宮城全労協ニュース/第118号(電子版)/2009年1月18日

<本号の記事>
◎投稿/半導体工場で働く労働者から
◎パナソニック裁判・原告の訴え


<集会と公判のご案内>

「派遣切り」は許さない!パナソニック裁判支援!
−労働者市民のつどい−
◆2月8日午後13時30分〜16時 ◆郡山市労働福祉会館
◆講演:鎌田 慧さん
◆主催:パナソニックの偽装派遣を告発し、解雇撤回・直接雇用を求める佐藤さんを支援する会(仮称)準備会

−パナソニック裁判第2回公判−
◆3月13日11時、福島地裁郡山支部



半導体工場で働く労働者からの投稿

今、日本中で「非正規労働者」の解雇が問題になっています。私が今働いているA社の場合も例外ではなく、今年は多くの労働者が職を失うことになりそうです。

私の工場の場合、2つの「請負会社」というのが入っています。したがって、一つの工場の中にA社の正社員、請負会社B社の正社員と契約社員、請負会社C社の正社員と契約社員の5つの形態の労働者がいて、それぞれ全く異なる労働条件の下で働いています。

5年前に初めてこの工場に入った当時は、いわゆる「偽装請負」の状態で、A社の正社員が請負会社の労働者に対して、平気で指揮監督をしている状態でした。それが2年前に「偽装請負」が社会的な問題になると、A社の正社員の指揮監督の禁止、使用設備の貸借契約の締結、その職場内での掲示、請負会社の管理者の設置というのが、県の労働局から指導され、「構内請負」が温存されて今日に至っています。

しかし、実態は請負会社の管理者を通じてであれ、A社の社員の細かい指示は即時的に現場の労働者に伝わりますし、使用設備が故障した場合、それを修理するのはメンテナンス技術を持つA社の正社員だけです。表面を取り繕っただけで、実態としては「偽装請負」はそのままであると思います。

A社の正社員が直接指示できるのが「派遣社員」です。私の工場にはいませんが、別の工場では設備のオペレーターはほとんどが「派遣社員」であると聞いています。法律では「派遣社員」は3年を過ぎたらば、派遣先の社員になるか聞かなければならないとなっていますが、それはあくまで派遣先がこれからも働き続けてほしい場合であって、派遣会社の側では「派遣社員は3年以上は勤められない」ということを言っています。つまり製造業における「派遣」とは3年後には必ず解雇される職種であるということです。

バブル崩壊後の平成不況を経て、円安の追い風を受けて増産を続けてきた輸出企業の現場では、ほとんどこのような状態が蔓延しています。設備を動かすのは「非正規労働者」で、その設備を維持したり、全体を指揮監督するのが「正規労働者」ということです。昔は「ペンシル型雇用」といわれていましたが、「シャープペンシル型雇用」に変化しているといいますか。

世界不況の影響でバタバタと「派遣労働者」が解雇されています。しかし不況が回復したら、またこのような企業が「派遣」を受け入れるのでしょうか。それは許されることではないと思います。労働者派遣法を抜本的に改正して製造業に労働者を派遣することは禁止されなければなりません。又、派遣の代替として「請負」を入れることが今後増えると予想されますが、請負会社を規制する法律がないので、それを制定して「同一労働、同一賃金」の原則を打ち立てるべきだと思います。

2009年1月7日(一読者より)



パナソニック裁判・原告の訴え

(注)パナソニック電工裁判の原告である佐藤さんの訴えを転載します。

宮城合同労組と宮城全労協は1月10日、仙台市内にてキャンペーンを行い、福島から駆けつけた「支援する会」とともに「派遣切り」に抗議し、パナソニック裁判への支援を訴えました。また同日夕方に開催された宮城合同労組の新年旗開きでは、合同労組の各支部や争議組合員とともに、パナソニック裁判原告との交流を深めました。


「パナソニックの偽装派遣を告発し、直接雇用を求める」原告からの訴え

 私は、パナソニック電工の完全子会社、アロービジネスメイツの派遣社員でした。
 パナソニック電工のショウルームで、約18年間働いてきましたが、パナソニックに社名が替わる前日の昨年9月30日、雇止め解雇されました。
 元々は、社員としての採用でしたが、説明も無いままに2ヶ月後に派遣にされ、今回また、グループ内企業へ転籍を求められました。提示された条件は、月額で4割の賃下げと、半年単位の契約でした。そして『仕事は同じ。条件交渉は一切しない。答えは、残るか残らないかだけでいい』と通告されました。
 私は9月8日、労働組合に加入し交渉を始めました。しかし、パナソニック電工グループは、私をだまし交渉のさなかに「転籍拒絶と雇止め解雇」を強行したのです。

 ショウルームの仕事は、休憩もまともに取れず、夜の10時頃まで職場にいるようなハードな仕事でしたが、それでも仕事は頑張れました。それが生活の糧だったからです。
 私は「登録」した覚えなどまったく無いのに『登録型派遣はいつでも切れる』と言われ、『派遣先が無くなりました』の一言で、全てを奪われました。

 「一時的・臨時的仕事」のはずの派遣で、私は18年近くも同じ仕事をしてきました。しかも仕事は、ショウルームアドバイザーなのに、契約書には「事務用機器操作」と記載されていました。当時は派遣受入れが許されない仕事だったので、パナソニック電工は業務を偽装していたのです。
 法律を犯してきたのはパナソニック電工なのに、『法令遵守が求められてきたので、このまま、仕事を続けてもらうわけにはいかない』とまで言われました。私は、一生懸命働いてきただけなのに、なぜ私が、責任を負わなければならないのでしょうか?

 私は悔しさと怒りで胸がいっぱいです。


 毎日のように、派遣切りや、内定取り消しのニュースが報じられています。
 パナソニック電工は、今年の3月に、全社的に派遣社員の雇止め解雇を実行し、東北の営業所だけでも10名の仲間が解雇されています。通告を受けた私は、「おまえは、生きていなくていい」と言われたような衝撃を感じました。どうやって生きて行けば良いのか、不安でいっぱいです。

 人間を『もの』として扱い、簡単に切り捨てて雇用責任を果たさない<企業>を、偽装と違法を繰り返しながら肥大する<派遣業界>を、それを知りながら見て見ぬふりし続けた<行政>を、そして、それを後追いで認め続けた<国会>を、これらの全てを、私は許せません。


 私は、11月14日福島地裁郡山支部に「業務偽装による違法派遣」で、派遣契約そのものが当初より無効であり「親会社である派遣先パナソニック電工との間に、労働契約が存在する」として、地位確認を求め提訴しました。
 現在の派遣法は派遣労働者の雇用を守り、労働権・生存権を保障するものとはなっていません。それどころか企業が自由に派遣労働者を切り捨てることを許してしまっています。
 パナソニック訴訟に勝利することは、派遣労働者の『生きる権利』を確立し、格差と貧困にあえぐ社会を根本から創り変えることに繋がると確信しています。


 私は、物ではなく人間です。家庭を持ち、子供を育て、希望を持って、人として生きる権利があります。
 私は、職を失い生きる希望さえ奪われた、多くの労働者の心に思いをはせます。
 私は、生きるために、派遣法の廃絶と、社会保障の充実に向けた闘いに、歩みだすことを決意しました。
 どうかみなさん、ご支援を宜しくお願いいたします。

(2008年12月23日)


*「訴え」は、支援する会準備会の「2・8集会」案内に掲載されたものです。


■宮城全労協ニュース第118号(2009年1月18日)