのものであり、「国民・国家はイコール自民党である」という旧来思考のままだった。福田自民党が「ねじれ国会」に対応できなかったのも当然だ。

自民党はそもそも、二代にわたる政権投げ出しの責任をとり、野党に政権を渡すべきだ。そのような批判を受け流し、国政をストップさせ、2週間にわたる総裁選挙が実施された。衆議院選挙の準備としてショーアップ作戦が展開された。前回4か所だった街頭演説会は、全国18か所、11比例ブロックのすべてで開催された。

自民党のねらいは成功しなかった。たとえば読売新聞は、「総裁選は踊らず、盛り上げて衆院は誤算」「消えた対立軸、論争不発」と評している(9月23日)。

最後まで緊迫感に欠け、候補者の乱立には党内から「売名行為」の批判もでた。小泉が橋本に逆転勝利した2001年はもちろん、福田対麻生の1年前にもはるかに及ばなかった。大多数の道府県で予備選の投票率は低下した。

候補者たちは「小沢民主党」への批判に一番の力を注いだ。それは自分たちの政策論争が低調であることの裏返しである。格差・貧困、労働・雇用、年金公約、社会保障と医療などは政策論議にならなかった。対立軸とされた「小泉構造改革」の総括論争も深まらず、経済政策と税制はあいまいなままに終わった。中国や韓国との関係を含めて、麻生の「価値観外交」を検証することもなかった。

「ねじれ国会」については「政局中心の民主党の責任」の一点だった。抗争と合意の国会運営のあり方をどうするのか、何一つ提案がなかった。

昨年の参議院選挙では自民党支持者から大量の造反がでた。政権政党への抗議が民主党を参院第一党に押し上げた。福田自民党はこの流れを再逆転させることができなかった。中央がしかけた「お祭り騒ぎ」が不発に終わったのも当然だろう(注2)。


小泉改革派の大きな後退

唯一のサプライズとして小泉元首相の動きに注目が集まったが、小池支持表明後も大勢に影響はなかった。そもそも、小泉の支持表明は中途半端で、総裁選を引っ繰り返そうとするものではなかった。

「小泉改革派」は切り崩され、とくに清和会のなかで追い詰められた。ほかに立候補をめざした2、3人の若手改革派議員たちは推薦人の獲得に失敗した。「改革派」が統一されることもなかった。

格差問題などで疲弊する地方が反乱した、民意に即した原点に立ち戻ることが必要だ。自民党は昨年秋、参議院選挙の敗因をそのように総括した。小泉は、「敗北は小泉改革の行き過ぎによるもの、と多くの評論家が言ったが、全くのナンセンスだ」と反論した(昨年11月、シンガポールにて)。

「改革の行き過ぎではなく、改革が足りなかったからだ」という竹中や小泉の主張は、今回の総裁選挙によって改めてしりぞけられた。小泉改革派は大きな後退を余儀なくされた。「小泉時代は終わった」。これが党内の大勢だ。

もちろん、抗争は続いており、それは政界再編がらみである。小泉は「古い政党が改革を実行しなければ、政治再編が起きる可能性は十分にある」と述べている。小泉の役割がどうであれ、「政治再編は不可避」だと思われる。

民主党も自民党も、いくつかの少数政党も、現状のままではいかないだろう。大きな枠組み変動もありうるだろう。どのような再編か。それには総選挙の結果が大きく影響する。再編は権力闘争であるが、同時にまた、政策的な要素がともなうことも確かだ。そこでは「左派」の位置と展望も問われるだろう。


福田首相の敗退、清和会政権4代の終わり

福田首相は何度か辞任を考えたと報道されている。そうだとしても、辞任は唐突だった。新体制で臨時国会に臨もうとしていたからだ。

竹中元大臣は、福田改造内閣の組閣当日のテレビ番組で、「(小泉内閣の)麻生は抵抗勢力だった」など、何人かの名前をあげて激しく批判した。「小泉改革からの逆行」だという竹中の抗議は、逆に言えば、改造内閣には「反小泉改革」の政策を推進する可能性があったということだ。「五つの安心プラン」や新しい消費者行政が内政の中心課題になるはずだった。臨時国会の所信表明には、20年後を展望する「福田経済ビジョン」も準備されていた。

それがあっけなく頓挫した。公明党の「福田降ろし」がダメ押しだったと言われている。自公政権の行き先には「順調でない」だけではなく、「不測の事態に陥る」可能性もある(辞任表明)。福田はそのような言い回しで、公明党との関係が辞任に発展したことを認めた。

公明党は新テロ特措法延長の反対や定額減税などを強硬に主張した。「民公か自公かではない、自分たちの政策実現のための政権入りだ」「支えることは当然だが、むしろリードしたい」。露骨な発言が公明党幹部から相次いだ。公明党の危機感は深く、一方、自民党には公明党の協力なしで選挙区選挙を闘うことはできないという現実があった。麻生新幹事長は、福田の抵抗をよそに、公明党に歩み寄った。

日本経団連の御手洗会長は、インド洋上での給油の継続は日本の国益上当然だ、財政規律も遵守されねばならないと強調した。御手洗のいらだちは、民主党というよりは、与党内に広がる無原則な妥協に向けられていたのではないか。

起死回生をねらった内閣改造でも支持は回復しなかった。太田農水大臣の事務所費問題が追い打ちをかけた。麻生支持の有力議員たちは「福田降ろし」に言及しはじめた。

「福田内閣の支持率が低迷し続け、自民、公明両党内にも『福田首相の下では衆院選は戦えない』との声が次第に強まる中で、それに抗する気力も熱意もなかったというのが実相であろう」(毎日新聞社説9月3日)。

麻生は結果として福田を辞任に追いやった。「禅譲」約束があったかどうか不明だが、麻生を幹事長に指名した福田の自業自得だということにもなる。

麻生が福田の政策を受け継ぐ保証はどこにもない。麻生は幹事長に就任するや、証券優遇税制(投資家減税)と設備投資減税を打ち出した。投資家・富裕者、企業サイドからの政策であり、福田の「国民生活目線」とは異なる。麻生の「価値観外交」は福田のアジア外交とは異質である。その意味でも福田の無責任な投げ出しだった。

福田首相はワンポイント・リリーフにすぎなかった。自民党が政権を失うかもしれない「瀬戸際」で政権を担当し、小泉と安倍の「行きすぎ」を修正したが、それは部分的な手直しにとどまった。「暮らしに安心」と言うが、年金公約では居直り、薬害肝炎やイージス艦衝突など、対応はあまりにも後手だった。

日米同盟と米国型経済社会政策から転換する、いわば「もう一つの日本資本主義」を展望する保守政治が問われている、という議論がある。そのような認識に、福田首相は最後まで至らなかったのだろう。自民党は保守政党としての「変革」のチャンスを生かすことができなかった。そのことが政権転落に直結するのか、あるいは「小泉改革以前」の「古い自民党」に戻って政権を維持することになるのか。それはこれからだ。

ブッシュ政権のイラク戦争は失敗し、金融危機という次の試練に直面している。資本主義への次の展望を持てないという自民党の危機は、視点を換えれば、「もう一つの社会は可能だ」という反資本主義の闘いの真価が問われている、ということだろう。


自公政権を倒そう! 

ともあれ、自民党は4代連続した「清和会政権」に区切りをつけ、麻生に総選挙の「顔」を託した。

9月24日には臨時国会が召集され、首相指名選挙を経て新内閣が発足する。25日には国連総会の出席が予定されている。29日に臨時国会が開会され、所信表明演説が行われる。

「10月3日、各党代表質問直後の衆議院解散、10月26日の投開票」。与党はすでにこの日程で合意しており、確定的だとの報道がなされてきた。麻生は当然、この日程報道に不快感を示した。その結果、「衆院選はずれ込みも」「公明党は11月2日を要求」の報道もある(読売新聞22日)。

新総裁としての記者会見で、麻生は、「補正予算への野党の対応を見極めてから」と発言した。なにより新内閣の支持率が問題となる。麻生は、おそらく短期間のなかで、解散・総選挙の「最も良いタイミング」を探ることになる。

麻生新総裁誕生の翌日、公明党も大会を終えた。太田代表は「いよいよ戦闘態勢である、なんとしても自公で過半数を達成しなければならない」と檄を飛ばした。民主党はその前日、小沢代表を三選し、政権交替をめざして総選挙に勝利することを確認した。

早期解散・総選挙への流れは加速している。あとは新首相の判断であり、政権をかけた緊迫した政治局面に入る。


自公政権を倒そう!
「日米同盟と新自由主義経済」からの転換を求めよう!


■(注1)
「圧勝」の内容にはいくつか注釈が必要だ。

◎麻生の全体の得票(議員と地方の合計)は66・6%。安倍の66%。福田の62%に比して、とくに高いわけではない。

麻生が際立っていたのは、地方票(134票)であり、「ほぼ同じ条件で行なわれた2001年の総裁選」で小泉が獲得した123票を上回った。

◎<地方票>
麻生は95%を獲得したが、投票総数では66%だ。都道府県単位(一律3票)のために、2位以下の「死票」の比率が大きいからだ。

その他の地方票獲得の順位(石破4、与謝野2、石原1)は、投票総数から見れば意味がない。小池は0票だが、総数では全国2位になる。

有効投票総数62万6千票。麻生66.5%、小池12.0%、石原9.7%、与謝野6・6%、石破5・3%(共同通信社まとめ)。

◎<国会議員票>
麻生の議員票は56%。陣営の想定より低かった「出来レースにしてはいけない」という議員の声は根強かった、与謝野と小池に流れた、と報じられている。とくに小池の46票は事前予想より多いという。

◎<自民党宮城県連の予備選投票結果>

・投票総数 8499
・麻生 5043、小池1235、石原936、与謝野734、石破495
・県連の党員党友数は1万4926人。
・投票率は56.94%。前回2007年予備選挙は61.38%。


■(注2)
共同通信の自民党総裁選支持動向調査(党員・党友対象)

「麻生の圧勝」を予測すると同時に、「自民党への投票は72%どまり」であり、「70%超が自民党の過半数割れを予想している」と、一般党員の厳しい認識を指摘している(調査対象:自民党党員・党友、9月13・14日実施)。
<次の衆議院選挙の比例代表で、どの政党に投票するか>
◎自民党に投票する、72.1%
◎自民党に投票しない、12.2%
◎分からない・答えない、15.6%

<衆議院選挙で自民党はどうなるか>
◎過半数は取れないが、第一党になる、56.5%
◎過半数を取れず、第一党の座を奪われる、15.4%
◎単独過半数を維持する、16.1%

<どのような政権枠組みが良いか>
◎自・公、34.3%
◎自・民大連立、23.7%
◎自民党単独、20.3%
◎民主党単独、4.3%
◎非自民党連立、4.2%


■宮城全労協ニュース第110号(電子版)2008年9月23日