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東北全労協対策本部からの報告〜
被災労働者から復旧・復興労働者へ
東北全労協・東日本大震災対策本部からの近況報告を転載します。全労協新聞6月号掲載文に、いくつか注釈を付記しました。
また全労協新聞5月号に掲載された報告(4月20日付「必要な長期の救援・支援活動」)もあわせて紹介します。
<東北全労協・東日本大震災対策本部からの報告>
(2011年5月19日)
「被災」労働者から「復旧・復興」労働者へ!
地震発生から二ヶ月、地元紙は「生活再建なお険しく」と報じました。「遅い復興、地方の限界/阪神に比べ財政も人でも乏しく」(朝日新聞)との報道もありました。
ライフラインが復旧していない地域が多くあります。沿岸部の鉄道は再建されていません。医療と介護の危機は深刻です。震災失業は十万人を超えます。仮設住宅は、時期、場所、抽選方法等々、矛盾と混乱が続いています。必要な人材と資金が適材適所に投じられていません。
福島原発は東電が「メルトダウン」を認めるなど、危機回避からも程遠いことが暴露されました。福島は翻弄されつづけています。例えば郡山で学校の校庭の土が問題になりました。業者が削り取った表土を校庭の一角に集めていました。その処分方法を質問したところ、一時的にブルーシートをかぶせておくということでした。現場を混乱させているのは文科省です。
「放射能汚染」は拡散しています。神奈川の新茶に続き、宮城県の県南と県北の牧草で規制値を上回ったと発表されました。漁業への影響も強く懸念されます。輸出停止の産品が拡大する状況を前にして、経済界は「国際競争力」を繰り返しています。
最近、岩手・宮城の沿岸部を再び巡ってきました(福島県沿岸部については別の機会を探りたい)。被災地は実に多様です。港といっても規模と用途は様々です。漁港と工業港、漁港でも遠洋と近海、その港を中心とした産業には独自色があり、街並みや人々の生活が形成されてきました。農業の位置もそれぞれです。
多様性は被害状況が一律ではないことを意味しています。仙台平野の津波被害は農業に壊滅的打撃を与えました。農業者の多くが犠牲となり、土地と用水路、農機具など生産手段が破壊されました。地割れなど内陸農業の地震被害はまた様相が異なります。
中央から自治体まで、規制緩和・特区が復興議論の共通語です。それは被災地の多様性を大切にし、現場の声を尊重しているのか。民衆生活の切り捨てではないのか。
宮城県知事の「水産業復興特区」が典型です。小規模漁港の集約(解体)、漁業権の開放(破壊)による企業参入。構造改革、TPPに対応する東北農業、道州制導入を求める経済団体の主張そのままです。漁協は強く反発しています。
私たちは「被災労働者」から「復旧・復興労働者」に自分たちの位置を切り替え、このような矛盾や混乱の中で次の闘いに向かいたいと考えています。
宮城県南三陸町の町長は、復興議論と福島原発を切り離して欲しいと復興構想会議の訪問団に要請したといいます。脱原発の流れをより大きく確かなものとしていくと同時に、原発被災地と地震、津波被災地を分断させない努力が求められています。
この間、多くの方々と被災地を訪れ、議論を重ねてきました。ボランティア活動の輪も広がっています。今後ともご支援をよろしくお願いします。(五月十九日)
(注)
●「震災失業10万人超」
岩手、宮城、福島3県についての厚生労働省の集計(5月18日)。ただし失業手当を受け取る手続きを行った総数。
政府の特例によって、東日本大震災による休業の場合、解雇されなくても手当を受けることが認められている。これを実質的な「失業」とみなすと、前年同期比2.4倍となる。
3月12日から5月13日まで失業手当手続きを行った「震災失業者」の数(左側)。
岩手 2万2853人(2倍)/1万8934人<4月24日まで>
宮城 4万6194人(2.4倍)/3万6887人<4月22日まで>
福島 3万7414人(2.8倍)/1万3807人<4月24日まで>
計 10万6461人(2.4倍)/6万9628人
右側の数値(震災直後から約40日間)と左側の数値を比較すると、最近の約20日で3万6千人が新たに手続きを行ったことになる。
(以上、厚労省発表「震災による雇用の状況(速報値)」、および読売新聞5月19日の報道などから)
総務省による完全失業率の調査は、3県では調査票の回収が困難な状況が続いている。3月末の総務省労働力調査は東北3県では実施されなかった。当時、3県で150名の調査員自身が被災し、連絡がとれないなどの報道があった。3月末公表の完全失業率(前月から0.3ポイント改善、全国)では、3県は推計値として算定され、統計上の連続性が問題となった。
3県の沿岸部で就業者数は84万人といわれ、実際には「10万人」を大きく超えて雇用が失われているだろうとの指摘が多くなされてきた。ある民間調査機関は「3県で14万人から20万人の可能性がある」と発表している。
さらに、阪神淡路大震災の研究から、一定程度時間が経過してからの失業や倒産の増加に注意すべきだとの指摘がある。
●牧草のセシウム規制値超え検出
5月13日、岩手県は県内5カ所の調査結果を発表、1カ所の牧草から国の規制値(1キロ当たり300ベクレル)を超える放射性セシウム(359ベクレル)を検出。周辺地域の畜産農家に原発事故後に刈り取った牧草の使用と放牧の自粛を要請した。
5月18日、宮城県は県南丸森町の牧草から1530ベクレルの放射性セシウム、県北大崎市で同じく350ベクレルが検出されたと発表した(11日調査)。畜産農家からは県の対応が遅いとの批判があがっている。
宮城県が農畜産物などについて放射性物質の検査に踏み切ったのは他県より遅く、3月25日になってからだった。「厚労省から検査を求められ、(宮城県は)再検討していた」(朝日新聞3月26日「農畜産物の放射線検査/宮城県、一転実施へ」)。それまでは「県内で測定された空気中の放射線量は低い」と見送っていた。
●宮城県知事の水産業復興特区提案
知事の方針は当初「国有化」「国営化」と報道され、続いて5月10日、政府の復興構想会議の場で水産業復興特区を提案、民間企業や資本の参入・導入を打ち出した。その間、現場生産者との間で検討や議論が重ねられた形跡はない。
県の復興構想会議に提出した知事の資料(4月23日)には次のように記されている。
<第一次産業(集約化・大規模化・経営の効率化・競争力の強化)>
○水産業〜「新たな水産業の創造と水産都市の再構築」
(案1)復旧再生期における国の直営化(必要経費の直接助成)「漁船漁業・水産加工業など」
(案2)民間資本と漁協による共同組織や漁業会社など新たな経営組織の導入「沿岸漁業・養殖業」
水産業集積拠点の再構築と漁港の集約再編による新たなまちづくり(漁港を1/3〜1/5に!)
内容もはっきりしていない中で民間企業の参入を打ち出し、「漁業権」の規制緩和(開放)を意味する提案が一方的になされたことに対して、県漁協は撤回を要求している。知事の発言が明らかになって以降、漁協は、漁業は「市場原理にはなじまない」「経営がダメなら撤退してしまう会社組織は地域の漁業にはあわない」などと抗議してきた。
<東北全労協・対策本部からの報告>
(2011年4月20日)
「必要な長期の救援・支援活動」
各地からの皆さんから寄せられたご支援と励ましに御礼を申し上げます。
東北被災県の内陸部はライフライン復旧が進み、ガソリン・灯油の確保も可能となり、日常生活は徐々に落ち着きはじめています。震災直後から続いた生活用品の「買い出し行列」もほとんど見ることはありません。
もちろん内陸部でも地割れ等の被害によって避難指示が出されるなど、災害復旧が遅れている所も数多く点在しています。また相次ぐ余震による被害の拡大と精神的な苦痛・不安は大きく、とても安定した生活の再開とまでは言えません。
一方、沿岸部の様相はまったく違います。浸水域は青森県下北半島から千葉県九十九里浜までに及び、東京二十三区の面積に相当すると発表されました。被災地域は広大であり、全国の消防、自治体、自衛隊、警察、学校、被害関連企業などからの派遣と、被災地の市町村自治体労働者や避難者たちの不眠不休の努力にもかかわらず、行方不明者の捜索は進まず、ライフラインの復旧も依然として厳しい現状です。
被災沿岸部の市町村では土地と家屋が流失し、無残な姿に変わりはて、田畑は塩を含んだ砂、海草、水、油でおおい尽くされています。歴史ある漁業、水産業、農業、林業が破壊され、病院、学校、通信局、郵便局、銀行、地域産業、工場、港が壊滅状態のままです。浸水地域の住民たちは「百年分の災害ゴミ」と闘う毎日です。
対策本部は二週間後の三月二十六日になってようやく、石巻市の北方沿岸部にある雄勝町船越地区に入ることができました。私たち労働運動が地元水産業とともに数十年にわたって連携してきた所です。
その雄勝地区は一車線の支援道路があるだけで、病院、中学校、道の駅、そして目的地であった浜は破壊されたままの状態でした。津波は杉の木をなぎ倒して山間部まで深く入り込んでいましたが、幸いなことに私たちの仲間である集落の人々は高台で避難生活を続けていて、私を迎い入れてくれました。
福島では原発事故によって、さらに異なる現実が進行しています。汚染水の海洋放出が、地元住民・自治体への説明はおろか、諸官庁、諸外国への通知もなく強行されました。深刻な事故が発生し、ますます悪化していたにもかかわらず、東京電力も政府も判断を誤り、不適切な対応を繰り返し、突然「レベル7」を一方的に宣言するに至りました。
その間、そして今も周辺住民、県民は東電と政府によって翻弄されてつづけています。原発事故による避難民は自主避難を含めて十万人を超えています。福島沿岸部の津波被害にあった行方不明者の捜査は三十キロ範囲が手をつけられない状態です。
福島県民は大震災と原発事故の「人災」によって生活する場所を奪われ、故郷から遠く離れた避難所へ移動し続けています。東京電力は居直り、政府の対応は無責任な後追いで、原発推進に責任のある自民党は民主党政府の失態を攻めるだけです。
福島第一原発の危機を「安定」「収拾」させることが何よりも必要であり、そして「脱原発」への政策転換を図ることが問われています。
東北全労協はこの間、安否確認を最重要課題としつつ、地域の被災者への救援活動を継続してきました。買出しに行くことができず暖を取れない高齢者宅などに灯油を配達し、全国から送られたヒーターを乳幼児がいる家庭やガス復旧の遅れている地域の高齢者宅に配布することもできました。現在、必要な物資は仙台を中心に、皆様からいただいた資金で調達することができます。
各県の労働組合が連携し、震災労働相談も開始しました。四月十六日には仙台で岩手、宮城、福島の全国一般全国協議会傘下の組合が共同記者会見を開きました。
労働組合、社会団体、各党国会議員など激励に訪れた方々には被災地の惨状を見ていただき、意見を交換してきました。この闘いは長期戦です。復旧から「再建」「復興」のために、どのような活動が労働運動、社会運動として必要なのか。政治・社会・経済・文化など広範囲にわたる闘争が私たちに求められています。
今後とも全国の皆さんのご支援とご協力をよろしくお願いします。
■以上/宮城全労協ニュース193号(2011年5月24日)

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