東北全労協対策本部のメッセージ
東北全労協大震災対策本部は4月1日、全国からの支援に対してお礼、近況報告、ならびに要請のメッセージを発しました。以下、概要を紹介します。


説明
石巻市雄勝地区(3月26日、東北全労協対策本部撮影)
<友人、支援者の皆様へ>
2011年4月1日
東北全労協東日本大震災対策本部
亀谷保夫
日本全国、世界各国の友人、支援者の皆様によるご支援と心温まる励ましの言葉に御礼を申し上げます。ありがとうございます。
東日本大震災から3週間、21日目を迎えました。近況を報告いたします。
仙台市を中心とする宮城県、岩手県、福島県の内陸部は、水道、電気、
ガス、電話等のライフライン復旧が進み、日常生活も徐々に落ち着き、震災直後から続いた生活用品の買い物に並ぶ「買い出し行列」も無くなりつつありますが、地震による地域的な地割れ等の被害で避難指示が出されるなど、災害復旧が遅れている場所も数多く点在しています。
一方、東北三県の津波被害を受けた沿岸部の被災箇所は広大であり、東北各県と全国の消防、自治体、自衛隊、警察、学校、被害関連企業などからの派遣と、被災地の市町村自治体労働者や避難者の不眠不休の努力にもかかわらず、約2万人の行方不明者の捜索ならびにライフラインの復旧は進んでいません。
被災沿岸部の市町村は、何百年と住み続けてきた土地、家屋が無くなり、無残な姿に変わり、田畑は塩を含んだ砂、海草、水、油で蓋い尽くされています。
津波被害を受けたすべての地区で、病院、学校、通信局、郵便局、銀行、地域産業、工場、港が壊滅状態のままです。
安否確認を進めているなか、2週間後の3月26日にようやく宮城県石巻市の北方沿岸部である雄勝町船越地区に入ることができました。津波は杉の木をなぎ倒して山間部まで深く入り込んでおり、一車線のみの支援道路があるだけで、雄勝町病院、中学校、道の駅、船越浜は破壊されたままの状態でした。
地震と津波による死者、行方不明者は2万9千人名を越えています。避難所で生活する人々は宮城県8万人、岩手県4.2万人、福島県3万人、を中心に東日本で20万人となっています。
福島原発事故による避難民は自主避難を含めて10万人を超え、福島県内外に集団避難等をしています。
原発事故により、福島沿岸部の津波被害にあった行方不明者の捜査は30キロ範囲が手をつけられない状態です。
福島県民は大震災と、原発事故の「人災」によって生活する場所を奪われ、故郷から遠く離れた避難所へ移動し続けています。
現在まで我々東北全労協は安否確認を最重要課題として取り組んできました。その活動の中で、灯油がなくなっても買出しに行くことができず暖を取れない高齢者宅、友人宅に灯油を配達し、全国から送られたヒーターを乳幼児がいる家庭やガス復旧の遅れている地域の高齢者宅に配布し、また石巻地区では津波で冠水した家屋の後片付け、電気のない避難箇所へ発電機の搬送等を行ってきました。
さらに津波によって家屋を流された鉄産労高橋委員長、大橋執行委員が子供の学校の関係から避難所を出てアパートを借り、宮城全労協組合員の生活用品の拠出によってゼロからのスタートを始めることができたことを報告します。
対策本部は宮城県、福島県で我々の古い友人と家族、計17名の安否確認作業を4日から現地(宮城県亘理町、福島県相馬市・南相馬市)に出向き開始します。
全国の皆さんに要請します。
必要な物資は仙台を中心に買い求めることができますので、皆様からいただいた資金で調達し、これまでの各拠点への支援活動から東北全労協対策本部の活動を中心とした体制へと移行します。
全国の皆様には大変お忙しい中とは思いますが、津波被災現地視察については2〜3名、1泊2日の行程で仙台を訪問していただく様お願いします。
宿泊、現地視察の関係から人数は最大で4名です。これ以上の人数は対策本部で対応できませんので宜しくお願いします。日程は対策本部と打ち合わせをお願いします。
以上、改めて皆様のご支援に御礼申し上げます。今後のご支援とご協力を宜しくお願いします。
■以上/宮城全労協ニュース187号(2011年4月10日)