宮城全労協ニュース/第264号(電子版)/2014年5月26日
「走れ!仙石線・ファイナル」
三年の想いをこめて400名!




 5月5日「子どもの日」。2012年3月10日から始まった「みんなの夢を乗せて/走れ!仙石線」イベントは、この日、三回の取り組みを経て「ファイナル」を迎えた(写真)。











 3・11東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県東松島市東名・野蒜地区。

 全国から多くのボランティアが駆け付け、瓦礫と格闘した。その中で被災地域の人達との繋がりが生まれ、「走れ!仙石線」の取り組みが始まった。

 震災から一年。破壊された野蒜海岸の防潮堤や廃墟と化した家々が、どんよりとした空気の中に残っていて、「復旧」という言葉が実感としてもちえない状況だった。「少しでも日常を取り戻したい」「なんか希望を持てるような事は?」。いろんな気持ちが交差して始まったのが「走れ!仙石線」の取り組みだ。

 「これまでと同じルートでの早期全線開通」が東名・野蒜地区住民の願いだった。JR東日本と東松島市が「ルートの山側への変更、2015年開通」で合意。そのなかで「一日も早い開通に向けて声をあげて行こう」とイベントは続けられてきた。来年内の開通予定を前に、これまで寄せられた全国からの支援に感謝し、新たな出発とすべく「ファイナル・イベント」となった。



全国の支援に感謝し、新たな出発へ!


 今年4月に岩手県沿岸部の三陸鉄道が全線開通した。三陸鉄道も壊滅的打撃を受けた。人口流出が止まらない状況下にあっても「私の、私達の三陸鉄道!」だった。住民の<三鉄復旧>にかける強い思いが実り、地元は歓喜に沸いた。

 鉄道と住民は切っても切れない繋がりがある。「走れ!仙石線」ファイナルも、思いを込めて「あまちゃんのテーマ」で賑やかに幕開けした。オープニング宣言は、三年間の支援に対する感謝と、被災地の復旧・復興に向けた新たな出発への希望と決意だった。

 出店テントが会場を取り巻き、オイシイ匂いが立ち込めるなか、10時の開始早々から地域の人たちがたくさん集まってきた。ゆったりと楽しめるようにと工夫された会場で、美味しいものをほおばりながら参加団体の催し物を楽しんでいる。沖縄の唄、童謡、ジャズ演奏、被災地支援の歌。津波にのまれ九死に一生を得た地元の女性の「詩」を歌にした曲も披露された。彼女はあの日の辛い経験とその後を、一人でも多くの人に伝えようと「語り部」を続けている。

 被災当時の話、それから三年の苦労、仮設にいる事の辛さ等、堰を切ったように話す爺ちゃん、婆ちゃん。話したくても話せない。それこそ、みんな苦しさ、辛さを背負っている被災地の姿だ。

 会場には「なんでも相談所」も開設された。中越地震にも支援参加した団体によるもので、専門的な相談を受け付けた。巨大防潮堤など土木工事が優先され、本当に必要なもの「住宅」「仕事」「病院・介護などの福祉サービス」「学校・交通等の行政・公共サービス」等は後回しになっている。「声」をだすのも「遠慮」しながらの仮設での生活。メンタル面のケアが本当に要求されているのだ。


 
被災地の歴史をつなぐ「獅子」の舞


 今回のメインは「大曲獅子舞」(写真)だ。大曲浜は震災で壊滅的被害を受けた近隣の地域。大曲獅子舞は浜に伝わる伝統芸で、非常に動きの激しい舞と言われている。太鼓の音色は「舞」に連動し大きく力強く会場に響く。舞手が次々と変わり激しい踊りが連続する。

(一周年を期して開催された第一回イベント、そこにみずからも被災した大曲獅子舞が登場し、破壊されたままのJR仙石線・野蒜駅舎前で雪の中を舞い、被災者たちを勇気づけた。)

 恒例の「餅つき大会」は午前と午後の二回。大人も子どもも楽しみで「ヨイショ!ヨイショ!」の掛け声。つきたてが振舞われた。子どもの広場では「綿あめ」「飲み物」が配られた。輪投げ大会、ゲームなどに九州の学生グループが活躍した。

 「走れ!仙石線」の取り組みは、震災後三年間で四回実施し、その役割を終えることになった。被災地の人達と向き合い、繋がろうとする想いのなかで、様々なことが見えてくる。これから多くの課題が待つだろうが、笑顔で迎えてくれる住民たちとの語らいの時間が楽しみだ。
(高橋・記)




<参考>東松島東名地区での活動を振り返り、関連するニュースのタイトルを再掲します。

〇236号(2012年12月9日)
「東松島・東名に500名が集う」

〇218号(2012年3月11日)
「夢を乗せて走れ仙石線〜東松島で住民イベント」

〇199号(2011年7月24日)
「地域再建の一歩〜ボランティアの現場からの報告」

〇194号(2011年5月29日)
「被災者(東松島市野蒜地区)からの手紙」

〇186号(2011年4月3日)
「石巻の活動」

〇185号(2011年3月29日)
「石巻地区からの通信と支援への御礼」

〇178号(2011年3月14日)
「進まない沿岸部の安否確認(続報)」



■以上/宮城全労協ニュース264号(2014年5月26日)