●「民自公」にも「維新」にも反対!
〜右傾化に抗する政治の流れを
11月14日、党首討論は大方の予測と異なる展開となった。野田首相は自民党の安倍総裁に対して「(遅くとも次の)通常国会で衆院定数削減を実現させる」ことを条件に衆議院を解散すると表明、16日という日程を出して同意をせまった。自公両党はこれを受け入れ、党首会談の三日後、衆議院は解散された。特例公債法案は、民自公合意によって成立した。定数削減については比例区削減を含んでおり、各党の意見調整は進んでおらず、口約束以上のものではない。そうであっても「身を切る改革」の体裁を三党で整えた、というわけだ。
年内解散はないだろうというマスコミ予想がもっぱらだった。<民主党内は解散反対の一色だ。離党による衆議院過半数割れの可能性もある。首相は解散に踏み切ることはできない。野田おろしが政局の焦点になるだろう>、と。首相の呼びかけに自公が乗り、解散となった途端に、このタイミング以外にはなかったと「政治ジャーナリズム」は解説した。
ともあれ、民主党は解散に追い込まれた。衆議院選挙は、来年参議院選挙とセットとなり、衆参の政治地図が再編される第一段階になる。
報道各社の世論調査では、支持率にかなりの差があることが話題となった。民主党と「維新」について、予測にばらつきが目立つ。報道各社の判断を含めて、政治的な思惑が交錯していることをうかがわせる。
流動的要素は多いものの、民主党の敗北は動かず、政権を失うことは確定的だとされている。自民党は第一党に復帰し、自公ブロックが多数派となるが過半数には達しない可能性が高い。日本維新の会(とみんなの党の合計)と民主党の第二党争いが焦点となる。そのような予測が、大方だ。
「脱原発」を旗印にした新党結成の動きが公然化し、滋賀県知事は27日「日本未来の党」の結成を表明した。統一新党となるのか、基本政策の一致はどの点で成立するのか、現時点で明確ではないが、その波及の成り行きが注目される。
政権交代後の初めての総選挙だ。政策的対立が鮮明になるべきだ。「統治機構改革」「道州制」「消費税の地方税化」「一院制」など「維新」勢力の主張は、争点外しだ。多様なメディアが仕立てる「劇場化」を許してはならない。
政権交代以降の主要な論点、沖縄・貧困と格差・社会保障・消費税・TPPの総括が問われる。何よりも原発政策と大震災の対応を焦点としなければならない。脱原発、消費税増税とTPP反対、沖縄民衆闘争との連帯。それらのために断固として闘う候補者たち、政党、政治グループを支援しよう。
●三党合意解散をせまった野田首相
特例公債法案の扱いが民自公の懸案だった。「統治能力」を問われる民主党は、民自公の共同責任論で批判をかわそうとしてきた。地方交付金がストップすれば、自治体が金融機関から借り入れることになるが、その金利負担は誰が負うのか。被災地から、無責任きわまる国政への批判が巻き起こった。日程がせまり、その「落とし所」が民自公のテーマとなっていた。
昨年初頭、予算関連法が自公の拒否によって成立しない可能性がとりざたされた。「ねじれ国会」がもたらす破壊的作用をいかに打開しようとするのか。当時、菅首相も民主党も危機感に欠ける曖昧な態度を続けていた。主要な関心事は、深まる党内対立への対応だったのだろう。そこに大震災が襲い、予算問題は事実上棚上げされた。
民主党は自公両党の要求を受け入れて主要法案を通すという綱渡りによって、局面的な乗り切りをはかった。しかし、政府・民主党の方針と自公要求がどの点で対立し、調整されたのか。政策論争にはならない不透明な政治が続いた。後に「復興予算の流用」の根拠とされた「復興基本法」(2011年6月)や、広域処理などの「混乱」をもたらしてきた「震災廃棄物特措法」(8月)は、こうした中で成立していった。
代表選挙を勝ち抜いた野田首相は「決められない政治」という批判を逆用し、民自公体制を模索しながら、消費税増税と「税と社会保障の一体改革」に道筋をつけようとした。「ノーサイド」という言葉とは裏腹に、野田首相は民主党内の対立を深める方向に舵を切ってきたが、解散・総選挙ではPTT参加など更にハードルを上げ、「離党を拒まず」の強硬姿勢をとった。多くの議員たち、とくに消費税増税とTPP参加に反対する議員たちが、この間、野田民主党と決別した。鳩山元首相は衆議院選挙区からの立候補を断念するにいたり、新旧「民主党」の一時代の終わりの象徴となった。
野田首相らには、2007年の小沢代表による参議院選挙に対抗するものとして、政権交代の序章になった2004年参議院選挙が念頭にあるのだろう。年金財源に消費税増税をあてることを主張するなど、岡田新代表による「愚直選挙」と称された。一方で、野田首相はここにいたって「中流」「中庸」を強調している。しかし、消費税増税が一人歩きしているのは心外だという野田首相の説明は、支持の回復につながっていない。消費税増税とTPP参加は、低所得者層をターゲットにし、国内農業を国際競争にさらし、ゆう貯・かんぽなど「安心・安全」の制度を掘り崩すものだという強い反対を押し切って党の分裂を拡大させ、支持者たちを切り捨ててきたからだ。歴史的な政権交代に寄せられた期待は、すでに失われてしまっている。
●安倍自民党の不協和音
自民党の「選挙公約」は、あいまいな表現が目立つ。「原子力に依存しなくてもよい経済・社会の確立を目指す」は、その典型だ。TPPへの対応もはっきりしていない。けっきょく安保・教育などの分野で安倍総裁色を強く押し出すものとなっている。安倍総裁は「民主党マニフェストの失敗」を意識しながら、自民党公約は実現可能な政策であると強調しているが、不協和音も広がっている。集団的自衛権の行使について、公明党はただちに反発して見せた。
経済政策にも異論が出ている。日経平均株価の上昇と円安傾向は安倍効果だと自賛し、経済に強い自民党をアピールした。しかし、日銀への無条件金融緩和の強制に批判が高まるや、日銀への政治介入という批判は誤解だ、市場ルールを飛び越えた発言ではないと弁明した。
小泉時代からの修正を意図した前回の安倍政権は、内政では成長主義による雇用・格差対策をかかげたが、党内の賛否が決着しないまま退陣を余儀なくされた。「上げ潮」政策を再び持ち出している安倍だが、党内はまとまっていない。
石破幹事長は「お金を潤沢に供給するだけで、お金が(実体経済に)回るようになるなら、なぜ1500兆円もの個人金融資産がありながら、こんなに景気は悪いのか」と述べ、安倍の金融緩和論と「一線を画した」。小泉・竹中政策の総括が自民党内で整理されていないことを示している。
安倍は「右傾化」の波に乗り、自民党内の力学を有利に引き寄せ、石破を逆転して総裁復帰を果たした。政策論争を積み重ねた結果としての人選ではない。政権復帰後の政策対立の火種が、いくつも埋め込まれたままだ。
●合同した「橋下維新の会」と「石原新党」
石原東京都知事による「たちあがれ日本」の新党衣替えを起爆剤として、大阪維新の会など「第三極」を標榜する諸党派間の合従連衡が展開された。一連の動きは石原代表、橋下代行の二枚看板による「日本維新の会」に収れんした。宮城1区や2区をはじめ、かなりの選挙区でみんなの党などとの競合が避けられない情勢だ。
「第三極の大合流」は実現しなかったと報道されたが、そのような構図はマスコミが持ちだしたものだ。橋下代行と石原代表は政治的野心の実現のために、マスコミ報道を利用してきた。その果てに、橋下代行はいま「石原総理をめざす」と演説している。
いわゆる「野合」をめぐって、政権の一翼を担うには政策は乱雑すぎるという指摘も出ている。たとえば読売新聞は「政策のあいまいさ、放置するな」と題した社説をかかげ、「民主、自民の2大政党に続く「第3極」を目指すなら、日本が直面する課題について明確な政策を掲げる必要がある」と主張した(11月19日)。マスコミの予防線だ。
アジアからの警戒や欧米からの懸念が伝えられている。「アジアの成長を取り入れる」ことに注力している日本企業と経済団体にとっても、対立関係の改善や日系企業の労働争議への対応は不可避の課題である。中国を訪問した経団連会長は9月下旬、「尖閣諸島」問題をめぐって「(領土)問題がない、は理解しがたい」と野田首相に再考を求めた。日本経済界は、アジアの緊張を高める「日本維新」の政治姿勢をどこまで許容できるか。
大阪維新の全国化は、競争主義や排外主義の言辞や政治姿勢への疑問を広げるものでもある。橋下維新の会は石原新党との合同によって、新自由主義と国家主義という自民党の両極端の顔をあわせもつことになった。大阪維新の会のブレーンたちも、その立場が問われる。それは、すでに原発問題が突きつけた問題だ。「第三極合流のために小異を捨てる」というが、原発政策が小異であるという主張は通らない。
「日本維新」は被災県でも立候補する。本日、石原代表と橋下代行は仙台駅前の演説会に登壇した。二人つれだっての街頭演説は「日本維新」として初めてのことであり、被災地から維新をスタートさせるというふれこみだったが、圧倒的な支持が聴衆から寄せられていたとはいえないだろう。
ある立候補者は「落下傘候補」であることの理解を求めながら、次のように発言した。「立候補が決まってから宮城県の復興計画を初めて熟読した。素晴らしいことが書いてあるが、それが実現しないのは明治以降の中央集権的な統治機構のせいだ」。福島から参加した「日本維新」の参議院議員は復興予算の「流用」を批判したが、国会議員として(見過ごしてきたことを)反省すると弁解した。「日本維新」の主張と政治姿勢を被災地で問わねばならない。
■以上/宮城全労協ニュース235号(2012年11月27日)