宮城全労協ニュース/第262号(電子版)/2014年4月29日

「ボタンの掛け違い」
〜大震災3周年を過ぎて




 3周年から二ヶ月が経とうとしている。宮城県はこの間、社会資本の復旧など事業が最大2年遅れると公表した。福島第一原発ではトラブルが続発している。一ヶ月に一回の被災地訪問、首相はどこを見て「前進」だと強調しているのか。停滞・低迷の重苦しい空気が広がっている。

(◎注1「ボタンの掛け違い」)


 3周年にあたって今年も大量の情報が流された。年に二回、春と秋の大特集を競うことが報道各社の定番となったかのようだ。過剰な演出は昨年以上ではないか。

 前後して各種の調査結果が発表された。対象や内容が異なっているものの、<復興は期待されたようには進んでいない><原発維持・推進は疑問ないし反対>という二点が共通している。政治はこれに応えていないばかりか、別の道を進んでいる。「エネルギー基本政策」がその典型だ。

 福島第一原発の事故究明は棚上げされたままだ。汚染水の管理・処理は混迷を深めている。東電も政府も、原発労働者の抜本的な待遇改善に踏み切ろうとしていない。作業中の下請け労働者の死は、東電からも国からも「放置」されたままだ。「廃炉」どころではない。

 放射性廃棄物や核燃サイクルなど避けて通れない懸案を直視せず、政府・与党は原発維持・推進政策を決定した。「基本政策」の作成過程では、福島第一原発事故への「深い反省」という言葉が削除されていたという。何もなかったかのごとく、だ。「風化」は政治の頂点からしかけられている。

 3周年当日の政府式典で「福島県代表」は次のように述べている。

 「原子力発電所事故による避難命令が出されたため、すぐそこにいるかもしれない大切な家族を残して避難しなければならなかった、あの悔しさは今でも忘れられません。「捜しに行けるもんなら、自分たちで捜したい!」。そんな気持ちで避難所生活を送っていました」、「震災から40日後、やっと捜索が入り、父は流された自宅の屋根の下で見つかりました。もしかしたら生きていたかもしれないのに、見つけてあげられなかった……その思いが消えることはなく、ただただ、胸がしめつけられる思いです。」

 東日本大震災という言葉ではくくられない、原発事故被災の現実が語られている。



空疎だった首相の3周年会見


 その前日、3周年記者会見で首相は、ことさら復興の前進をアピールした。質疑では用意された文書を読み上げただけなのか、記者たちを正視せず視線を落とすシーンが目立った。反論や再質問があるわけでもなく、淡々と事は進み、終了した。

 災害・防災に関して「3」が時間の鍵だという。3日、30日、3ヶ月、300日、そして3年。その3年目の首相会見が「風化」を物語っていた。
 首相発言には多くの数値が盛り込まれている。たとえばこういう具合だ。

 「現場の課題を一つ一つ解決し、今や高台移転や災害公営住宅の建設は、その7割で事業をスタートしています」「来年3月末までに200地区に及ぶ高台移転と1万戸を超える住宅の工事を完了してまいります」。

 宮城県は4月下旬になって、防災集団移転事業や港湾、河川、海岸工事などの工程表を見直し、完了時期を2015年度末までから17年度末へと先送りした。県は原因として「合意形成や調整」「用地買収」に時間がかかっている、資材と人材の不足、入札不調をあげた。長期化が避けられないことは、政府も分かっていたはずだ。


 
「霞ヶ関文学」!


 河北新報は3周年から一ヵ月後、「被災地の復興遅れ/政府は前進」と題する記事を掲載した(4月9日、副題は「「霞ヶ関文学」自画自賛」)。

 「宮城県は3月、「県民の約6割が復旧・復興の遅れを感じている」とする調査結果を発表した。被災者の多くはそう思っているのだが、政府の認識は「復興が一歩一歩前に進んでいる」(首相)と正反対。なぜこんなギャップが生じるのか。原因は復興庁が作る政府文書にあるようだ。」

 具体例として「財産管理制度」を取り上げ、迅速化・円滑化策が効果を発揮しているという復興庁の主張に疑問を投げかけた。「書類さえそろっていれば、裁判所が素早く審理してくれるのは当たり前。その書類を整えるために被災地の自治体は、膨大な時間と労力を費やしている」「問題解決のポイントが完全にずれている。効果的な対策を講じることなく自画自賛とは、理解に苦しむ」という支援弁護士の指摘が紹介されている。

 「復興庁発表文に見る「霞ヶ関文学」の例」と題した対照表まで掲載した。被災地の怒りを、このような書き方で直接「中央」にぶつけるような記事は異例だ。


 首相が言及しなかった数値はいくらでもある。復興予算をめぐる不正、執行されない多額の予算。被災者の生活と健康状況の悪化、「心の危機」に関するいくつもの調査結果と警鐘。

 被災地の厳しい現場を、労働者やスタッフたちが支援者たちと懸命に支えている。被災者たちが多数、活動に参加している(◎注2)。

 さらに「数値」で表せない領域、分野があり、数値化すると間違ってしまう事例も多い。数値を盛り込めば良しとする姿勢では、まして政府が数値を取捨選択するようなことでは「現場主義」とはいえない。

 農業について「今年は被災した農地の7割で営農が再開できる見込みです」と首相は演説した。上から目線もはなはだしい。「前進」は政府の手柄ではない。しかも農業は安倍首相の「岩盤規制破壊ドリル」の最大の対象だ。回復しつつある被災地農業を、政府はどうするのか。TPPはどうするのか、何もふれていない。



福島〜幻想の羅列


 「福島では(田村市の一部の避難指示の解除によって)いよいよ避難されていた方々の帰還が始まります。これはゴールではありません。ふるさとを取り戻すスタートにすぎません」「一人の女性が、「さまざまな不安はあるが、とにかく前進あるのみだ。」と語ってくれました。健康や仕事などの不安を一つ一つ解消し、帰還した皆さんがふるさとで安心できる暮らしを取り戻すまで、私たちの取組は終わりません。」

 首相はこのように「一人の女性」の発言を持ち出し「帰還」が住民合意であるかのごとく印象付けた。このような演説は少なくても公平ではない。

 政府は4月下旬、田村市などで国の依頼により実施されていた個人被曝線量の結果を突然、発表した。公表の遅れだけでなく、調査自体が自治体や住民に知らされてこなかったことが明らかになり、経産大臣は「陳謝」した。「帰還」促進という政府方針の背後で、恣意的な操作が疑われる事実が浮かび上がっており、強い憤りが広がっている。

「汚染水」はどうなったか。

「東京電力福島第一原発の廃炉、汚染水対策について、引き続き国も前面に立って万全を期していくことは言うまでもありません。その上で、田村市だけでなく、他の市町村でもふるさとに早く戻りたいと願う方々の思いに応えられるよう、避難指示の解除を目指し、除染やインフラ復旧を進めてまいります。」

 現実はそうなっていない。前面に出ると宣言した国が成果を上げていないことは、日々、明らかだ。



被災地を利用する東京オリンピック


 首相演説の最後は東京五輪だった。被災地を取り込むことで内外にアピールしようと躍起だ。

 批判を意識する首相は「その準備が復興の障害となってはならない」と述べた上で、連携を強調した。

 「むしろ、東北が復興を成し遂げた姿を、世界に発信する機会としなければなりません。三陸海岸から仙台湾を通り、福島の浜通りへ、津波や原子力の被害から見事に復興を成し遂げた東北の被災地を聖火ランナーが走る姿は、日本のみならず世界に勇気を与えてくれることでしょう。アスリートを始め世界中から集まる皆さんには、東北に足を運んでいただきたい。」

 言うまでもなく、第一原発と第二原発を通らなければ「浜通り」のリレーにはならないのだ。

 「被災地の(震災の年に生まれた)小学4年生を始めできるだけ多くの子供たちを東京オリンピック・パラリンピックに招待したい」「成長した姿を日本中の人たちに、世界の人たちに見てほしい。」

 首相は、自分が50年前に経験した感動を「子供たちにぜひとも味わってほしいと願っています」と結び、3周年会見を終えた。「父権主義」と「回顧主義」が色濃い。

 政権にとって時間はない。そのあせりが「帰還」促進となり、それは「福島処理」「福島処分」につながっていく危険性が高い。「震災利用」は被災地の分断と切り捨てにほかならない。

 「汚染水は完全にコントロールされている」「東京は250キロ離れているから安全だ」という暴言は、招致活動の場の公的発言として残されたままだ。首相の「汚染水」発言は信用されていないが、「モノは言いよう」「結果が良ければそれで良し」と歓迎され、批判した人たちはバッシングを浴びた。

 それでも「汚染水コントロールは国際公約だ」「復興を遅らせてはならない」という声は多数だ。宮城県は五輪ムードに乗って経済効果をねらうというのか。福島を傷つけるウソは黙認できないと声をあげること、それが被災地の「大義」である。




(◎注1)「ボタンの掛け違い」

 本ニュースのタイトルにある「ボタンの掛け違い」は河北新報社説(2014年3月16日「大震災3年 暮らしの再建/「人間の復興」を道しるべに」)から引用したもの。
 
 「あの日から3年が過ぎたというのに、復興の手応えを実感できないのはなぜなのか。どこかでボタンの掛け違いがあったのだとしたら、それはどの時点だったのだろうか」。

 社説は関東大震災後の議論、昨年の宮城県知事選挙での論争、阪神淡路大震災後の蓄積を取り上げている。その一部を紹介する。

 「くしくも、昨年10月の宮城県知事選で3選を果たした村井嘉浩知事の掲げたスローガンが「創造的復興」だった。対立候補は「人間の復興」を訴えた。/知事の復興路線が、阪神大震災のそれと別物であることは承知しているが、二つの復興論をめぐって踏み込んだ検討があってもよかったのではないか」「被災地は今、復旧期から復興期へ移り変わろうとしている。被災者一人一人がその手応えを実感するための道しるべを「人間の復興」論に求めたい」。「福田(徳三)の思想を基に関西学院大災害復興制度研究所が発表した災害復興基本法案が、その手掛かりになるだろう」。



(◎注2)TBSテレビ・報道特集

 4月26日の特集は「大震災3年/見えない心の危機」というものだった。

 「被災地の心療内科に通うひとりの女性を通して、心の問題に焦点を当てる。辛い記憶を押し込めたままでは、深刻な病を発症することもあるという」(番組広報)。

 被災地・名取市で被災者たちの治療にあたる心療内科医は「3年」に注目。記憶の整理、事実との向きあいがなされねば、後にもっと深刻な危機が引き起こされる可能性がある。取材に応じた女性は、働きながら福祉関係の仕事につこうと勉強しているが、父親と自宅を奪った海に行くことができない。薬がなければ眠れない。テレビ撮影に同意したのは、医師の勧めであり、治療の一環だったという。番組への反響は大きい。




■以上/宮城全労協ニュース262号(2014年4月29日)