宮城全労協ニュース/第336号(電子版)/2019年12月28日

台風・豪雨による大規模被災
便乗した政権の大型景気対策



「桜を見る会」に人々は憤り、あきれている。逃げを決め込んだ首相は12月9日、都内で講演した。「国会では、政策論争以外に審議時間が割かれていることを国民に大変申し訳なく思う」「防災、減災、国土強靱化を進め、未来の安心を確保する」。経団連会長は「この問題に何故固執するのか分からない。官房長官はよく説明されていると思う。・・野党には他の戦術がないのか。もっと政策論争をお願いしたい」とダメを押すかのように述べた(10日、定例会見)。それでも疑念は深まるばかりだ。各社の「内閣支持率」は何度目かの下落を示し始めた。

 政策論争を打ち切って国会を閉じたのは政府与党である。「日米貿易協定」も「中東派兵」もまともな議論はない。

 審議するほどボロが出る、国会は閉じるに限る。事実を明らかにすれば「モリカケ」をはじめ安倍疑惑の数々が再燃する。だから平気でウソをつく。時間が支持率を回復させるという成功体験にしがみついているのだが、ゴマカシと言われても隠すしかない。それが本音であろう。

 郵政と総務省官僚の癒着、さらにIRカジノ捜査と政治の闇が広がる。安倍政権を追いつめよう!


 2020年、激動の世界の中で東京五輪が開催される。「復興五輪」のふれこみで、国威発揚のための住民動員の波が地域に押し寄せる。企業は自動車、エネルギー、AIなどイノベーションを競う。五輪が終われば2021年3月11日に向けて国をあげての「大震災10周年」事業に引き継がれる。

 一連の過程が「安倍改憲」との攻防だ。まずは2020春闘へ進もう!


 
 以下、今秋相次いだ大規模災害に関する投稿を掲載します。




●台風・豪雨による大規模被災/
便乗した政権の大型景気対策




■反省なき安倍政権、内閣改造優先で遅れた災害対応


 2019年秋、台風・豪雨被災があいついだ。被害は広域かつ甚大で、宮城でも阿武隈川、吉田川流域をはじめ今なお復旧途上にある。

 昨年夏の西日本、一昨年の九州北部など豪雨被災が続いた。専門家集団が緊急メッセージを発表、地球環境の変化や気候変動の指摘に実感がともない、関心が高まった。

 今秋、東日本の内陸や太平洋側の各地は台風15号を皮切りに連続被災、多くの人々が犠牲になった。東日本大震災との「二重被災」も多数にのぼった。なぎ倒された電柱や水没した新幹線車両基地がこれまでの対策の限界を映し出した。

 政権のおごりと無反省が際立った。内閣改造による「空白」が批判された。河野防衛大臣は「雨男」だと無神経な言葉遊びで笑いをとろうとした。この類の発言は止まない。なにしろ総理大臣みずからが「忖度」と言って聴衆を湧かせるありさまなのだから。連続被災の間隙をぬうかのように、現職閣僚が二年半ぶりに靖国参拝した。

 政府与党はもう、昨年の西日本豪雨を忘れてしまっているか。7月5日午後、気象庁は記録的豪雨による危険が迫っていると避難を呼びかけていた。その夜、東京では自民党議員らの酒宴が催された。安倍首相ら閣僚を含めた写真がネット上に出回り、出席者たちは釈明と陳謝に追われた。「赤坂自民亭」の赤裸々な写真を投稿したのは当時の官房副長官であり、現在内閣の一員である。
 
 安倍政権の主要政策である「防災・減災・国土強靭化」が問われた。政権の自覚を問わねばならない。



感情をあらわにした千葉県の被災者たち


 気象庁は15号による大規模被害の可能性を警告していた。9月8日夜から首都圏の鉄道は緊急態勢に入っており、9日始発からほぼ全面的な計画運休となった。10日にかけて「成田空港」では閉じ込められた利用者が一万人に達した。政府の災害対策会議が開かれたのは、ようやく10日午後になってからだった。

 台風は9月9日早朝、千葉県に上陸し猛威を振るった。被害の実態も掌握されない日々が続き、孤立した被災者たちが案じられた。東京電力は電力回復の予測を何度も訂正した。
 
 千葉県上陸二日後の9月11日、内閣改造が行われた。後に閣僚を辞任した議員は、起用を知らせる首相からの電話が10日深夜にあったとブログで紹介している(NHK・WEB特集)。テレビの情報番組はさながら小泉入閣フィーバーの状態だった。

 被害の深刻さが明らかになるにつれ、メディアの姿勢が変わった。県知事の言動に疑問が投げかけられた。

 首相と官房長官は政府対応に問題はないと押し通した。政府は批判の矛先を東電に向け、そうして東電は政府に謝罪した。被災者は二の次だったのだ。首相が繰り返した「プッシュ型支援」について、被災地のニーズと合わないという声があがっていた。政府は事態を掌握しているのか、不信が広がった。

 その後も被災地は、相次ぐ台風と低気圧いよる大雨に翻弄されていった。「我慢強い日本人」「暴動や犯罪など起きない礼節の日本人」。こうした報道に徹してきた感のあるメディアは今回、千葉県被災者たちの怒りといらだちの肉声や疲労困憊の姿を伝えた。災害に関連した犯罪や詐欺まがいの行為に注意が喚起された。

 日本農業新聞は次のように報じている。

「千葉県の被害確認も遅れたとの批判も広がる。国と県の対応が後手に回ったと言わざるを得ない。内閣改造は延期し、災害対応に当たるべきだった。政府は初動の遅れを真摯に受け止め、今後の対策に全力を挙げてもらいたい」「一年前の北海道地震での教訓がどこまで生かされたのか。防災に対する検証も今後必要となる。」(「台風15号後遺症/初動検証と早期復旧を」9月23日)*注

 10月5日、首相は国会開幕にあたって所信を表明した。台風被害は地方創生の三番目の項目、「成長戦略」「農産物輸出」に続く「災害に強い故郷づくり」の一部に付け足しのごとく扱われている。しかも、問題はあくまで東電なのだ。

「台風15号による大規模停電では、多くの方々の生活に甚大な影響がでました。今回の対応を徹底的に検証します。災害時における復旧の加速化、電力インフラ維持の方策について検討し、速やかに対策を講じます。」

 所信表明の二日後には新たな台風が洋上で急速に発達していた。一週間後、19号は大規模な水害を東日本各地で発生させた。


 
(注)記事は最後に「千葉県や茨城県は全国を代表する大農業県である。米から野菜、果樹、農畜産物まで多彩で、日本の食卓を支えてきた。政府は(中略)全面的に支援する方針だが、被災による離農があってはならない。営農継続への支援を重視しながら、きめ細かい支援を求めたい」と記している。

 連年の被災が離農を拡大させる危険性は東日本大震災被災地でも指摘されている。



「まずまずにおさまった」という幹事長発言(19号)


 洋上で発達した19号が迫っていた。12日夕方から夜半に東海から関東にかけて上陸するだろう。「広い範囲で記録的な大雨や暴風となる恐れがある。大雨特別警報を出す可能性もあり、気象庁は・・警戒するよう呼びかけている」(朝日新聞、宮城での10月12日朝刊)。

 12日、16都県の84カ所で過去最大の24時間降水量を観測したという。19号は北上し、東北の大震災被災地が被害に直面した。多数の河川氾濫が発生、行方不明者の捜索が続けられた。13日、自民党の緊急会議で二階幹事長の異様な発言が飛び出した。「まずまずに収まったという感じだ」。

「予測されていて色々、言われていたことから比べると」という注釈が直前にあり、「それでも相当な被害が及んでいるので、対策を早急に打っていかなければいけない」と締めているが、その口調には被災者たちを傷つける響きがあった。だから発言は二日後に撤回された。だが政府与党はこれを問題にしなかったし、報道も一時のエピソードのように収束していった。

 そのような中でも、この発言に言及した記事があった。「国土強靭化を唱えているこの人まで…と嘆きたくなった。」(毎日新聞コラム「与良政談/「二階氏が「まずまず」とは」10月17日)

「注視すべきは福島、長野など東京以外の甚大な被害の詳細がまだ明らかになっていない時点での発言だった点だ。二階氏は東京の人的被害は少なかったと見て「まずまず」と言ったのではないか。」こうして二階発言は「まだ東北だったから良かった」という、元復興大臣の発言を想起させるものだった。

「気候変動により「経験したことのない台風」は常態化する可能性が高い。国民の安全保障とは。限られた予算の中、優先順位を考え直す時だ」とコラムは結んでいる。まさに正論だ。


 幹事長の発言は威圧的な印象も与えた。政治的な意図があったか検証されてはいないが、気象庁に影響を与えたのではないか。安倍政権下での数々の事例を振り返ると、そのような危惧は誇張ではないと思える。

 気象庁は11日「狩野川台風に匹敵する可能性がある」との表現で警告を発した。「異例の対応」と報道された。確かに「カノガワ台風」と聞いて、半世紀以上前の体験や記録を呼び起こして重大さを認識した人は多くはなかっただろう。

 幹事長発言との関連は不明だが、気象庁長官は16日定例会見で「我々の危機感を伝えるには適切だったが、住民の受け止め方は検証する必要がある」と述べた(毎日新聞)。その後、気象庁は検証会合の告知をホームページに掲載した。

 気象庁が災害の予想に際して「命を守る行動」を呼びかけるようになったのは、いつ頃からだろうか。安倍首相の官邸からのテレビ対応が話題になってきた。首相は作成された文書を読み上げてアピールし、一方、担当各大臣はどこで何をしているか人々には分からない。奮闘する気象庁との落差に政治家や報道はあまりに無頓着なのだ。(15号での批判が影響したのか、19号では国土交通大臣や環境大臣などがテレビに登場していた)



大災害に便乗した大型景気対策


 首相は連続被災への対応として大型財政出動を打ち出した。19年度補正と20年度当初予算の一体編成による「切れ目のない」対策であり、河川・堤防・ダムの防災対策など国土強靭化基本計画の見直しも含むとされた。二階幹事長は首相方針を後押しした。「規模感は大切だ」という声が閣僚から上がった。

「真水10兆円」などの政界の声に対して、経団連会長は「そのままの金額では通らないのではないか」と「極端な大型」には一応の抵抗感を示したが、政府与党から反対の動きは起きず、総額26兆円(事業規模)の経済対策が12月5日、閣議決定された。

「災害対策が超大型の予算要求へとすり替わった印象」「経済対策も金額ありきで違和感がある」と著名なエコノミストの発言が紹介されていた(朝日新聞)。

 安倍政権の大型財政出動に対しては、財政規律を緩めるなどクレームや苦言が繰り返し表明されてきた。今回も多数のメディアが主張した。日経新聞は公共事業に積み残しが目立つと指摘、建設現場の人手不足など「執行に課題、経済押し上げ効果は不透明」だと<そもそも論>を展開した(12月21日)。

 つまり総じて積極支持はなかった。そこで「災害対策」に加え、ナンバーカードによるポイント助成、小中学校の一人一台のパソコン配備などを「目玉メニュー」として散りばめたというわけだ。

 安倍首相は「令和最初の経済対策にふさわしい力強い政策パッケージ」だと自画自賛した。これにより実質国内総生産(GDP)が1.4%ほど高まるというのだ。10%消費税の影響をやわらげる景気対策が政権支持をつなぐためになんとしても必要であり、その「規模感」を演出するために災害に便乗したのだ。

「災害対策」という景気浮揚策は安倍政権の常套手段となった。「国土強靭化」は政権維持装置としての公共事業に組み込まれた。



「打ち出の小槌」と化した「防災・減災・国土強靭化」

  
 そもそも2019年度当初予算には「消費増税対策に2兆円」が盛り込まれている。キャッシュレスのポイント還元やプレミアム付き商品券など大盤振る舞いだった。2兆円の実に6割、1兆3475億円が「防災・減災・国土強靭化」予算だった。

 自民党への政治献金は政権復帰後増え続け、2018年の企業・団体献金では「業界別の献金額で建設業界が自動車業界を抜いて、トップに立った」。「国土強靭化を歓迎」と朝日新聞は報じている(12月17日)。

 政権交代の前後、「公共事業の効果」を重視する主張が、民主党の「コンクリートから人間へ」に対する批判としてなされていた。東日本大震災直後に「国土強靭化」という言葉が浮上した。強靭化論者が第二次安倍政権の内閣府参与に就任した(2012年)。二階幹事長が政策のバックボーンとなった。

 この内閣府参与は一年前、辞職したという。10%消費税への異論が背景にあり、人事に影響したのではないかと憶測を読んだ。政権の看板政策の一つなのである。首相は経過を説明すべきだ。

 首相は「防災・減災・国土強靭化」をキャッチフレーズ化して使用しているが、言葉が独り歩きしているのではないか?三つの分野はどこに、どのようにあるのか(国から地方まで、部署も予算も)、首相は説明してきただろうか。

 政権を奪還した安倍首相は2013年1月、所信表明で「震災復興」を一つの章とし、復興にかかわる政府体制の(民主党政権時代からの)「大転換」を宣言した。続く施政方針演説では「世界一安全・安心な国」のために「強靭な国づくり」が急務だと国家主義的色彩を前面に出し、犯罪やサイバー攻撃や悪質商法なども列記した。「事前防災・減災」と「国土強靭化」が結び付けられ、一体化していくのは2015年以降であり、優先的な公共事業という性格を強めていった。

 2019年1月施政方針は「国土強靭化」を独立した項目として登場させた。前年の「豪雨、地震、暴風、猛暑」は「異次元の災害」だった。もはやこれまでの経験や備えだけでは通用しない。「命に関わる事態を「想定外」と片付けるわけにはいかない」。こうして「7兆円を投じ、異次元の対策」が打ち出された。

 全国で二千を超える河川、千カ所のため池、一千キロに及ぶブロック塀、四千キロメートルを超える水道管、八千カ所のガソリンスタンドが列記されている。さらに「風水害専門の広域応援部隊」を全ての都道府県に立ち上げる。こうして「ハードからソフトまであらゆる手を尽くし、三年間集中で、災害に強い国創り、国土強靭化を進めて」いくと演説したのだった(2019年1月28日)。

 その国土強靭化政策と政府与党の姿勢が今秋、問われたのだ。

 河北新報は「国土に死角が生じている/台風19号と震災被災地」と題する社説を掲載した。

「7兆円の事業費を投じる土木工事を中心とした取り組みと今回の震災被災地の被害を重ねると、強靱化の行方は不安を拭い切れない」「災害に対する死角が、国土に次々と生じている」

「震災で、私たちは自然の猛威にあらがえないことを知った。生活を守ること。命を守ること。政治、行政、住民がそれぞれの立場で最善を尽くす必要がある。それが甚大化する自然災害に向き合う人為と人知であり、防災・減災の原点になる」(11月19日)

「二重被災」の地元新聞の主張として検討されるべきだ。



被災者の声を政府にぶつけよう


 官房長官は災害対応の検証を2020年3月までにまとめると述べた。朝日新聞(12月24日)によれば、その中間取りまとめの原案では15号の政府初動に「課題はない」が、千葉県については「受身の姿勢」が指摘されているという。

 安倍政権下では有識者会議や各種審議会などの失墜が著しい。典型的な例は「統計不正」での「身内検証」だった。災害検証についても被災者、被災地の声がどれだけ反映されるか、注視する必要がある。

 想定外であったという声の一方で、過去の経験が生きたという指摘がある。いずれにしても被災地の多くが過去、水害と関係があった。振り返れば水害との闘いの歴史だった。

 長野をはじめ、各地で住民たちが行ってきた行政への請願がクローズアップされている。今回の専門家たちの見解を聞けば(たとえば堤防の決壊は多くが「陸側からの越水」が原因であった)、住民たちの体験に基づく感覚は正しかったのではないか。

 記録的な水量や降雨の継続が甚大な被害をもたらしたが、住民体験が積極的に教訓化されてこなかったことが一因との指摘もある。

 仙台市は「1986年の「8.5豪雨」を教訓に雨水対策を強化したが、膨大な費用が足かせとなり、進んでいなかった」(河北11月18日記事)。県北吉田川流域は何度も水害に悩まされてきたが、抜本的対策はなかなか進んでこなかった。

 大崎市では渋井川でまた氾濫、「なぜ4年前を繰り返したのか」「人災ではないのか」と住民から声があがった(*参考/ニュース289号「豪雨水害の現場で思うこと/大崎市在住の組合員から」15年10月)。

 河北新報は昨年春から一年間、「阿武隈川物語」を連載してきた。長期シリーズの中で水害も取り上げられ、流域住民は水害の記憶とともに生活してきたことが記されている。連載は最近、加筆修正のうえ刊行され、その書評が河北新報に掲載されていた(12月15日)。

「治水編は甘さがあった。下流の(宮城県)岩沼市、中流の(福島県)郡山市など主要地域の対応に焦点を当てたが、全体を見渡す視点が乏しかった。台風19号の教訓に鑑みれば支流についても注意を払うべきだったろう」。意欲的で貴重な連載であったからこそ、「甘さ」への反省が重さを持つ。河北新報は台風災害後<決壊>をシリーズ化し、阿武隈川に続いて吉田川が特集されている。


 大規模広域被災であった。多くが課題として指摘されているが、いくつかあげてみよう。

 〇「災害弱者に届かなかった情報」「動けなかった在宅高齢者」
 〇避難所までの移動と避難所の設置場所の再検討
 〇「国際赤十字基準」に程遠い日本の避難所
  /避難者が援助を受ける権利 
 〇災害マップの整備と活用
 〇自治体専門職の増員
 〇国交省管轄の大河川と地元中小河川の関係、地元意見の尊重
 〇森林環境と水害の関係、調査と対策
 〇「自助・共助・公助」とボランティアについて(付記)



(*付記) 災害に直面したとき、自助と共助がその瞬間に生死を左右することが指摘されてきた。今回の被災でも具体例が報道されている。しかし、それが「公の責任回避」に使われることは本末転倒だ。

 ボランティアはもはや災害救援、復旧・復興に不可欠の存在となっているし、「人間性の回復」「一過性でない被災地域との関わり」など多面的側面からも重要視されてきている。同時に、国や行政は「無償労働力」として織り込んでいるのではないかという批判がある。

 今回、ボランティアの側から「課題」があげられている(例えばNHK「視点・論点」)。被災地の側では、自分一人ではどうにもならなかったという感謝の一方、ボランティアに来てもらえないという声もある。被災地で期待と落胆が交錯していることも事実だ。メディアの取り上げ方が復旧・復興格差につながるという現実は昨年の北海道地震でも指摘されていた。

 大震災被災地での多くの経験もいかした議論が求められていると思う。


2019年12月25日(U・J記)


■以上/宮城全労協ニュース336号(2019年12月28日)