宮城全労協ニュース/第360号(電子版)/2021年7月15日

「東京五輪」の中止を!
「復興五輪」押しつけを止めよ!



 7月8日、状況は大きく動いた。政府は東京に四度目の「緊急事態宣言」を発令(沖縄は延長)した。「まん延防止等重点措置」は北海道、愛知、京都、兵庫、福岡では「解除」、首都圏3県と大阪府では延長した。期間は7月12日から8月22日、予定されている五輪日程の全体が含まれた。

「有観客」方針は土台から崩れ、東京・首都圏は「無観客」に追い込まれた。「宣言」の効果が疑問視されるなか、ワクチン接種や閣僚発言など政府の混乱も続発している。

「国民の支持なき五輪」である。感染急拡大だけではない。豪雨、高温、地震など「東京の安全」は保障されていない。首相はこの間、パラリンピック重視の姿勢を強調しているが、その「安全安心」の危機には触れていない。

 組織委員会は福島、宮城、札幌、静岡での「有観客」を決定した。地元の反発によって札幌、続いて福島が「無観客」に転じた。宮城県知事の受け入れは県民との合意のない唐突なもので、戸惑いと批判が県内外で広がっている。秋田に続いて山形県知事も反対を表明した。仙台市長は13日、「無観客」を組織委員会に要請すると発表した。県医師会、仙台市医師会、東北大学病院は連名で無観客を求めた。

 宮城県、仙台市では6月下旬から感染拡大の兆しが見られ、警戒感が高まっていた。東京の緊急事態宣言は感染の全国拡大を阻止するためでもあると政府は説明したが、地方での「有観客」はこれに反する。知事は12日の記者会見で「楽しみにしている客が観戦できないのは極めて不公平」と述べた。県などに抗議が殺到している(*参照)。

 被災地での「有観客」は土壇場での「被災地利用」だ。「復興五輪」はいまや政府と組織委員会の失態を覆い隠す隠れ蓑のようだ。宮城県知事は「失敗例になるリスクもある」と言いながら受け入れ表明を変えていない。撤回を求めよう!


〇宮城県と仙台市は13日、新たに30人の感染を確認と発表。30人台となるのは先月4日以来で前週から倍増した。「実効再生産数」は11日の時点で1.53。12日までの直近1週間、人口10万人あたりの感染者数は宮城県6.11人と全国で16番目。ともに上昇を続けている。

〇14日、宮城では二カ月ぶりに感染確認者数が40人を超えた。東京では同じく二カ月ぶりに千百人を超えた。5月8日の第4波ピークより高い。大阪でも先週の倍になった。東京近隣県の増大も顕著だ。


(*)参考/河北新報「緊急アンケート」7月11日
   <五輪有観客「反対」84%、「賛成」15% 本紙ネット調査>


(U・J記)



「緊急事態宣言」下の東京五輪


 菅首相は4回目の緊急事態宣言を発令した。政権浮揚の最大の機会と位置付けた東京五輪は「無観客」開催に追い込まれた。

 首相の失敗は明らかであり、政権運営への打撃も大きい。都議選での予想外の苦戦とあいまって、首相に対する評価が与党の中でも厳しさを増している。

 G7で支持をとりつけた首相の国際的な信用も損なわれることになった。中国・北京冬季五輪を来年に控え、東京五輪は予定通りに開催、成功させねばならない。G7の支持とはそういうことだ。緊急事態宣言と「無観客」は日本の大失態となった。

 首相は1月、昨年来の経験が蓄積されているので効果的で集中的な対策が可能だと強気を見せた。だが「短期集中型の対策」は進まなかった。専門家たちの指摘や野党の主張に向きあおうともしない。あれだけ問題になった「COCOA」はどうなったのか、対処方針に盛り込まれた追加対策はどうなっているのか。対策に全力を尽くすと繰り返すだけで、教訓化や見直しには興味を示さない。無気力ともいえる答弁や会見が続いた。

 第一波以降の時間の浪費が一月以降も繰り返された。そのような菅政権にあっては、ワクチンが「切り札」と強調することは、失敗を教訓化する必要不可欠な作業を軽視することにつながった。

 首相は「ワクチン」で「勝負」に出たのだという。米国で薬剤メーカーに直談判した。防衛当局に大規模接種を担わせ、経団連や大学当局に「職域接種」を求めた。総務省の地方自治体に対する要請と点検は「上から目線」の「圧力」だった。

「ワクチンも早い者勝ち、強いもの勝ちなのか」と抗議する声があがったが、首相は無視するように「1日100万人」の号令をかけつづけた。「一気呵成」の「ワクチン大作戦」だと称賛する声さえ上がった。そして、皮肉にもそのワクチン接種が急減速した。供給量に対する過度の楽観があった。最初から疑問視されていた全国的な情報集計システムも十分に機能せず、現場は大混乱に陥った。

 東京ではふたたび、感染確認者数が一週間前を連続して上回る日々が続きはじめていた。3月から4月、非常事態宣言に至った道であった。しかも、これまでとは異なる状況だと専門家たちは指摘していた。感染確認者数が下げ止まりから上昇し始める起点は前回よりも高く、上昇カーブは急だ。変異株の置き換わりが始まっているとの警告だった。その間、感染防止対策は成果をあげず、重点措置の延長どころか4回目の緊急事態宣言は不可避となった。

 東京五輪を政治日程に位置づけ、その予定通りの開催から逆算して「ワクチン接種」による逆転を企図した菅首相のシナリオは破綻した。

 中止もしくは再延長は不可能だったのか。パンデミックは克服されておらず、世界で防止対策に集中すべきだ。この状況では「公平な五輪」にはならない。放映権など「五輪改革」を掲げずとも、そのように訴えて中止もしくは再延長を探る道はあったはずだ。可能性を排除し、安倍後継として既定方針に執着した菅政権の限界であった。

 開催予定日が刻一刻と近づいている。「困難の中で開催する」ことが開催意義となった。首相の言葉はますます空虚なものとなっている。


「国民の支持なき東京五輪」


 非常事態宣言は「無観客」の決定打となった。だが事態を動かしてきたのは五輪への異議、疑問と批判の高まりであった。予定通りの開催を求める声は各種の世論調査で少数派である。多数は「パンデミック下の五輪」の開催に一貫して否定的、消極的であり、それは都議選でも示された。

 一年前、NHKは世論調査の結果を「「さらに延期」「中止」が66%」と報じている(2020年7月22日/「さらに延期」35%、「中止」31%、「開催すべき」26%)。

 NHKはその後、設問を変えたことを問題視されたが、一年後の調査結果は政権と組織委員会にとってますます厳しい(*2021年7月12日NHKニュースより)

(*)東京など首都圏での「無観客」決定について/「適切だ」39%、「観客を制限して入れるべきだ」22%、「観客を制限せずに入れるべきだ」4%、「大会は中止すべきだ」30%
(*)東京大会を開催する意義や感染対策についての政府や組織委員会などの説明について/「大いに納得している」3%、「ある程度納得している」28%、「あまり納得していない」42%、「まったく納得していない」23%


 五輪開催は決定事項と首相が明言するなか、尾身茂「分科会」会長の発言は大きな反響をよんだ。

 パンデミックでは開催しないのが普通であり、開催するのなら対策が必要だ。「政府や関係者が強い覚悟で感染対策などに取り組む必要がある」。尾身氏は感染の全国拡大リスクを指摘し、「選手どうしや、選手と一般の人が接触することよりも、国内での人の動きをどうやって抑えていくかのほうが、はるかに大事だ」「みんなで肩を組んで応援したいような気持ちを抑えることが期待されているのであれば、大会会場での『お祭り騒ぎ』のような雰囲気をテレビで見て、国民はどう思うか。国民の理解と共感を得ることが非常に重要だ」と踏み込んだ。

 発言は専門家たちの連名による提言につながっていった。発言と提言には五輪中止を明確に求めていない点への「批判」があり、また同じ理由での「支持」「理解」もあるが、影響の大きさは直後の政府・与党などの緊迫した反応が示している。厚労大臣は「個人的研究」と突き放したが、直後に釈明に追われた。最も象徴的だったのは五輪担当大臣の発言だった。

 丸川大臣は6月4日、五輪開催での対策の積み重ねが「本格的に社会を動かしていくときの知見になる」「どのように社会を動かしていけるかをシェアできたら安心安全につながる」と述べ、次のように続けた。「われわれはスポーツの持つ力を信じて今までやってきた。全く別の地平から見てきた言葉をそのまま言ってもなかなか通じづらいと実感する」。

 東京五輪は自分たちの聖域であると言わんばかりではないか。6月22日には会場内での酒類提供に関して「大会の性質上、ステークホルダーの存在があるので」と述べた。

「聖火リレーが始まれば気分は変わる」、そんな期待感はしぼんでしまった。リレー自粛の影響だけではない。その自粛の中で一部企業の傍若無人というべき行動があった。3月、スタート地点の福島で協賛企業の「お祭り騒ぎ」に沿道の住民は「憤激」と報じられた。だれのための五輪なのか。それがリレーの出発地、福島で問われたのだった。


●宮城の「有観客」開催表明/知事の独断と野心


 NHKは9日深夜、「宮城では上限1万人で「有観客」に」と、東京で取材に応じた知事の声を報じた(東北ニュースWEB)。

 県内の感染状況が落ち着いている、プロ野球などが観客を入れて開催されている、会場立地首長からも開催すべきの声があったなど、受け入れ理由をあげている。「復興五輪という位置づけ」にも触れている。「しっかりとした感染対策」を行うと述べ、加えて「感染が拡大した場合に無観客という選択肢もあるのか」という点については「国のほうで調整」を考えていかねばならないとも述べている。

 唐突な表明であった。12日、定例記者会見では次のように語った(宮城県hp)。

 プロスポーツなどのイベントも県内で開催されていて「同じ扱い」だ。楽しみにしている人が観戦できないのは「不平等」だ。知事は「有観客」のメリットをあげながら「一方で、この試合で大量の感染者が発生したら、失敗例になるリスクもある」「メリットもデメリットも両方あるが、しっかり対応すれば、成功のうちに五輪を終えられるのではないか」とも述べた。失敗した場合の責任は触れられていない。
 
 知事は「現在、県内は『ステージ2』の状況で、そのほかの大規模イベントはルールどおりやっているので、その範囲内であれば全く問題ないと考えている」と述べた(NHK東北WEB/13日夕刻)

「落ち着いている」という知事の判断は不可解だ。

 6月13日、酒類提供店などへの時短要請は仙台市青葉区でも解除された。3月25日から全県で続いてきた要請は区切りを迎えた。知事は14日の会見で「また感染の波が来る」と「自重した行動」を求めた。19日からの「聖火」県内リレーはネットで生中継するので「できれば自宅で観覧してほしい」と県民に自重を促したと報じられた。急激な人出の回復への警戒感には3月、4月の知事の反省があると思われた。

「有観客」受け入れの説明は知事の発言と矛盾している。しかも感染状況は深刻化している。

「県は7月7日、対策本部の会議で『感染再拡大防止徹底期間』を8月31日まで延長した」「県内外でリバウンドの火種がくすぶり、現行の感染対策を続ける必要があると判断した」(河北新報7月8日)。知事は会議後、「県内の感染者数は安定しているが、油断できない」「県民は緊急事態宣言と同じくらいのものと受け止めてほしい」と呼びかけている。

 7月8日、仙台市は「感染再拡大の兆候をつかむ3指標のうち、実効再生産数、感染経路不明者数の2指標が「警戒の目安」に達したと明らかにした」(河北新報7月9日)。


「五輪の成功で県民の意識が高揚するのは重要なことだ。国内外から、宮城は困難を克服した県だという評価をいただけるかもしれない。長い目で見ると、県にとってプラスになる可能性は十分ある」(12日、定例記者会見)。
 
 これが知事のこだわりなのだろう。「有観客」受け入れの結論が先にあるのではないか。宮城県が困難を受け入れることは<レガシー>になりうるという期待、政治的な野心が知事の発言を支えているのではないか。


「東京は安全」/被災地を足蹴にした「復興五輪」の因果


 安倍前首相が延長にあたって位置づけた「完全な形」は海外からの観戦者を閉ざした時点で終わっていた。安倍と菅の両首相が掲げた「人類がコロナに打ち勝った証し」は、パンデミック収束が見通せない以上、虚言である。こうして、そもそもの出発点である「安全・安心」の因果が巡ってきた。

「2020東京五輪」は震災復旧・復興に大きな支障となる。人も資材も金も東京に持っていくのか。被災地では反発が広がり、首長たちもアンケートに抗議の声を寄せた。

「復興五輪」は東京都、安倍政権、JOCらの描いた筋書きだった。被災地との関係を重んじて合意をめざしたなら、東京五輪に対する眼差しはもっと違ったのではないか。復興五輪に異なった光が当てられた可能性もあっただろう。

 2013年秋、東京招致の日本チームは最後の舞台に臨み、猛烈な招致運動を展開した。経済力、運営力、政治的安定では負けない。唯一の不安は「東京の安全」だ。「治安」ではなく大震災の影響の不安であり、鍵は原発破綻の「福島」だとされていた。

 JOCのトップは「東京は(福島から)250キロ離れている」と発言した。「東京は安全」とは「福島とは違って」が含意である。より臨場感のある言葉として持ち出されたのが「アンダーコントロール」だった。その決定はスピーチ直前の安倍の決断だったという。

「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。」(招致スピーチ冒頭・日本語訳/2013年9月7日、IOC総会)

 首相は招致決定後の記者会見の場でも「東京は安全」をダメ押しした。東京五輪の安全神話は被災地を足蹴にして作り出されたのだった。

「汚染水コントロール」という言葉が飛び交い、「おもてなし」は流行語となり、日本はメディアを先頭に沸いた。首相発言は東京の勝利を確実にしたと持ち上げられたが、その言葉ゆえに東京五輪に負のイメージがつきまとうことになった。そうして開催すべき2020年、パンデミックによって「東京の安全」が問われる因果が巡ってきた。

「今も、そして2020年を迎えても世界有数の安全な都市」だという安倍首相の招致スピーチが、非常事態宣言下の東京五輪に突き刺さっている。


 宮城県内の津波被災地ルートでも住民の声援があった。しかし、テレビから流れた多くは切り取られた歓喜のシーンだった。新聞は特集を組み、リレー走者の声をそれぞれの10年の回想とともに紹介していた。「コロナ下の祝祭」への「違和感」が、あわせて指摘された。宮城の三日間のリレーでも、走者を置き去って連なるスポンサー車両が批判された。

 公式の記録映画は人々の疎外感、怒りと虚しさを映像化するだろうか。リレーと沿道とが一体となって喜びたい。この姿を世界に発信したいと思う。そのようなささやかな願いすら許さないほどの「五輪チーム」の行動を記録するだろうか。


「東京五輪」の中止を!
「復興五輪」押しつけを止めよ!



(*)関連:「宮城全労協ニュース」337号/2020年2月20日
「疑惑隠しの「五輪」連呼/首相の異様な施政方針演説」

(U・J/2021年7月14日)


■以上/宮城全労協ニュース360号(2021年7月15日)