宮城全労協ニュース/第260号(電子版)/2014年3月21日

3・16宮城/NO NUKES
心一つに女川原発再稼働阻止へ!



 3月16日午後一時、雨模様の仙台市中心部、錦町公園。大震災3周年にあたっての「NO NUKES みやぎ」、つまり<脱原発・宮城>の場となった。1500人がそこに集まった。大震災以降、宮城での最大規模の脱原発行動となったと報じられた(写真)。

 脱原発・エネルギー・放射能など様々なテーマをかかげた19団体のブースがメインステージを取り囲んでいる。和太鼓が会場いっぱいに豪快な音を響かせている。集会の第一部はライブ・パフォーマンス。太鼓、打楽器演奏、コーラスだ。

「女川原発の再稼働を許さない!2014みやぎアクション」は脱原発のために活動している宮城県各地の市民・住民運動団体、消費者団体、労働運動団体や個人賛同によって準備、実現された。会場に掲げられた様々なのぼり旗やブースが運動の広がりを表している。

 午後2時から第二部の野外集会が始まった。

「2014みやぎアクション」の鈴木宏一代表が主催者挨拶。「この33年間にスリーマイル、チェルノブイリ、福島と三つの重大事故が発生した。今後は発生させないということは不可能だ」「規制委員会のシビア・アクシデント対策はメルトダウンのような重大事故に対応できないし、再稼働の前提にはならない」と述べ、「絶対に女川原発の再稼働を認めることはできない。再稼働を阻止し、廃炉に追い込もう!」と訴えた。

 集会ゲストは二人、武藤類子さん(福島原発告訴団・団長)と佐々木功悦さん(前・宮城県美里町長)。

 武藤さんは「被害は形を変えて拡がっている」と指摘した。「汚染水は解決策も見出せない」「4号機周辺で90μシーベルトという過酷な環境の下で働いている」「中間搾取も広がっている」「甲状腺検査で24万人中74人の子どもたちに甲状腺癌の疑い」が明らかになった。

 1万4千人が参加した裁判は「全員不起訴」となった。司法も福島原発事故責任を裁かない。「3.11は東北にとって記念日ではない、現実なのだ。福島で起きている事態、それは搾取と差別だ」。武藤さんは東北の歴史性にも触れ、3.11が持つ意味をあらためて問いかけ闘っていこうと訴えた。


 前・美里町長の佐々木功悦さん。30キロ圏内自治体(UPZ)となった美里町はいち早く「脱原発」を宣言し「原子力に依存しない社会」を目指している。

 ジョン・レノンは「想像してごらん」と歌った。世界平和を願った曲「イマジン」から40年、「世界は一つになってほしいとの願いはいまだ実現されていない」。そのように振り返りながら佐々木さんは「福島原発事故が起きるまで、原子力の平和利用のため原発は必要」と思ってきた。しかし「安全神話は崩壊し、人間の手でコントロールできないことを知り、それが脱原発の道を歩む出発点となった」。ドイツは脱原発へと舵を切った。原発推進・輸出を目指す日本は「倫理観」を喪失しているのではないか。

 某有名政治家から「脱原発を言うと周りから<危険分子>と見られるよ。それでいいのか!」、と。そのエピソードを披露した佐々木さんは「原発推進・再稼働を言う政治家こそ<危険分子>ではないか」。毅然とした反論に、会場から拍手がやまなかった。


●女川原発再稼働阻止に向けて大きなうねりを!


 ゲスト発言の次に協賛団体からの「3分スピーチ」。

「女川から未来を考える会」を代表して阿部美紀子さん。「女川では<復幸祭>が開かれている。復興に取り組む事は美しいが、それを妨げているのが原発だ」「瓦礫の中心で廃炉を叫びたかった」。町の70%を津波で失った女川で8月10日「女川トーク&ライブ」が企画されている。

「女川原発の廃炉を求める大崎連絡会」代表の佐藤昭一さん。大崎市議会での「女川原発の廃炉を求める意見書採択」について報告。同様の意見書が前年は不採択だったが、今回は「飯館村視察」によって議員の意識が変わった。「県内全市町村で採択させよう」と訴えた。

 自由法曹団宮城支部、宮城県護憲平和センター、原発問題住民運動宮城県連絡センターからもスピーチがあった。

 東日本大震災被災者への「黙とう」をはさみ、第二部の野外集会は最後に「3・16NO NUKESみやぎアピール」を採択した。アピールは「原発のない宮城を願う県民の力をひとつにし、何倍にも大きくして、女川原発再稼働を止めましょう!」と宣言した。

 集会途中から雨が上がり、時おり陽が覗く。仙台一の繁華街である一番町を通り抜け、2キロのデモ行進へ。それぞれの団体が工夫を凝らしたゼッケン、横断幕を掲げ「原発いらない!」「女川原発再稼働反対!」「原発無くても電気は創れる」のコールで道行く人に訴えて行く。

 日曜日の昼下がりだ。子ども連れの家族や若者たち、多くの人々が街頭に出ている。この人ごみのなかに福島から避難してきた人達もいるのだろう。

「福島を忘れない!福島につながる!」「福島原発事故を忘れない!女川原発再稼働を許さない!」。

 故郷を原発によって破壊された<福島の思い>と、原発と人間社会は共存できないという<脱原発・反原発>の思いは、交差し、連動ながら宮城県内にも広がっていくだろう。


「原発なき復興」を!


 東北電力は昨年暮れ、女川原発2号機の再稼動を審査申請した。被災した原発の再稼動申請は初めてだ。推進派からすれば、女川申請によって、北海道から九州までの申請を2013年内にそろえたことになる。

 東北電力は13年3月末、安倍政権誕生のタイミングをとらえ、福島県で予定していた浪江・小高原発建設からの撤退を正式に表明した。現在保有の2原発4機に集中し、当初、東通原発(青森)を先行させる予定だった。しかし、規制委員会の調査団が「活断層の可能性」を指摘し、対立したままだ。電力側は当初予定通り「2015年7月再稼動」を崩しておらず、活断層の決着がつかないままでも「準備が整い次第」安全審査を申請する構えだという。

 女川原発2号機については「2016年4月以降の再稼動」をかかげており、その時期を「もっと前に倒したい」(2013年8月、社長会見)としてきた。大震災後の緊急対策に加え、防潮堤かさ上げをはじめ「さらなる安全性向上」のための対策を進めてきたと東北電力は主張する。耐震工事など「より厳しい条件を考慮した地震・津波対策」は2015年度完了予定とスケジュール化しており、したがって「2016年4月以降の再稼動」となるという理屈だ。

 宮城県の姿勢はまったく受身である。原発は国のエネルギー政策によると繰り返してきた知事は、「国が許可したら再稼動を了解するかどうか、よく考えたい」と述べている。今回の安全審査申請についても、県としては静観の構えだった。

 県と立地自治体、30キロ圏自治体は一年前に原子力防災計画を策定したことになってはいる。しかし「実効ある避難計画」など無理な話であって、当の自治体からも強い懸念や不安が出ている。30キロ圏自治体からは立地自治体と同様に東北電力との協定を求める声が高まっている。

 1月末に実施された防災訓練も形式的なものにとどまった。県は、震災業務を抱える関係自治体の負担を軽減するため、規模を縮小し、被災想定も甘くしたという。被災県の自治体には原発再稼動に備える余裕などないと言っているに等しい。

 東北電力は女川2号機の安全審査申請につづいて、1号機と3号機の申請もねらっている。昨年夏の料金値上げによって震災後の赤字から黒字に転じ、2014年3月期には3年ぶりの配当を実施する。

 被災地での再稼動を許してはならない。「原発なき復興」は、大震災被災地の大義であり責務である。

(電通労組・高橋)


■以上/宮城全労協ニュース260号(2014年3月21日)