「働き方改革」一括法案阻止!
(参考/全労協の見解)
4月6日、政府は「働き方改革」一括法案を閣議決定した。昨年秋、詐欺的な解散総選挙を切り抜けて以降、この通常国会の最大対決法案だと首相は言い続けてきた。しかし、厚労省の「データ改ざん」が発覚、政府は厳しい糾弾を浴び<裁量労働制拡大>の削除に追い込まれた。
「データ改ざん」の真相は不明だ。東京労働局長の処分に至った「特別指導」についても、政府は野党の追及に答えていない。
「一つ一つについて、責任をもって全容を解明し、ウミを出す」。首相は17日、そう言い残して訪米した。「モリ・カケ」は依然、闇が晴れない。「ウミ」の源は首相自身だ。もはや政府与党の中からも批判が噴出してきている。
<裁量労働制の拡大>は削除されたが、<超裁量労働制>と批判されている「高度プロフェッショナル制度」はそのままだ。
一括法案を廃案に!「データ改ざん」徹底究明!
「有識者」たちは審議のやり直しを求め、法案の取り下げを政府に求めよ!
現場で苦闘する公務労働者たちと連帯し、労働行政の変革へ進もう!
*参考/全労協の見解(3月1日)
●「虚偽答弁」の疑い
安倍政権は労働規制緩和を推進すべく「働き方改革」を重要政策と位置づけた。
第二次安倍内閣が2012年12月に発足した。翌年1月、首相は規制改革推進会議、産業競争力会議を設置して経済社会政策の推進装置を始動させた。労働政策はその重点分野だった。経団連は労働規制緩和を要求、安倍政権は「日本再興戦略」(13年6月)の中に裁量労働制拡大を盛り込んだ。
こうして厚労省の労働時間に関する「実態調査」が始まり、そのデータが労働政策審議会に提出された。一方、これとは別の調査が厚労省の委託事業として行われた。
異なる二つの調査結果の扱いに政権側の意図がなかったか。結果として前者は<改ざんされたデータ>となり、後者は<隠されたデータ>となった。
通常国会で首相は、前者のデータにもとづいて「裁量労働制の拡大」を擁護する答弁を行った。そのデータが不正に操作されている疑いが発覚した。厚労大臣は「データ」の精査に言及、不正は事実だと判明した。
遺族たちの抗議が野党の院内共闘をうながし、その闘いが政府を追いつめた。
首相は根拠がなかったとして答弁を撤回したが、疑念は消えない。
首相は<二つの調査>の説明を受けていたのか。データを意図的に取捨選択したのではないか。首相は当初、「一般労働者の労働時間より、裁量労働制の労働者の方が短いというデータもある」と答弁した。「データもある」という言い回しは<隠されたデータ>、つまり一般労働者よりも裁量労働制の労働時間の方が長いという調査結果を知っていたことを疑わせる。首相の答弁は虚偽ではなかったのか。
●「データ改ざん」の徹底究明を
一日は24時間以上だという類の数値が多数散りばめられていたのだから、偶然のミスだと弁明することはできない。
「結論」や「目的」にあわせるために経過を操作することは、珍しくはない。しかし、意図的であるにしては、不自然で<投げやり>で<荒っぽい>とさえいえる。
厚労省の姿勢の元をたどっていけば「モリ・カケ」問題と同様、安倍政治そのものにぶつかる。データ作成に関わった職員たちにとって「働き方改革」は「首相案件」そのものだったのだろう。当事者たちの声が明らかにされるべきだ。そのためにも、厚労省から独立した調査機関によって事実の究明が果たされる必要がある。
データ改ざんを見過ごして審議した人たちは、自分たちが愚弄されたことに抗議すべきだ。真相が不明のまま<裁量労働制拡大>は次の機会に回し、<高プロ>は通すという政府の態度を容認するのか。
答申の扱いについても問題となった。厚労大臣は「おおむね妥当という答申」に沿って法案を進めていると答弁した。野党議員から追及された大臣は「おおむね妥当」とは「一部反対意見」などが付いた場合の表現だと述べた(衆院予算委2月28日)。審議会の議論さえ「正しく」答申されていないことになる。
首相は法案への批判をかわそうと「裁量労働の方が労働時間が短い」という虚偽のデータに飛びついた。厚労省の責任だとして沈静化をはかるが、都合の良い数値を並べて一方的な主張を行ってきた安倍政治こそが事態の根本にある。
●「働き方」が「自分で決められる」!
今春、「働き方は自分で決める」というフレーズがTVコマーシャルから大量に流れていた。労働規制緩和派のいう「自律的な働き方」が若者向きにアレンジされている。
労働者は働き方を自分で決めることはできない。それが現実だ。安倍首相は<岩盤規制を破壊するドリル>となると宣言した。ドリルの先端は労働者に向けられている。
<データ改ざん>で法案の行方が揺れるなか、遺族である公述人に対して、自民党議員から唖然とする質問が飛び出した。
「国会の議論を聞いていますと働くことが悪いかのような議論に聞こえてきます。お話を聞いていますと、週休7日が人間にとって幸せなのかと聞こえてきます」(3月13日、「働き方改革」をめぐる公聴会)。これが「10年前に愛する社員を亡くしている経営者」であり「過労死のない社会を何としても実現したい」という政治家の発言なのだ(抗議によって後日、削除された)。
報道各社の世論調査では「働き方改革」について反対が賛成を上回っている。
企業の側も「慎重姿勢」だとの指摘がある。主要企業約100社への調査(共同通信アンケート)では「高プロ」賛成28%、「裁量制拡大は35%支持」だという。「いずれについても約6〜7割の企業が「どちらとも言えない」と賛否を保留した」。「制度の在り方について社会的な理解が深まらず、導入に戸惑いがあるからだ」との解説が付記されている(河北新報4月8日)。
「働き方改革」一括法案を廃案に追い込もう!
<資料/全労協の見解(2018年3月1日)>
■政府は高度プロフェッショナル制導入も撤回し、労政審の審議をやり直せ!
■野党6党は8時間働いたら暮らせる労働の実現に向けた統一案の策定を!
今国会は「働き方改革」国会だと言いながら法案はまだ閣議決定もされていない。
しかし衆議院予算委員会では、裁量労働制の拡大に関し首相や厚労大臣の発言が撤回されるという異常な事態になり、(2月)28日夜ついに裁量労働制の拡大は今回の法案から削除となった。
比較することができないデータを都合よくつまみだし、裁量労働者の方が一般労働者より労働時間が短いとして、「世界で一番企業が活動しやすい国に」にむけた裁量労働制拡大が目論まれてきたことが上西充子法政大教授や野党の追及で白日のもとにさらけ出され、2月21日の予算委員会中央公聴会の意見陳述並びに質疑で問題点はより明確になった。
問題は裁量労働制の拡大だけではない。年104日の休日と有休5日と健康診断を行えばあとは1日24時間×261日の連続労働も可能な高度プロフェッショナル制度も撤回し、労働政策審議会に差し戻すべきである。
また年間960時間もの時間外・休日労働を容認する36協定の特別条項も認められない。
全労協は「1日2時間、月20時間、年150時間」の上限規制を求めている。とりわけ1日の総労働時間の規制は重要だ。それなくして女性たちは「活躍」できないし、男女ともに人らしく生きることも、子どもを育てることも、介護をすることもできない。
国会のやり取りは参議院予算委員会に移ったが、全国過労死を考える家族の会の代表世話人寺西笑子さんの「命より大切な仕事はありません」「会社にとっては1つの駒でも家族にとってはかけがえのない命です」「国民の命を奪う法律を作ることは、家族会は絶対認めません」との発言を政府・与党は真摯に受け止めるべきだ。
労働現場の喫緊のもう一つ課題は、非正規労働者の格差是正だ!
この国から非正規労働者という言葉をなくすとぶち上げた「同一労働同一賃金」の実現も怪しい。
法案要綱では有期契約労働者を現行のパート法の対象にし、パート法8条・99条の適用で均衡・均等処遇を実現するとしている。非正規で働く人の7割は女性だ。その女性が多く働くパート労働で正規労働者と待遇が同じになった例など聞いたこともない。
法案要綱の案のままでは、非正規の賃金格差を「欧米並みの8割に」などの政府のスローガンは実現するはずがない。おまけに職務が同じかどうかの判断基準すら明らかではない。
今労働契約法20条を基に裁判が行われ、一部手当は是正との判決もあるものの、「雇用管理」という身分が違うなら、差別は当然と言わんばかりの判決が出ている。違いがあっても現在の「格差」が合理的なのかが問われるべきだ。
こんな状況で労働契約法20条の削除などもっての他であり、労契法に「平等原則」の規定を入れるべきである。
4月の労働契約法18条による有期労働者の無期転換権の発生を前に権利行使をさせないための雇止が増えている。さらに政府は労基法の適用をうけない「雇用されない働き方」を増やそうと検討しているが本末転倒である。今必要なのは「8時間働けば生活できる賃金」の構築だ。その一歩として、今すぐ最低賃金を全国一律1000円にし、早急に1500円を実現すべきだ。
昨年秋に公表されたジェンダーギャップ指数で日本はまた順位を下げ144カ国中114位となった。その原因は経済分野と政治分野における男女格差にある。2007年の指数は、日本は80位、フランスは76位、それが10年後、日本は114位に下がり、フランスは11位と順位を上げている。まさに政治の姿勢の問題だ。人口減少が始まった今、政治が取組むべきは、女も男も仕事、睡眠、自分の時間を持ち家事・育児・介護もできる真の「働き方改革」であり、企業のための「働かせ方改革」にさせてはならない。
■以上/宮城全労協ニュース318号(2018年4月19日)