メーデー集会を開催
5月1日「脱原発と民衆による復興」をメインスローガンにして、宮城全労協のメーデー集会が開催された。
宮城全労協は大震災から今日まで、仲間たちの救援と支援、地域の再建と労働者の権利のために活動してきた。
震災直後の数週間、宮城全労協の組合員たちはお互いの安否確認を進めながら、地域社会の復旧と労働組合の機能再建のために闘っていた。組合員たちは家屋の流失や浸水・崩壊など大きな被害を受けたが、全員の無事が確認された。しかし親族を失った組合員たちがいた。ある組合員は9名の親族を一度に失った。犠牲が集中した浜の居住者たちは(おそらく独特の地形のゆえに)津波被害をこうむったことがなく、そのため津波から逃げるという伝承と備えがなかったのだろうという。
一年前、メーデーに集まった組合員たちは、その程度は違っても被災労働者であった。メーデーは「被災労働者から復旧・復興労働者へ」と宣言した。
集会ではまず、震災以降を振り返り、活動の報告がなされた。
仲間たちの無事を祈ってかけつけた東松島、石巻地区での救援・支援。三陸漁業者たちとの連帯。地域の介護施設の復旧支援と事業再開。そこに襲いかかった9月の台風。再度の浸水被害に直面し、悲嘆にくれながらも、次にむかうための話し合いが積み重ねられていった。住民たちが被災地に戻るために何が必要なのか。子どもたちが「日常生活を取り戻す」こと、そしてそのためにもJR仙石線の復旧が不可欠である。そのような議論から準備された3月10日の住民イベント(注/ニュース218号「走れ仙石線」)には500名を超える人々が集った。
4月28日から三日間、電通労組全国協議会は宮城・福島の被災地をめぐる「スタディ・ツアー」を企画した。ツアーは宮城県東松島(奥松島)の民宿で一泊、南三陸、石巻、雄勝、女川を経て三日目に福島県南相馬方面へと南下した。四国、関西、関東からも多くの労働者・学生・市民が参加した。
南相馬では学習会の後、津波被災地、原発周辺地域、酪農地帯を回った。小高地区(旧小高町)の中心街は地震による倒壊現場もそのままで「3月11日から時間が止まった」ままだった。放射線量は多くの場所で「公表値」の一桁上であり、側溝など「ホット・スポット」では二桁上の値を示していた。「こんな所に戻って生活しろという政府はあまりにも無責任だ」「福島県民は棄民にされている。私たちのことを忘れないでほしい」。ガイドを引き受けていただいた地元住民の方々の言葉が印象的だった(ツアーの報告は続報にて)。
組合発言のなかでは、鉄産労から「鉄道現場での放射能汚染への対策」とともに、不通となっているJR地方線の再建を住民の要求を受け入れて早期に実現するよう要求しているとの報告がなされた。
電通労組の仲間は、震災に関する要求の報告(注/ニュース204号)とともに、「NTTの新たな賃下げ方式」を許してはならないと提起した。「50歳雇用選択制度」の破綻をみずから認めたNTTは、返す刀で「世代間攻撃」をしかけようとしている。「65歳までの再雇用」のための賃金原資に若年世代の賃下げ分をあてるというもので、年収で100万円ほどの減額となるケースもあると報じられている。同様の攻撃が郵政でも浮上している。
宮城合同労組は大震災に関する労働行政の問題点として、解雇予告手当「除外認定」の乱発、休業補償免責の拡張、雇用保険失業給付の震災特例措置(被保険者期間のリセット)などを取り上げ、状況を説明した。合同労組の組合員たちは現在の闘いを報告し、支援要請をアピールした。
●宮城全労協からのメーデー・メッセージ
2012年メーデーに結集したみなさん!
大震災に対する激励とご支援に心から感謝するとともに、宮城全労協からメッセージを送ります。
宮城県の復興会議に対して私たちは、被災住民や地域社会と切断された「中央視線」であると批判し、「単なる復旧ではなく復興を」という基本政策への懸念を表明してきました。
そして実際、仮設住宅の劣悪な住環境や入居者の孤立など、問題点が次々に浮上していきました。宮城県知事は「水産業特区」を持ち出して注目を集めましたが、被災した養殖漁業者たちとの対立を上からつくりだし、地元に不安と混乱を持ち込むものでした。
また知事と宮城県は放射能汚染対策に消極的であり、とくに汚染程度の高い地域をはじめ県民から批判をあびてきました。この間、野田政府が進める原発再稼働への条件整備に乗る形で、女川原発に関する発言をはじめています。
県知事は1月「自動車が復興をけん引する」としてトヨタに感謝状を贈りました。これは宮城県の基本路線を象徴する出来事でした。「特区制度」による企業誘致、農業・水産業への企業導入が主眼となっています。必要なのは被災住民・破壊された地域社会と産業の復旧・再開・再建、福祉・医療・教育や社会保障の拡充です。
私たちは宮城県の復興基本路線に反対して要求書を提出するとともに、被災住民たちと協力して復旧・復興活動を展開してきました。
今後も住民主体の復旧・復興、生活と地域社会の再建のために、被災住民と連帯して闘いつづける決意です。
ともに団結して、頑張りましょう!
(2012年5月1日)
■以上/宮城全労協ニュース223号(2012年5月6日)