宮城全労協ニュース/第341号(電子版)/2020年5月10日
綱渡りの「宣言延長」
無能・無策の批判高まる



「延長」から「前倒し解除」?


「緊急事態宣言」は5月末まで「延長」された。不本意であることは首相の表情が物語っていた。「延長は断腸の思い」と言いつつ、「解除」を可能とする状況には至っていないと認めざるをえなかった。一方で首相は「専門家の評価を得た上で、可能であると判断すれば(前倒しで)解除する」とも述べた。政権への期待をつなぐ意図が感じられた。

「ひっ迫した医療現場の改善に一ヶ月程度の時間が必要」という状況が十日間で解決するというのだろうか。専門家を盾に責任追及をかわそうという思惑も見え隠れする。新たな「緩み」につながりかねない、危うい発言ではなかったか。

「宣言」直後には東京都との間で、休業要請の対象をめぐって対立した。特定対象の範囲では愛知県などから異論が出た。自治体単独の対策と「広域移動圏」の協力のかねあいが重要という意見も当然だった。

 自治体側にも事情があったにしても、政府方針の曖昧さが現場とのあつれきを広げた。混乱を印象付けるのは大きなマイナスだと専門家からの批判も出た。今回も政府と自治体の「足並みの乱れ」が表面化した。大阪府が解除の「独自基準」を策定し、判断すると主張、これに対して「西村大臣が不快感」と報じられた。

 こうしたなか、全国で感染確認者が一定期間、抑えられている県は独自の判断を迫られることになった。特定警戒の対象外とされた県の相当数が、連休明けから休業要請の解除など「経済活動の再開」に踏み切った。

 宮城県は休業・時短要請を解除、その一方、県立学校は5月末まで休校、市町村教委にも同様の措置が要請された。医療関係者や事業者などから警戒の声が上がった。地域的な連携や支援のあり方についても現場から問題点が指摘されているなかでの知事の決断だった。議会の審議はない。

 経済の打撃は大きく、痛みは今後、倒産や失業となって広がるだろうと予測されている(NHK仙台のニュースによれば、アンケートへの回答企業の半数が影響は大震災よりも厳しいと答えた)。「感染防止と経済の両にらみ」(河北新報)だ。県知事と仙台市長は共同会見を開き、解除が緩みであってはならない、「第二派」を招いてはならないと語気を強めた。感染増加の兆候を見逃さず、適切な対応をとることが不可欠となる。登米市は県内で初めて「発熱外来」を設置した。自治体の対策はいっそう強化される必要がある。

 不安と緊張の中での労働と生活が続く。「医療崩壊」「介護危機」との闘いをはじめ、敬意と連帯が社会と職場に求められている。


「正しい情報」と「冷静な行動」(安倍首相)


 3月下旬の連休の「緩み」が東京をはじめ感染急増をもたらした。特に東京は五輪対応に忙殺されたことも影響しているだろう。小池知事のマスコミ登場が頻繁になったのは、五輪の延期と自民党の都知事選への対応が一定の決着を見た直後からだった。詳細はあかされていないが、これらの経緯はいまではもう定説のように語られている。

 首相は新法にこだわって時間を浪費し、しかもその後「状況は持ちこたえている」と言い続けた。医療機関や保健所などの懸命の活動にもかかわらず、重症患者を救えないケースが増大していた。政府は有効な対策を打てないまま、数合わせのような緊急経済対策とあわせて「緊急事態宣言」を「発出」し、10日後には全国に拡大した。

 首相は4月7日「宣言」の場で「正しい情報に基づき冷静な行動」を訴えた。批判を受け入れず、独断と思いつきを繰り返した首相の言動こそが、「マスク」から「PCR検査」まで人々の疑心暗鬼を広げてきたのだ。記者会見では対策が失敗だった場合の責任を問われ、「私が責任を取ればよいというものではない」と突き放した。
 
 4月15日、厚労省クラスター対策班の専門家から、行動制限が実行されないと重篤な感染者は85万人に達するという試算が示された。このように専門家たちの危機感が国民に直接、伝えられるということが相次いだ。専門家たちのそれぞれの見解が、その相違を含めて広く知れ渡り、人々の理解や行動の参考とされるのは必要かつ重要なことである。しかし、そのことは同時に、政府の説明責任が問われるということでもある。「PCR検査」が拡充されない疑問は解消されないまま「緊急事態」が日常化していった。

 死亡者は600人を超えた。厚労省発表では4月7日時点の「国内での死者」は80人である。

「宣言」以降、不審な死や突然の死についての詳細が伝わり始めた。警察庁は4月中旬までの約1カ月間で、東京など計11人の「変死体」が新型コロナウイルス感染の陽性だったと確認した。朝は異変がなかったが、夜、家族が返ってみると死亡していたという事例も注目された。発熱などの自覚症状があっても休みがとれない、危険だと思っても「三密」を回避する職場環境ではない。こうした事情によって感染が拡大したケースも指摘された。

 感染確認チェックや医療機関とのアクセスが臨機応変になされていれば、救えた命もあったはずだ。そして、そのことをもっとも知っていたであろう医療や保健衛生の現場からは、マスクがない、防御手段が枯渇している、家族が差別にあっていると悲鳴があがっていた。

 失政こそが犠牲と悲劇を広げてきた。政治の敗北であるという自覚が、首相をはじめ為政者たちにあるか。政府の責任が問われねばならない。


揺らいだ政府・与党


 3月末、東京で感染確認者が急増したとき、小池知事は「国家の判断」を首相に迫った。さながら両トップが注目と求心力を求めて仕組んだ「競演」のようだった。しかし、政権への不満や批判は「宣言」以降も収まらなかった。

 休業・イベント中止・自粛は経営と職場、生活を直撃した。「休業・自粛には補償」の声に対して、首相は個別の休業補償に否定的な考えを変えず、しかも説得力のない言い訳を続けた。「中止や自粛は甚大な影響が及ぶが、ある特定の業界にお願いしても損失はその業界にとどまるものではない。個別に補償していくということではなく、困難な状況にある皆さんに現金給付を行いたい」。首相は小売店の売り上げ減少を例にとり、収入減は納品する人たちなども同じであって、小売店だけを補償することは現実的でないと主張していた。財務省の抵抗なのか、「直接補償」は資本主義政府の原則論として受け入れられないのか、説明はなかった。

 事業者、各種団体、労働組合などから政府への要求が続いた。「遅くて少なすぎる」という批判が広がった。これらの動きは与党や経済界にも波及していった。与党からは「給付金」について注文がついていた。

 4月16日、政府が「30万円給付」の具体策を検討しているさなか、与党トップからの直談判が首相を追いつめ「一律10万円給付」に変更された。急転直下の異例の事態だった。繰り返される官邸主導、側近主導、独断に対する反発が背景にあった。首相は「混乱の責任は自分にある」と陳謝した。一連の疑惑追及でもなかったことだ。

 経団連会長らは4月15日に開催された経済財政諮問会議に「雇用を守るために」と題する資料を連名で提出した。緊急経済対策で示された「雇用、家計、事業を守り抜く」という政府姿勢を一刻も早く実行に移すことが必要である。同時に雇用を守り抜く方策を検討すべきだ。「その段になって考えるのでは間に合わない」。こうして「中小企業等の雇用」をはじめ「大企業」「観光・飲食・イベント分野等」「非正規労働、フリーランス・個人事業主」「学生等」「農業や介護分野」の6項目が検討課題としてあげられた。

 首相は「緊急事態」にあたって西村大臣を兼務させたが、「経済対策とコロナ対策」が同一人物であることが矛盾を来たさないかと指摘されてきた。経団連はすでに「新型コロナウイルス対策に関する緊急提言」を打ち出しており(3月30日)、「終息後の潜在成長率に回帰するための施策展開」に備えるためにも「当面の危機対策」の早期実行を政府に迫ることが必要だったのだろう。


「コロナ・パンデミック」利用主義への対抗


 首相は5月8日、米国トランプ大統領と電話会談を行った。五輪延期をIOCなどと合意した3月下旬も、首相はトランプと電話会談し、その後「延期」への動きが急展開していった。会談は日本側が求め、「感染拡大の防止策や治療薬の開発」「経済再開」などに日米両国が連携することで一致、外交や五輪での協調も議論されたという。「感染拡大対策」の愚行を批判されるトランプは中国とWHOを攻撃し、矛先を変えようと躍起だ。ヨーロッパをはじめ中国の特に初期対応について疑念を持つ国々は多いが、このようなトランプの姿勢には同調していない。安倍首相のトランプとの友好関係は「パンデミック」のなかでますます際立っている。

 安倍政権は疑惑追及を無視し、検察庁法の改正案で強硬姿勢を見せるなど局面の転換をねらっている。4月7日、「宣言」の発令に関する衆議院運営委では「憲法改正による緊急事態条項の創設」を主張する維新の会議員の発言に対して、首相は重くて大切な課題と応じた。維新の会議員は4月29日には、医療を国防と関連づける議論を行った。首相は「常に感染リスクに向き合う医療従事者の処遇改善」という一般論で答弁したが、今後の検討にも言及した。「パンデミック」を利用した安倍改憲の仕切り直しが策動されている。

「パンデミック」を経た社会はこれまでと同じではありえない、変化に直面せざるをえないという議論がさかんに行われている。労働者民衆への犠牲につながる規制緩和やシステム再構築の主張が目立つ。「コロナ危機」は転機という一般論で済ますわけにはいかない。すでに位置情報の利用は政府かマスコミかを問わず常態化している。マイナンバー登録にも弾みがついているという。

 テレワークが官民一体で促進されている。その利用実態(導入率)の正確さも定かではないのに、作業効率の向上が一方的に宣伝されている。「働き方改革」をこの機に一挙に進めようとする動きにブレーキをかけよう。

「9月入学」もそうだ。小池都知事は「9月入学は以前からの持論」「混乱が生じるとは思うが今が混乱だ、そういう時にしか社会は変わらない」と述べた。全国知事会では宮城県知事は積極的な主張を行った。大震災直後の水産業特区導入論と同じだ。「災害利用主義」への対抗が社会運動の様々な分野で訴えられている。

 新型コロナウイルスの感染拡大は医療、保健や介護の深刻な危機を社会に突きつけた。危機の背景には競争原理の導入という政策があった。保健所に電話相談して検査を依頼するという方針が破綻、あるいは機能しなかった最大の原因は(厚労省などの思惑はともあれ)「保健所がパンク」したからだ。保健所の数は過去30年間で半減させられていた。保健所統廃合・削減の政策が誤りであった。

 福祉予算は高齢化によって膨れ上がり、少子化社会では支えきれないという主張がまかりとおり、福祉削減は改革の試金石とされてきた。その結果がいま「コロナ危機」となって人々を、弱者を犠牲にしている。誤りと失敗の反省を「パンデミック」からの再出発とするよう、数十年間で植え付けられた価値観の転換が求められている。政治の変革、安倍政権の退場がいよいよ必要だ。

(投稿/U・J)2020.5.9


■以上/宮城全労協ニュース341号(2020年5月10日)