間に合わなかった防寒工事
宮城県は、仮設住宅の防寒工事は年内に完了すると説明してきた。知事もいろんな場で公言してきた。しかし工事は1月にずれこみ、県からはいまだ完了報告はない。
仮設住宅の寒さ対策工事の早期完了は、山積する様々な重要課題の中で、行政が民衆をどのように見ているのかの試金石となった。年内完了は県民と県との、いわば約束となった。それが実現できなかった。知事と県は猛省するのか。その反省の上に立って「復興計画」の見直し、システムの再検討に踏み込むのか。問われているのは、そういうことだ。
宮城県の対応の遅れが問題となるなか、「仮設住宅の寒さ対策」は10月24日にようやく始まった。県の担当者によれば、追加工事の完了率は12月19日現在、断熱材が88%、二重ガラスが95%、しかし風除室(玄関)は63%にとどまっていたという。県は「完了は来年1月中旬ごろにずれ込まざるを得ない」と認めた。「入居者との日程などの調整」が必要となったというが、それは工事につきまとう問題なので、計画の遅れが正当化されるわけではないだろう。
避難所が徐々に閉鎖され、沿岸部の津波被災者の生活は仮設住宅に移り始めていった。「自立(自活)」へのステップと位置づけられた仮設生活で、被災者たちは「劣悪な住環境」と「孤独」に直面した。苦悩の声は当初は抑制されていたが、9月の台風で二次被害をこうむった頃から、行政への不信と抗議が拡大していった。国政への怒りとあいまってのことだ。
厚生労働省は同時期、岩手、宮城、福島3県の大きな格差を問題視した。9月30日、仮設住宅の居住環境等に関するプロジェクトチームは、仮設住宅を建設した3県の全50市町村のアンケート調査を公表した。とくに寒さ対策(風除室の設置、断熱材追加、窓ガラスの二重化等)で大きな差があることが指摘された。宮城県はこれらの対策で圧倒的に遅れており、風除室は1%、断熱材などゼロ%(取り組みなし)の項目もあった。県内の仮設居住者は、生活苦の実感が自分たちの思い込みでも、ましてや「わがまま」でもないことを、グラフで数値化された報道を見て確信したはずだ。
ゼロの項目があったということは、宮城県の場合、そもそも業者への発注時点でなかったのだろう。
厚生労働省は仮設住宅の「暑さ寒さの追加対応」について、必要の場合は「相当な経費の増額について国庫負担と対象となる」と被災県に明らかにしていた(参照:厚労省「状況及び対応について」6月21日)。県議会等で、県の発注が偏っており、地元の小さな業者が排除されているとの批判もなされていた。
そのような経緯の末に、県はようやく「寒さ対策」に乗り出したのだった。
昨年11月、NHK仙台が作成した番組に知事が出席し、石巻と中継して議論が行われたことがある(ローカル直送便・徹底討論「ふるさと宮城の復興は」11月18日)。
石巻からは十数名が参加しており「今一番訴えたい」ことを書いたボードを掲げていた。
「寒さ対策」「子供たちの遊び場」「補正が小出し」「必要なものが不足。過去の仮設住宅の学習効果が生かされているか?」「二重ローン」「港・岸壁を作ってほしい」「高台移転」「待つ」「予算ありきの復興計画ではなく。住民主体の復興」。制作側は多様な分野からの参加を企図したのだろう。それでも「仮設の寒さ対策」は複数の人が書いていた。
知事は次のように答えた。
「被災者からみれば遅いというのはもっともだが、一歩一歩確実に進んでいることは間違いない。宮城には23年分のがれきがあったが、6割はとりあえずは目の前から消えている。集められているものは仮置き場に集め、3年以内に処理できるスキームができた。仮設は基本的に全戸、できあがった。寒さ対策についても12月末までには全部終われるメドがたった。宮城は被災者も亡くなった方も全体の6割、家を失った方も6割で被害が集中している。やや時間がかかることについては許していただきたい」。
「寒さ対策」について知事は、「12月末までには確実にやりたいと思っている」と重ねて答えた。
仮設住宅で孤立が深まり体調も悪化していく居住者たちと、懸命に支援活動する人々の悩みも再放映された。
==入居者の孤立が深刻な課題だ。石巻の仮設では毎日、「訪問支援員」が回っている。「3日、4日ぐらいものを言わない時もありますよ。隣近所のおつき合いももちろんございませんしね」(高齢女性)。大量の仮設が必要だった石巻では、完成した順に入居の抽選が行われ、隣り近所が見ず知らずの人達となった。「本当は(元の)隣り組で入りたかった、みんなバラバラだものね」。南三陸町の「生活支援員」は頭を悩ませている。「一人暮らしで人づきあいが苦手な人がけっこういる。暗くなっても電気もつけないでぼーっと座っている人がいたりする」。薬を大量に飲んだ人が見つかり、救急車を呼ぶ騒ぎとなった。「3、4回ぐらいになるが、大量接種して体調が悪くなった、もうろうとしていた」==
石巻からの中継参加者は次のように知事に訴えた。
「(仮設が始まったとき)一人になったおばあちゃんや小さい子供を、知り合いの人の近くにおいてくださいと市に何度も頼んだが、受け入れてもらえなかった。知事は、いま私たちがここで言ったことは受け入れてくれるんですか」。
知事の答えは、公営住宅を作っていくから自分で家を建てられない人はそこに入ることができる、申し訳ないが時間をもう少し貸してほしい、「仮設は仮の宿」だから、というものだった。
さらに知事は、「石巻市の中心市街地は被災空き家が多数あり、それを改築して<仮設>にあてるアイディアもあったのでは」との別の参加者の意見に対して、次のように切り返した。
「被災者からは元の家の近くに(仮設を)との要望が強かった。そこで限られた小さな土地にいくつか作っていくことをやらざるをえず、そうしてコミュニティが分断されていった。市町村長も悩んだが、家の近くに作ってくれという要望が強くて、どうしてもこうなってしまった。今後に反映させていきたい。ある程度の強制力がなければできないことだと思う」。
知事の発言によれば、コミュニティの散逸を防げず、仮設住宅で孤立を余儀なくされた原因は、「元に帰りたい」という被災民衆の強い願いにあったということになる。
村井知事はついで12月20日、石巻市の仮設集会所(万石浦)で居住者と意見交換の場を作った(岩手県知事の仮設訪問の後追いであったの印象が強いが)。約40人の入居者が集まり「駐車場の防犯灯を早く付けてほしい」「雨漏りする」などの要望が出された。
宮城県は次のように記している。
「今回の訪問は仮設住宅の寒さ対策に一定のめどが立ったことから、被災された方々の声を直接伺うことを目的としたもので、県内で一番被害の大きかった石巻市の中でも、サポートセンターが併設されている仮設住宅として、万石浦団地を訪問しました。知事は仮設住宅の整備状況やサポートセンターの活動状況の説明を受けた後、仮設住宅の集会所を訪問し、寒さ対策として新たに設置された風除室などの状況を確認しました」。「仮設住宅の使い勝手に関する要望が多く寄せられ」るなかで、知事は「これまでは寒さ対策を優先してきた。いただいた要望については少しずつ改善していく」と述べた。
これが知事のいう県民視線なのか。その場その場での切り返しではないか。
知事は4日、県庁での新年仕事始めにのぞんだ。国や与党に対する異例の批判口調がとりざたされた。
大きな三つの課題として、知事は、被災者への生活支援、福島原発事故への対応、雇用の創出をあげた。福島原発問題について知事は次のように述べた。
<2つ目は、東京電力福島第一原子力発電所の事故への対応です。放射能を含んだ稲わら・汚泥等の一時保管場所の確保や処理、賠償問題、健康被害の基準の提示など、本来なら国が責任を持って自ら宮城県民の前に出て説明しなければならない問題ですが、いつまでたってもこの問題に正面から対峙しようとする国の姿勢が見受けられません。批判の矢面に立たず、県や市町村に対応を委ねるその姿勢に、憤りを通り越してあきれている職員も多々おられると思います。しかし、国への批判ばかりしていては埒があきません。県として、引き続き,放射能測定や放射能物質の除染や処分など、市町村等と情報の共有を図りながら、県内外への的確な情報発信と正しい知識の啓発により、宮城の安全・安心の確保に努めていくつもりです>(宮城県広報より)
仮設住居問題や水産業特区問題で多くの批判に直面してきた知事は、その批判を一転して国に向けたという構図になる。
厚労大臣が昨秋、直接、仙台市の仮設住宅を訪問し、要望の聞き取りを行ったことがあった。政府の現地対策本部と県のあつれきは日常茶飯事だったのだろう。知事や県としては、憤懣やるかたないの感情があっても当然だろう。旧政権構造から選出されている知事が、現与党政府を批判することに道理はある。知事は実際、外交や経済政策などについて、厳しく批判してきた。また知事の独自の政策を打ち出そうともしてきた。
だが、どうして、原発問題については「国の姿勢」を待つのだろうか。震災直後から、宮城県は隣接県でありながら「放射能汚染対策」に消極的であるとの指摘が多くの分野であった。知事は、東北電力・女川原発の再稼働問題について、首長としての見解を述べる必要がある。
知事は「新年会はすべて辞退」する、「祝賀ムードと距離を置き、震災犠牲者の冥福を祈る」との心境を語っていた。「最初の年明けは喪に服したい」「新年を祝う心境にはなれない」と。その知事が2月に初の著書を出すという。「東日本大震災の初動対応を振り返り、東北の復興ビジョンを語った初の著書「復興に命をかける」(仮題)を来年2月下旬に大手出版社から出す。著書では震災対応が遅れた根本的な原因は中央集権体制にあると指摘し、「今こそ道州制だ」と訴えている」(河北新報)。
東海村をはじめいくつかの自治体首長が積極的な発言を行っている。そこには、原発は地元住民の生涯を左右するほど密接であり、したがって国の専権事項ではないとの判断を見ることができる。
「道州制」推進の先頭を行く知事が、エネルギー政策なかでも原発再稼働問題をもっぱら「国の姿勢」にゆだねているのは、まったく奇異なことだ。
■以上/宮城全労協ニュース212号(2012年1月10日)