女川原発の安全性を問う!
シンポジウムに多数の人々
昨年11月23日、仙台市内で「市民による女川原発の安全性を問うシンポジウム」が開催されました(主催/実行委員会)。電通労組の組合員からの報告を掲載します(11月下旬に書かれたものです)。
なお、集会内容は動画で公開されています(参照:「女川原発の再稼動を許さない!2015みやぎアクション」)。
●女川原発の安全性を問うシンポジウム(11月23日)
500人を超える市民が参加/仙台
11月23日、仙台市情報・産業プラザ多目的ホールで、「市民による女川原発の安全性を問うシンポジウム」が開催された。冷たい雨が降りしきるなか、会場には県内各地から多くの人々が集まった。12時30分の開会時には用意したパンフ500部がすでになく、会場も立錐の余地のない状況であった。
呼びかけ人を代表して佐々木功悦宮城県議があいさつ(佐々木氏は、元美里町長時代の2012年に唯一「脱原発宣言」を行い、女川原発再稼働に反対して、UPZ区域町村と共に「東北電力との安全協定」を訴えてきた。先月行われた宮城県議選に遠田選挙区から立候補し、初当選した)。
「今回の県議選の結果、県議59人中、再稼働賛成21人、将来的に脱原発の方向14人、再稼働反対16人、どちらとも言えないが8人であり、拮抗しています。今日の話をしっかり受け止め、県政に活かす。たくさんの参加に心から感謝します」とあいさつした。
実行委員会から篠原弘典さんが「女川原発再稼働の問題の経過報告」を行い、震災翌月の女川の状況をパネルを使って説明した。
津波で破壊された宮城県原子力センターとオフサイトセンターには県内の放射線測定器などが集中管理されていた結果、福島原発爆発時には風で宮城県内に流れてくる放射能の測定ができず、何も対応できなかった。女川原発は「紙一重」で重大事故を免れたことなど、震災時に女川原発で何が起きていたのかを時系列的に説明した。
現地女川からは「女川原発の3・11被災状況報告」として高野博女川町議から、視察した被災後の女川原発の状況が説明され「原発そのものの被害も相当深刻な状況である」と話された。
●脱原発の道しかない!廃炉へ!
今回のシンポジウムにはパネラーとして、後藤政志さん(原子力格納容器設計者、元東芝)、小倉志郎さん(原子力プラント技術者、元東芝)、井野博満さん(東大名誉教授、金属材料学)の三人の方が参加、コーディネーターは菅波完さん(高木仁三郎基金事務局)。
後藤さんのテーマは「格納容器の意味を考える」。女川原発は「被災原発」であるとし、沸騰水型マークT型の技術的・構造的問題を解き明かした。
「現在の設計と新規制基準の問題点」について「炉心溶融した後は、格納容器は全く事故の進展を抑えられない」、「過酷事故対策は有効性・信頼性に欠ける」等を明らかにし、「原発などは要らない、再生エネルギーに全力でシフトすべし」と結んだ。
小倉さんは尺八で「米節」(宮城県の民謡)を奏で、場内が手拍子と唄で応えるという驚きの始まりだった。「ちいさなせかいのおはなし」と題した、放射線の影響が子どもにもわかる紙芝居を創作・上演していた。その上演から六日後に福島原発事故が起きたそうだ。
「お母さんのおなかの中でたった一つの細胞がいくつにも分かれ、オギャーと生まれたら目や耳や口やあらゆるものになっている。それはお父さん・お母さんから貰った『設計図(DNA)』。ところが放射線によって穴があいてしまう。この『放射能』は毎日、毎日原発から出ている。どうしたらいいでしょう」と子ども達に放射能とDNAの関係を訴える紙芝居だ。
小倉さんは35年間現場で携わってきたが、原発のすべてのシステムや機器をこなせるのは全世界でも誰一人としていないと語り、「現場では仕事がマニュアル化されているが、マニュアル化されていないこと(今回の過酷事故等を含め)には現場労働者は全く対応できない。電力会社は、より安全を求めるといってハード面の安全だけを考えている。そうしたなかで市民が求める『安全』を主張し要求することが大事だ」と提起した。
●事故は「めったに起こらない」?
もう一人のパネラー井野さんは専門的立場から、「原発は異次元の技術である」「技術はどう実現できるのか」「再稼働をめぐる状況」「運転差止め裁判の争点」「誰も安全に責任をもたない」「安全性をめぐる専門家の役割」について話した。
「原発の制御の困難性」をチェルノブイリ事故から解いた。暴走したら止めることができないこと、事故被害が空間的・時間的に「巨大」であること、労働者・公衆の日常的被ばくが避けられないことなど、「異次元の技術」であるにもかかわらず「ふつうの技術」で原発のパーツなどは作られている。「異次元の技術」を「ふつうの技術」でやろうとしているミスマッチが危険の根源だと指摘した。
被災した女川原発は、地震の後遺症である塑性ひずみやひび割れなどの「設備健全性評価」が必要であるとし、宮城県の「女川原発2号機の安全性に関する検討会」は規制庁の審査を待つのではなく、検討を始めるべきだと訴えた。
必要な「安全代」さえ削りに削ったのが「耐震設計審査指針」であり、誰も安全に責任を持たない。「事故が滅多に起こらないよう、安全対策に万全を期している」と電力会社は言う。だが「滅多に起こらない」とは、どの位の確率か?誰もわからない。
井野さんは、現実にどのくらい事故が起こったかを計算値で示した。「今までの総運転時間は、1万6千炉年(2013年末/炉年:原発数と稼働年数をかけたもの)。TMI(米国スリーマイル島)、チェルノブイリ、福島と五基が過酷事故を起こしているので、3200炉年に一回起きている。現在、世界で480基が運転しているので、今後8年の間で大事故が起こってもおかしくない」と指摘した。
最後に安全性をめぐる専門家の役割として、水俣病と闘った原田正純医師の言葉「医者が中立であるとはどういうことか、患者の立場に起つこと、力のない弱者に寄り添うこと」を示し、「原発再稼働の是非は、市民社会が判断することであり、専門家は客観的な事実を市民に示し、判断は市民がする」とまとめた。
●最終処分場反対運動と共鳴して
多岐にわたる内容のシンポジウムに、会場一杯の参加者も真剣に聞き入っていた。パネラーの三人は「原子力市民委員会」の第四部会「プラント技術者の会」のメンバーでもあり、女川原発問題とは切っても切れない縁がある方々である。
女川原発再稼働反対と、加美町など「最終処分場建設反対」の住民運動は共鳴し合いながら進んでいる。宮城県議選では、UPZ地域の町村や加美町などの選挙区で現職の自民党議員を落選させるなど、脱原発や処分場建設反対を訴えた候補者が当選している。
環境省は、二年越しの「処分場候補地の現地調査」を住民に阻止され断念した。宮城県村井知事は、「反対住民がいるから調査が進まないとはどういうことか! 沖縄では反対していても工事が進められている。政府のやり方は矛盾している」と、沖縄のように強行せよ!と言わんばかりの言葉を井上環境副大臣にぶつけ、怒ってみせた。年内中に市町村長会議を開催して今後について検討するとしているが、白紙撤回しかなく、汚染者負担責任を明確にすることだ。
現地女川では、10月末の町議選で(無投票ではあったが)脱原発の3議員は議席を維持した。
「2017年4月以降」の再稼働を狙って、現地では大規模な「安全対策」工事が進められている。今日のシンポジウムは、その意味で大きな勇気を与える内容と結集だった。脱原発社会実現に向け、手を携えて前進しよう。
■以上/宮城全労協ニュース292号(2016年1月3日)