宮城全労協ニュース/第290号(電子版)/2015年11月8日

(注)樋口陽一さんの講演会に参加したGさんからの寄稿です。

 著名な憲法学者である樋口陽一さん。この間、仙台を幾度となく訪れ、なぜ「安保関連法案」に反対するか、様々な場で主張してきました。法案が参議院本会議で強行採決された直後にも、樋口さんは仙台で訴え続けていました。

 とりあげられている講演は8月初め、仙台で行われたものです。Gさんは、とくに印象深く受け取った発言内容に関して、講演直後にこの文章を書き残していました。なお写真は8月9日、仙台での戦争法案反対集会の一コマ。



<樋口陽一さんの講演を聴いて>


「70回目の8月15日を前に憲法を考える」
自由闊達な論議こそが、民主社会を推進する力



◇8月3日夕、宮城県民会館(東京エレクトロンホール宮城)で、樋口陽一さん(東北大学・東京大学名誉教授、憲法学)の講演があった。主催は数学教育協議会(数教協)で、全国大会を仙台市内で開催するのに合わせて、仙台ゆかりの樋口陽一さんに記念講演を依頼し、実現したのだという。

 樋口陽一さんは仙台生まれ、仙台一高卒。劇作家の井上ひさしさんが同窓、俳優の菅原文太さんが2学年(?)上になる。

 演題は、「七十回目の八月十五日を前に憲法を考える」。



◇ご自身の生まれが一九三四(S9)年であり、「12・8」(日米開戦の日)は5歳の小さな子どもであったのにも関わらず鮮明に覚えているのに、「8・15」はよく覚えていないという。

 米・英という巨大な国を相手に戦を始めることを子どもながらに恐ろしいと感じたのだという。そのように感受性豊かな子どもであったはずなのに、8・15に関する記憶がほとんどないのは、戦時下の4年間で感受性をそがれていったことによるのだろうとも話されていた。

 ポツダム宣言が(連合国側から)日本政府にかなり早い時期に届けられていたこと。(私の聞き間違いでなければ2月26日(日付の関係で日本では27日)だった(?))それを日本政府は「黙殺」=ノーコメントではなくネグレクトすることにしたことが、その後の沖縄戦、仙台空襲は7月10日だったが日本各地の空襲、ひいては8・6広島、8・9長崎に原爆を投下する口実とされていったことを話された。空襲では、仙台においても、すでに戦闘能力を失っていた兵士がいる兵舎ではなく、むしろ生活の場を焼夷弾で攻撃していることについても触れられた。

 ポツダム宣言は日本の民主主義を「復活・強化」すると記述しているが、当時、連合国側は日本研究を進めており、多くの情報を持っていた。



◇日本に民主主義が無かったのではなく、自由民権運動、明治の立憲主義運動、大正デモクラシー。(「民本主義」を唱えた吉野作造は、仙台一高の前身である旧制仙台一中の出身であり、樋口さんたちの大先輩に当たることにも触れていた。)それらの上に、闊達に論議する気風が日本社会には満ちていた。それがどのようにして物言わぬ状態に変えられていったのかを、70年後の8・15にあたって考えてみることの大切さを語っていた。


 樋口さんは、現行のドイツ憲法においては第1条が人間の尊厳(人権)であるが、それはワイマール憲法下でナチスの台頭を阻止できなかったことを歴史的教訓としていることによると語った。日本国憲法においては、個人(基本的人権)の尊重が書かれているのは第13条であり、最も重要な条文であるという。また、村山談話は閣議決定を経て全体で確認されたものであり、総理個人の見解ではなく、戦後50年に当たっての日本政府としての立ち位置を示すものである点にふれていた。



◇講演の最後に、一冊の本を紹介した。竹越與三郎の書いた「人民讀本」(1901年、明治34年刊)。竹越與三郎は、衆議院議員を五期勤め、その後、貴族院議員となっている明治立憲主義を代表する一人。西園寺公望(公爵)が序文を書いており、「少年、少女よ」との呼びかけが各章の頭についているように、若い人たちにむけて立憲主義を訴えるために書かれたものだという。


 樋口さんは、第4章「虚偽の愛国心」を読み上げた。

「何事にても、わが国民の為したることは是なりとするが如きことあらば、それ真正の愛国心にあらずして、虚偽の愛国心なることを忘るること勿れ。わが国民の為したることなりとて、強いてこれを是なりとすることあらば、これ他国に対して、我が国民の信用と威望とを損するものにして、決して愛国の所業にはあらず。」

 さらに9章「愛国すなわち忠義」からも引用した。

「元来、国家の目的は個人を生存、進歩せしむるにありて、決してこれを圧伏、抑制せんとするにはあらず。」・・・「ゆえに国家の政治にして、この目的に外るることあらば、これ国家の過失なるが故に、愛国心あるものは起(た)って国家の過失を鳴らして、これを匡正(きょうせい)せざるべからず。このときに方(あた)りては、国家の過失を鳴らすとは、即ち愛国の所業なりとす。然るに世には国家のことと言えば、これを非難せざることをもって愛国心とする者あり。奸雄(かんゆう)またこれに乗じて、その私を済(な)さんとする者あるは、最も恐るべきことなり」

 奸雄とはずるい悪い奴のことで、自分の利益のために、ひとの言うことを抑える人のことだと説明し、3・11震災以降の被災地の現状や、安保法案をめぐる現下の政治社会状況にも触れて話された。



◇安保法案をめぐり一年前の閣議決定時には反対の声がほとんど上がらなかったが、ここ1〜2ヶ月、全国各地でSEALDsなど若い人たち、母親たち・・・が自らの意思を表出し始めている動きが見られるようになった。この動きは、60年安保(労組・政党が主導した)当時ともちがう、これまでになかった新しい動きであること。こうした若い人たちを含め、自由闊達に論議できる民主社会を作り出していこうと呼びかけて、講演を締めくくった。


(G記/2015年8月4日)




■以上/宮城全労協ニュース第290号(電子版)/2015年11月5日