(注)郵政合同労組の組合員・Sさんからの寄稿です。Sさんは6月、東北全労協の訪問団に参加し、初めて沖縄を訪れました。その感想記です。
「沖縄でわかった本当の事」
今年、宮城全労協は春闘時期から沖縄訪問を準備してきました。私はこの機会にと思い立ち、組合の皆さんからの支援を得て、沖縄の地を踏むことができました。
「オール沖縄」の熱い思いに触れ、私はこれまで新聞やテレビでしか沖縄を知らなかったのだと実感しました。
6月21日から23日までの短期間でしたが、見学あり、議論あり、交流ありの充実した三日間でした。その間、沖縄の方々から心からの歓迎を受けました。感謝します。
初日は琉球王国の「栄華の証」、首里城を見学した後、説明会がもたれました。琉球王国時代から始まった薩摩藩との関係、沖縄戦、戦後の占領と「本土復帰」、そして今回の「オール沖縄」まで、闘いの歴史と経緯を教えていただきました。
二日目。6月9日の仙台集会で講演された沖縄高教組の福元勇司委員長が、お忙しい中、朝から夕方まで私たちのガイドをしてくださいました。
首里の司令部を守るための前線陣地で「肉弾戦」があった嘉数高台から普天間飛行場、なんと町の82.8%が基地という嘉手納飛行場と弾薬庫地区、キャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブ、辺野古弾薬庫とボーリング調査で美しい珊瑚礁が国家権力によって破壊されている大浦湾まで、初沖縄の私にもわかりやすい丁寧な解説でとても勉強になりました。
米軍から返還された地域を通れば「ここには会社や商店や家が建ち、雇用が生まれて町の財政も潤っている」と細かな点まで説明。逆に嘉手納基地で働く県民はたったの200名とのことで、「本土」で主張されている「基地での潤い」など、まったくのウソだとわかりました。
キャンプ・シュワブ前で座り込むテント村を訪れ、激励しました。「辺野古の反対運動には沖縄県民などいなく、本土からの「外人部隊」だ」などという報道や記事が繰り返していますが、そんなこともウソだと現場に行ってみて実感しました。東北全労協の坪井団長は、被災地東北は沖縄と連帯し続けると挨拶。
ボーリング調査が強行されている大浦湾はとても美しく、ここで新しい基地建設が有無を言わさず強行されていることに無性に腹がたちました。
その後、読谷村の地元企業、沖縄ハムで昼食。
そこで会長が、沖縄経済界を含めて辺野古新基地反対でなぜ県民が団結し「オール沖縄」が誕生したのか、熱く語ってくださいました。地元紙に掲載された「若者たちよ!沖縄を守ろう」という会長の意見広告も読みました。「未来を勝ち取り、沖縄の永遠の平和を築きアジアの拠点として頑張ろう」。オキハム会長の檄は、私にとって新鮮な驚きでした。
ホテルに戻っての交流会には沖縄社会大衆党の方々も駆けつけてくださり、大いに盛り上がりました。東北全労協の訪問団員の皆さんとの二次会もあり、楽しい夜でした。
三日目は6月23日の慰霊の日、一行は糸満市へ向かいました。平和記念資料館、平和の礎を最後に視察を終えました。
行く先々で「オール沖縄」が語られていました。新たな基地建設に対して、保守も革新も越え、イデオロギーよりアイデンティティで団結しよう。この沖縄の熱い思いを「本土」へ、「オール・ジャパン」そして国際社会に訴えていく、と。
沖縄が「本土」に感じている温度差を強く感じました。「沖縄に犠牲を強要するのは、もうやめようではないか」という声がもっと必要です。そのことが被災地で語られるべきだと、強く思いました。福島原発や津波で被災した人々の多くが、東京オリンピック祭りにうかれる国民に温度差を感じているわけですから。
現地でたくさんの真実を知る事ができました。沖縄と東北全労協の皆さん、お世話になりありがとうございました。
S(郵政合同労組)記
■以上/宮城全労協ニュース286号(2015年8月10日)