宮城全労協ニュース/第208号(電子版)/2011年11月13日

被災地の雇用・農漁業の現状



(注)星野憲太郎・宮城合同労組執行委員長(宮城県多賀城市在住)による「被災から7か月」にあたっての報告、「被災現地の雇用・農漁業の現状を見る」を掲載します。




一四万〜二〇万人が職を失う

 厚生労働省によると、震災翌日の三月一二日から八月二一日までに離職票の交付を受けた労働者が宮城・福島・岩手の三県で計一五万三一七三人に上ったという。昨年同期の離職票交付人数は、八万二七六三人だったから、昨年よりも七万人余り増えており、この増加分が震災による失業と見ることができるし、雇用保険をかけられていない労働者の失業は厚生労働省の数字に出てこない。さらに、震災被害と原発被害によって離職票と縁のない農漁業従事者・中小企業事業主・商店主の離職者が多数生み出されており、五月中旬に日本総研がこれらの自営業者を含めると、被災地で一四万〜二〇万人が職を失った可能性があるとの推計を公表している。


スーパーに三陸の魚介類がない


 震災から七ヵ月後、一〇月一五日の土曜日、車で近くを廻った。最初、八月に営業を再開した自宅から五〇〇メートルのイオン多賀城店に出向いた。鮮魚コーナーを物色したところ、いつもの「松島産かき」ではなく「韓国産かき」が「必ず加熱してからお召し上がりください」の張り紙つきで出ていた。夏は、子供のころから食べ親しんできた円形の「三陸のホヤ」はどこにもなく、初めて見る細長い「北海道のホヤ」が塩釜港の仲卸市場で売られていた。「北海道のホヤ」をパスしたが、今度の「韓国産のかき」もパスした。カツオの水揚げ高日本一の気仙沼漁港の岸壁が復旧したのは八月になってからだ。「戻りカツオ」が並んでいたので、すかさず購入した。


地場産業のがんばり


 イオンを出てから直ぐ近くのソニー多賀城工場に行った。建物の周りの瓦礫は片付けられていたが、建物は津波に襲われ破損したたままの状態で警備員が一人いた(写真1)。
 沿岸部でも、必死で事業所を復旧させて従業員八〇〇人を呼び戻した気仙沼の地場産業があり、同じ気仙沼市では宮城合同労組の組合員が販売に当たっていた老舗の「気仙沼パン(昔ながらのコッペパン)」の工場が被災し、再建が危ぶまれたが事業主と従業員そして販売者の努力で早くも四月に再建させ、そのパンがテレビでも紹介された。全国一般の定期大会など各種集会での販売や神戸地区労の定期大会で昼食にしていただいたりしながら、地場産業の維持と職の確保に努めているところである。
 また、南三陸町志津川では全壊した「笹かまぼこ」工場が八月に隣町で製造を再開し従業員を呼び戻した様子が放映された。このように零細企業であっても従業員と一体となって懸命に生産復興と職場の維持に挑戦している。ついでに大企業にも触れると、日本製紙石巻工場が、大破した生産設備の復旧工事を急ピッチで進めており、相当数の従業員の復帰を実現させるとしている。


ソニー多賀城工場の大量首切り


      写真1 ソニーは多賀城工場を復旧させない

 しかし一方で、多賀城市全体の雇用者数約六〇〇〇人の内、約一五〇〇人の労働者を擁するソニー多賀城工場は、基本スタンスを「撤退・縮小」に置き、非正規労働者(期間社員)の解雇を断行し、地元採用の正社員に退職強要というべき遠隔地配転を突きつけている。ソニーは政府の復興構想会議の委員に、中鉢良治副会長を送っている。その大企業が被災地の雇用を脅かし、復興に大打撃を与える計画を発表したのだ。
 ソニーの二〇一〇年三月期の内部留保は三兆四〇〇〇億円もあり、役員報酬はハワード・ストリンガー会長が八億三〇〇〇万円、中鉢副会長が二億一〇〇〇万円。ソニーの期間社員の年収は平均二七〇万円。ストリンガー一人の年収だけで三百人以上の期間社員の雇用が維持できる計算だ。当のソニーは「なんら法律違反はない」として開きなおったままであり、社会的に包囲・糾弾する闘いが求められている。


TPP参加で被災農家が追い討ち


 次に、ソニー工場から一〇分くらい走り、隣町の七ヶ浜町に入る。仙台市沿岸や私の家の近くの水田に押し寄せた漂流物は、自衛隊の全部隊が撤収を終えた八月までにほとんど撤去されたが、七ヶ浜の水田は震災直後の状況とあまり変わらない(写真2)。宮城県の田畑の浸水被害は耕作面積全体の九%。塩とヘドロと油そして様々な漂流物にやられた。県は、塩抜きして三年で耕作可能な状態に戻すと打ち出したが、そうなってくれればいいと思っている。
 一〇月一八日、宮城県議会は岩手県議会に続き「復興計画」を可決した。「復興計画」は二〇二〇年度までの一〇年間で県土復興を果たすとし、住宅や公共施設の「高台移転」と「職住分離」、沿岸の道路や鉄道を盛り土構造にする「多重防御」で津波の再来に備えるとしている。しかし被災地では一〇年構想などピンとこない。宮城県産肉牛の出荷停止が八月一九日に解除されてから二カ月たつが、放射能汚染の風評で出荷価格は採算ラインを大きく下回っている。農家の苦悩を逆撫でするかのように、野田新政権はTPP(環太平洋連携協定)交渉参加を加速させた。津波と原発の被害から回復が見通せないなかで、TPP参加による関税撤廃で安い外国産品との競争にさらせば、被災農家に追い討ちをかけることになる。


沿岸部の基幹産業は漁業


       写真2 瓦礫や車両の散乱した七ヶ浜町の水田

 海岸道路に出て、休日には「カレイ」や「あいなめ」釣りに仙台方面からも家族連れがやってきてにぎやかだった吉田浜に着く。家屋のコンクリートの土台がなければ、以前の吉田浜を回想することさえできない(写真3)。家屋跡では長野ナンバーの大型バスでやってきたボランティア数十名が清掃活動を行っていた。
 
     写真3 コンクリート土台となった七ヶ浜町吉田浜

宮城県の漁業人口は約一万人、岩手県にも約一万人、福島県は約三〇〇〇人という状況である。港や浜に停泊中の船は津波でほとんどダメになった。そして先に述べたように、かき・ホヤといった養殖漁業が壊滅し収入が全く絶たれた。大部分の漁民が家屋を流さればかりではなく、多くの人々が亡くなっており、その家族と地域は大きな精神的打撃を受けている。
 四月の県漁協によるアンケート調査では、組合員全体の三割が廃業予定と回答したという。この七ケ浜町では六五二人中二八八人が廃業予定と回答し、石巻市雄勝町の八百人中六三二人についで比率が高い。
 雄勝町は女川町の北隣に位置し多数の児童が津波に飲み込まれ犠牲となった大川小学校の近くの町であり、町ぐるみで最後まで女川原発反対運動を担っていた。浜辺の町は一九メートルの津波に襲われ、小学校と中学校は鉄筋三階建ての校舎が屋上まで波にのまれたものの、生徒は間一髪で避難し全員無事だった。しかし鉄筋三階建ての雄勝病院では入院患者四〇名全員と院長はじめ二二名の職員(全職員二五名)が亡くなった。民家は一軒も残らず壊滅というよりも全滅した。鉄筋の公民館の屋根には観光バスが打ち上げられている。こうした被災漁民の心身の打撃を逆手にとって、打ち出されたのが村井知事の「水産業復興特区構想」だ。


村井知事の「水産業復興特区構想」とは


 政府は東日本大震災で甚大な被害があった水産養殖業の復興に向けて、七人以上の地元漁業者を雇用した企業などに対し、これまで漁協が優先となっていた漁業権を開放する方針を決めた。
 村井宮城県知事が復興構想会議で提案していた内容(実は震災前から野村総研が原案を作成していたもの)を反映させたもので、復興特別区域(復興特区)のみで認められる特例とし民間資本の導入により復興を加速させるのに併せ、地元の雇用確保を進めるのが目的とされている。
 現行の漁業法に基づく制度では、漁協が拒めば民間企業は養殖業に事実上参入できない。県漁協は大企業の銀鮭養殖撤退の実例をあげて「県が先にやることはたくさんある。企業は経営が悪くなれば撤退し、地元の荒廃を招く」と反発した。


漁業従事者に競争原理を突きつける


 被災地に認める特例では漁業権の獲得について漁協と同等の優先順位が与えられる。漁協と企業の両方が同じ漁場で漁業権を求めた場合は、知事が養殖業の復興の担い手としてどちらがふさわしいかを判断、一方に権利を与える。つまり漁協と大企業を「どちらがふさわしいか」競争させるというのだ。
 「水産特区」構想は利益優先の企業に自由な活動を保障し、既存のルールに代えて弱肉強食を原理にすえる「構造改革」の一環であり、知事は「うまくいけば全国に広げていく」と述べている。 
 家族を失い、家を失い、学校・病院を失い、船と養殖場を破壊された浜の漁業者たちが、不本意ながら廃業を選択せざるを得ない心境になったとしても、それを逆手にとって「三割も廃業を予定している、企業の力で救済する」と漁民に迫る知事。こうした知事と政府の復興構想会議の路線は厳しく批判されなければならない。知事と復興構想会議は、漁業従事者たちが今すぐ必要としている船と養殖場の再建と激励に真底から取り組み、支援・援助すべきである。
 八月だったか、テレビで元漁師の歌手鳥羽一郎が七ヶ浜生涯センター隣接の仮設住宅前で応援の「兄弟船」を熱唱し、漁師たちも歌に合わせて笑顔で力強く大漁旗を振った。少しは見習えといいたいところだ。
 一〇月一八日、宮城県議会は本会議を開き、県漁協から組合員世帯一万三〇〇〇筆の署名と共に提出されていた「水産業復興特区創設の撤回」を求める請願について採決し、三七対二〇の反対多数で不採択とし、「特区」にゴーサインを出した。一四日の産業経済常任委員会では「今後、県と漁協が協議して合意形成に努める」との付帯意見つきであっても撤回請願が採択された。しかし本会議で逆の結論が示された。村井知事は「前に進めてよいという議会の判断が示された」とほっとした表情でニュースに登場した。


震災に対する政府の雇用対策


 厚生労働省は、阪神・淡路大震災の経験から、震災の翌日三月一二日付けで、迅速に二つの雇用維持対策を講じた。一つは、「雇用保険失業保険の特例処置」で、雇用保険の失業手当を休業中の労働者にも離職したとみなして支給する。もう一つは「雇用調整助成金(休業手当助成金)」で、本来は休業する前に休業の必要性を証明して助成金を申請して認定を受けるところ、休業した後でも助成金を申請できる特例処置であり、宮城、福島、岩手は全県の事業所が対象となった。
 しかし前者の「雇用保険失業保険の特例処置」は全壊又は半壊の状態になった事業所にしか適用されない。組合員がいる仙台市作並の旅館が一部損壊したばかりではなく、年内の予約の大部分がキャンセルされて一時ギブアップした。客がいなければ従業員の仕事はない。しかし適用基準はあくまで建物・設備の状態であり、この特例を利用して解雇を回避した使用者の数は極めて少ない。
 後者はどうか。「休業手当を支払った事業主」が申請し、その二〜三カ月後に「支払った休業手当の四分の三を助成」する制度なので、資金繰りに余裕のない中小零細企業には難しい面がある。こうしたなか、申請した事業主たちから行政庁に対し、「一カ月くらいで助成金を出してくれ」という切願が相次ぎ、宮城労働局は他県の職員の応援で処理をスピードアップさせた。宮城合同労組の自主生産事業所の場合、六月に申請して七月に助成を受けることができた。


雇用保険「広域延長給付」の意味


 最近に話を移す。小宮山厚生労働相は九月二七日の記者会見で、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島三県の沿岸地域や、東京福島第一原発事故による警戒区域と計画的避難区域の求職者を対象に、失業手当の給付日数を九〇日間再延長すると発表した。これまで、震災による離職者を対象に最大、一二〇日間、失業手当の給付日数を延長していたが、一〇月一四日以降、給付終了となる人が出てくるため、再延長に及んだと言明している。しかし、対象地域は、従来の「三県全域やその周辺」から狭めて、三県の沿岸地域や放射線被曝警戒区域などに限定した。
 当初の最大一二〇日間の給付日数の延長は、仕事先の少ない地域を対象とした「個別延長給付」で、今回の九〇日間の給付日数の延長は広域で仕事を探し就職するための「広域延長給付」となる。「広域延長給付」だから、広域職業紹介にそった求職活動が原則必要になり、「東北人は地元にしがみつきすぎる。沿岸部には職がないのだから、あきらめて東京あたりで早く仕事を見つけろ」という政府の本音と合致するような気がする。地域の復興とは地域で仕事の場を確保できるようにすることであり、復興構想会議の立場と適合しない。
 また、今度の延長は全県対象でなく、三県の「海に面した町の住民」と福島県飯舘村のように放射線被害警戒区域と計画的避難区域の住民に限定したことだ。仙台市の場合は若林区と宮城野区の住民のみが対象になり、他の三区は除外された。福島県では、いわき市には適用されるが福島市、郡山市には適用されない。だから、「一〇月から失業給付の切れる人々が毎月増加する事態」の改善になっていない(写真4)。


「緊急人材育成支援事業制度」の活用


 非正規労働者や長期失業者など失業手当が受けられない求職者の再就職を支援することを目的として、日比谷公園派遣村を開設した年である二〇〇九年七月に緊急人材育成支援事業が始まった。この制度は、生活保護に陥りそうな労働者を援助する第二のセーフティネットとして位置づけられた。受講料は国が負担し、世帯年収が三〇〇万円以下の場合、訓練中の生活費として月一〇万〜一二万円が支給される。訓練内容はパソコン、福祉・介護、観光、建設などで期間は三カ月〜一年である。この制度の基金訓練は三年間で四八万人が受講し、七割近くが就職しているという。
 宮城合同労組は、全国一般の福岡の仲間からの紹介で福岡県においてこの制度を利用した事業を行っている介護事業者と連携をとり、ハローワークでのチラシ配布や新聞「生活欄」での取り上げを通して、仙台市で説明会を開催し七月には、震災で離職した労働者を含めて一〇名程度ではあったが福岡での受講を実現させた。

           写真4 職探しで混雑するハローワーク仙台

「求職者支援制度」に移行してから


 ところが、一〇月一日からこの制度が「求職者支援制度」に変わり、国が行う事業者の認定を訓練後の就職率で決めること、一月の内に不可抗力以外で一日でも欠席した場合給付がゼロになる等、要件が相当厳しくなった。
 にもかかわらず組合は一〇月一日の執行委員会で一一月の訓練説明会のチラシ入れメンバーを決めていた。そして一四日になって担当執行委員から「福岡での被災者支援活動は中止となりました。受け入れ先の事業者が、求職者支援訓練許可申請をとれず、一〇月以降の介護講座開設が出来ない状態にあるためです。制度の縮小改変が影響を及ぼしてしまいました。大変残念です。ハローワーク前でのチラシ配布を中止といたします。」と連絡メールが入った。


政府と大資本の「復興構想」の正体


 被災地の雇用情勢が改善に向かっていると報道されている。しかし、企業は就職難の足元を見て正規社員の募集をほとんどしなくなり、仙台などの大都市で派遣、非正規の募集が増加した。自治体の職員募集も、短期のものばかりで生活の安定には程遠い。高校の就職担当は東北以外への就職を勤めており、最近仙台で県外企業による就職説明会が開かれ、福島や岩手からも多くの高校生が参加した。
 働く場がなければ、どんな雇用対策を講じても限界が目に見えている。地場産業が懸命に再建を図り従業員を呼び戻そうとしているのに、大企業が大量解雇したのでは雇用情勢はよくならない。農業は生産手段の田畑の復旧、漁業は船や養殖施設の再建が先決である。
 野田首相は就任と同時にTPP推進を強調し、津波、原発の被災農家に追い討ちをかけている。村井宮城県知事と政府の復興構想会議は、被災した漁業者の声を無視して漁業の構造改革に突き進もうとする。
 よく、「震災で人々の思考が変わった」と言われている。今まで抗議行動を経験しなかった人々が「電力が不足しても原発なんか絶対いらない」と訴えて全国津々浦々で集会とデモが繰り広げられてきている。青年たちのボランティアが週末の深夜バスで被災現地にやってきて一生懸命活動し、また深夜バスで帰る。一方、政府と大資本が変わったとすれば、震災を契機に新自由主義路線を「復興構想」で純化したことである。

(2011年10月31日)



■以上/宮城全労協ニュース208号(2011年11月13日)