仙台市政の再出発を!
(2009年6月17日)
●疑惑に答えず責任をとらない梅原市長
梅原仙台市長は6月13日、記者会見を開いた。昨年末から事実経過と責任を問われてきた「タクシー券問題」について「市民におわびしたい」と言いつつ、「再チャレンジ」「再出発」に理解を求めるものだった。市長は「問題の重大さに対する認識の欠如、対応のまずさから多くの市民に失望と不信感を抱かせた」としながら、具体的な説明を求められるや、「記憶がたどれない」とこれまでの発言を繰り返した。
行き先を記入しないタクシー券の使用や第三者への譲渡などについて、市長はこれまであいまいな説明に終始し、とくに疑惑の中心的な点については、事実上、検証を拒み続けてきた。6月15日から始まった市議会でも真相究明は進んでいない。
市長は今回、29万円余(「経路は記載しているが使途のあいまいな11万6580円分と、昨年10月以降の経路未記載の17万4100円分」河北新報14日)を市に返納し、「おわびの端緒にしたい」と述べた。市長は市民の幻滅と怒りを理解していないようだ。
「ノーブレス・オブリージュ」という言葉を市長は好んで用いてきたという。それが政治信条だというのなら、市長としての社会的な責任をとるのが当然だろう。市長の使用したタクシー券は税金によってまかなわれている。その公私混同の疑惑を晴らすことができないで、どうして市長の職務をまっとうできるか。
与党会派も「タクシー券」問題での市長の態度を認めず、いまやその政治手法を公然と批判している。だが、そのような市長を推挙した市政与党としての責任はどうなるのか。「タクシー券問題」だけではない。その発覚の以前から、市長の「トップダウン」手法が独善的だと問題になり、そして実際、たとえば「全国一の待機児童」問題を典型として、「市民との距離の拡大」が懸念され続けてきたのではなかったか。
●独善的な「トップダウン」と危険な「超保守主義」
「前市長の『継承者』という触れ込みで当選した市長だが、前市長の基本施策だった『市民協働』『男女共同参画』と矛盾するかのような方針を次々と打ち出して物議をかもした」(朝日新聞県内版06年8月21日)。最初の一年間の評価にあたり、地元メディアはこのように、こぞって市長の手法を疑問視した。
「エル・パーク仙台」の廃止問題に関して、市長は、「行財政改革に聖域は設けない」「男女差別はしない主義だが、女性を特別扱いもしない」と説明した。しかし実際はどうだったのか。仙台市の「男女共同参画」政策の拠点であり、象徴である施設に攻撃を加えることが、市長の狙いだったのではないか。時代に逆行する姿勢に批判が高まった。
市長は「積極外交」によって独自性をアピールしようとした。そこにおいても市長は、友好ではなく、超保守的で排外主義的な自身の価値判断にこだわった。
金剛山歌劇団が予約した仙台市民会館の使用許可取り消しに際して、市長は当初、「管理等の支障のおそれ」を理由にあげた(07年6月5日)。主催者側は執行停止を求めて提訴し、仙台地裁と高裁は市の主張を退けた。「(公演は)憲法で保障された行為」だと抗告棄却されてなお、市長は、「最高裁への特別抗告の可能性」も否定せず使用取消しの道を探った。「(公演は)民間レベルの文化交流として仙台市民にも長年親しまれてきた」と報じられている(河北新報07年5月9日)。仙台市の異例で不当な対応に、友好親善の行事を阻止しようとする市長の思想的な独断を見ることができる。
市長はまた05年末から06年にかけて、長町再開発地区の「仙台中華街」構想に反対した。「景観」の問題から難色を示していた市長は、「中国人社会の怖さ」「治安上のリスク」を公言するにいたった。「経産省時代から対中強硬派の論客」と報じられている市長は、仙台市が長年育んできた「日中友好」の歴史に背を向け、前市長時代からの計画をストップさせたことになる。
仙台市の公共の場には路上生活者を受け付けないように細工されたベンチが目立つ。新自由主義が広めた「排除の思想」の象徴であるが、市長はこのような「不寛容主義」の同調者なのだろう。
こうして4年間、きわめて危うい仙台市政であったことが浮かび上がる。
●政令指定都市への移行から20年、抜本的な再出発が求められている。
仙台市は今年、政令指定都市に移行して20周年を迎える。この20年間、仙台市は大きく変貌した。かつての「ニュータウン」には高齢化の波が押し寄せ、地域生活の危機が進行している。一方、東北最大の「中枢都市」として成長政策をとり続けており、地下鉄東西線をはじめ街作りの根幹をめぐる論争が続いている。行政は山積する難問にどのように対処しようとするのか。
宮城全労協は09春闘において、「失業」と「地方経済の崩壊」への緊急対策を求めて「反貧困・反失業」の東北キャラバンを実施し、仙台市をはじめ東北23か所で要請行動を行った。
宮城県をはじめ東北各県は厳しい雇用破壊にさらされているが、とくに製造大企業系列の誘致企業は地方自治体と地域住民を裏切り、一方的な解雇や減産を強行した。ところが自治体の多くは、企業への優遇措置を逆に強め(製品公費購入、各種補助等)、そのことによって雇用や税収を期待する政策をとり続けている。労働者や住民にとって、いったい地方自治体や地方行政とは何なのか。要請行動で私たちは、そのような意見表明を行ってきた。
緊急対策とともに「『連帯と共生の地域社会』を展望した中長期的な取り組み」についても申し入れを行った。
大資本に依存しない地域経済社会、福祉行政や地域医療の再構築、農林水産業の振興、国際協調とくに北東アジアとの友好関係、社会的企業など地域に根ざした非営利活動との協働など、地方自治体の進路について住民と行政の共同論議が必要であると、私たちは問題提起した。
これらの課題に取り組むためにも、小泉政権下で強まった「効率最優先の自治体経営論」とそこに基づく「民営化」施策を見直すことが必要だ。また日本経団連やトップ企業が推進する「道州制」導入議論から離れて、住民自治と地方分権を再検討すべきだ。
歴史的な総選挙が迫っている。その結果どのような政権となるのか予断は許さないが、政治変動の始まりとなる可能性が高い。奇しくも前後して仙台市長選挙が実施される。
仙台ではちょうどこの時期、7月6日の「市制施行120周年記念式典」をはじめ、市制120周年と政令指定都市移行20周年の記念諸行事が連続して開催される。何をどのように祝うというのだろうか。この夏、市政の刷新にとどまらず、4年間の反省を抜本的な再出発への契機とすることが求められている。
■以上/宮城全労協ニュース第127号/2009年6月19日

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