沖縄県高教組委員長を迎えて
6月8日から10日、被災三県で沖縄との連帯集会がもたれました。沖縄県高教組の福元勇司委員長が報告し、それぞれ質疑や交流の場がもたれました。
以下は「全労協新聞」掲載の報告です。
なお、5月17日に開催された沖縄県民大会の決議文を資料として紹介します。
●「沖縄県高教組委員長を迎えて、東日本大震災・被災三県で集会」
(全労協新聞への報告)
東北全労協は労働法制改悪反対の東北キャラバンのなかで、「戦争立法」「TPP」「原発」への反対とともに、沖縄県民と被災・東北との連帯を訴えてきました。
大震災直後、沖縄から多くの人たちが被災地にかけつけ、励ましをいただいたことを私たちは忘れません。沖縄県高教組の福元勇司委員長もその一人です。今回、福元委員長を招き、被災三県で交流の場を持つという貴重な機会を得ました。
6月8日の岩手(北上市)、9日の宮城(仙台市)、10日には福島(いわき市)の三県で、それぞれ地元の労働組合や労働者たちの主催によって集会がもたれました。移動をかねて被災地沿岸部をめぐり、三県の異なる現状を視察していただきました。
仙台集会(主催は教育労働者有志たちの呼びかけによる実行委員会)で福元委員長は、「翁長県政の下での辺野古の闘い」について、経過に沿って報告しました(「『構造的差別』下にある沖縄」、「翁長知事の誕生」「『オール沖縄』の県民運動」、「知事の決断」)。
「オール沖縄」の闘いは、ますます自信と確信を強めている。この闘いを勝利させるために、世論をさらに喚起し、安保法制改悪に突き進む安倍政権と対決する運動を広げていきたいとの訴えを受けて、実行委員会は辺野古基金の推進や戦争立法を阻止する各種の運動への参加を呼びかけました(宮城全労協)。
●資料
「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会」決議
今年は戦後70年の節目の年である。私たち沖縄県民は悲惨な地上戦により住民の4人に1人が犠牲となった。戦後27年間は米軍占領統治下におかれ、日本国憲法は適用されなかった。本土復帰から43年目を迎える今も、米軍基地あるがゆえの事件や事故に苦しみ続けている。私たち沖縄県民は長年に渡り、自ら望んで持ってきたわけではない米軍基地を挟み、「容認派・反対派」と県民同士が対立し、分断され続けてきた。
こうしたなか、昨年の名護市長選挙、名護市議選挙、沖縄県知事選挙、衆議院選挙の沖縄4選挙区のすべてで、米軍普天間基地移設に伴う名護市辺野古への新基地建設反対の圧倒的民意が示された。ところが、安倍政権は、前知事が公約をひるがえし行った公有水面埋め立て承認を盾に、民意を無視して辺野古新基地建設を「粛々と」強行している。翁長雄志県知事による海上作業の停止指示を無視し、反対する市民に対しては、海上保安庁や沖縄防衛局による過剰警備によって弾圧を加えている。また、去る4月28日沖縄県民にとっての屈辱の日には、日米首脳会談において辺野古新基地建設推進を再確認している。こうした日米両政府の姿勢は、「自治は神話だ」と言い放った米軍占領統治下の圧政と何も変わらない、沖縄県民の意思を侮辱し、日本の民主主義と地方自治の根幹を破壊する暴挙である。もはや「辺野古」は沖縄だけの問題ではない。わたしたちは今、この国の民主主義の在り方を問うている。
私たち沖縄県民は自ら基地を提供したことは一度もない。普天間基地も住民が収容所に入れられている間に建設され、その後も銃剣とブルドーザーによる土地の強制接収によって拡張されてきた。これは占領下においても私有財産の没収を禁じたハーグ陸戦法規に明白に違反するものである。国際法に違反しつくられた米軍普天間基地は閉鎖・撤去こそが「唯一の解決策」である。
辺野古新基地建設を巡るこの19年間において、今まさに正念場である。今新基地建設を止めなければいつ止めるのか。私たち沖縄県民は2013年1月に安倍首相に提出した建白書を総意として「オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念」を強く求めている。保革を超えて私たち県民がつくりあげた、この沖縄の新たな海鳴りは、沖縄と日本の未来を拓(ひら)く大きな潮流へと発展しつつある。道理と正義はわたしたちにあり、辺野古に基地をつくることは不可能である。子どもたちや孫たち、これから生まれてくる次の世代のためにも、私たち沖縄県民は決して屈せず、新基地建設を断念させるまでたたかうことをここに宣言する。
よって、日米両政府は県民の民意に従い、米軍普天間基地の閉鎖・撤去、辺野古新基地建設・県内移設を断念するよう強く要求する。以上、決議する。
2015年5月17日
戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会
■以上/宮城全労協ニュース284号(2015年6月17日)