★小泉政権を追い詰める秋の闘いへ!
★自衛隊のイラク撤退を求める「意見公告」、8月6日、3紙に掲載
★寄稿「がんばろう」を歌い継ぐ労働者の心と闘い
●集会案内●
=韓国と日本の労働運動をむすぶ全国連鎖行動=
日韓労働者連帯10.2仙台集会
10月2日 午後2時〜宮城県民会館
講演/劉 徳相さん(民主労総・前首席副委員長/韓国通信労組委員長) ビデオ上映/「ドキュメント 04年6月・燃えるソウル」
主催/集会実行委員会(事務局連絡先/宮城全労協)
★小泉政権を追い詰める秋の闘いへ!
04年、記録的猛暑とオリンピックの夏、政治や社会を揺るがす事件が相次いだ。しかし、小泉首相は時には無関心を装い、時には「夏休み」を口実に逃げ、そしてあいかわらずの反動的態度を貫いた。政治の空洞化は異様である。政策の根本的な転換を求めて、小泉政権を追い詰める秋の闘いに向かおう!
《沖縄の怒りに無視を決め込んだ小泉首相》
沖縄県民の不安は現実のものとなった。8月13日、米軍ヘリコプターが沖縄国際大学の構内に墜落した。建物と多数の乗用車など被害を広範囲に及んだ。学生や教職員、住民の被害が出なかったのは奇跡的だった。県にとっても、日本政府にとっても、「起こるべくして起きた事故」だったはずだ。危険は十分に認識されていた。しかし、政府の対応は見事に無力であり、いまだに県民感情を無視し続けている。
首相は形だけのコメントでお茶を濁した。事態は何一つ動かなかった。米軍は独断を貫き、現場を封鎖して残骸を撤去し、3日後には飛行再開を通告した。日本警察は見守るだけであり、外務省も打つ手がなかった。
小泉首相はなんと、「夏休み」を口実にして沖縄県知事の会談要求を拒否し続けた。ようやく12日後に受け入れた会談でも、積極的な姿勢を何一つ示さなかった。「主権はないのか」という沖縄の怒り、いらだち、悲しみは小泉首相には通じない。政府も与党も、首相のこの態度を追認するだけだ。
《美浜原発事故−原発の危機を加速させる小泉路線》
「起こるべくして起きた事故」が原発でも発生した。「こんな悲劇はもう息子だけにしてくれ」と号泣して関西電力社長に詰め寄った遺族の叫びは、小泉首相にはとどかなかった。沖縄と同じだ。首相官邸は、事故は「2次系」で発生し、「放射能漏れはない」との報告で安堵し、例によってすべてを関係当局に丸投げした。
この事故は言い逃れできない過失によって起きた企業殺人である。電力会社と製造メーカーは二重三重の誤り、ミス、怠慢を積み重ねた。いくつかあった点検のチャンスも、無責任と事なかれ主義によって葬り去られた。「配管の減肉」という危機的事態の進行をまったく掌握できなかった国は、関西電力側の安全対策を「妥当」と評価していた。
電力自由化によるコスト削減の要求が安全無視を助長し、下請け企業を締めつけ、労働者の安全に働く権利をふみにじる。その結果、殺されたのはまたしても下請け労働者たちなのだ。
電力会社の「社会的使命」は電力の安定供給にあるとされるが、その責任は決定的に重い。原発は住民と自然環境の生死を握っているからだ。過失やトラブルを重ね、このような事故に至った関西電力になぜ原発をまかせるのか。そもそも、利益と効率優先の民間企業に原発をまかせて、国はどのように責任をとるというのか。問われていることはそういうことだ。問題を棚上げにして、このままゴマカシ運転を続けても、原発の老朽化は進み、一世代を待たずに寿命が来る。脱原発への根本的で総合的な路線転換が必要だ。小泉政権にそれ期待することはできない。「規制緩和・民営化」の構造改革路線は原発の危機を加速させるだけである。
《靖国参拝をあらためて言明した小泉首相》
サッカー・アジアカップは、中国民衆の「反日感情」の深さを垣間見せた。一部の中国サポーターの行動を日本メディアはセンセーショナルに流し、日本国民に印象づけた。石原東京都知事の「中国人は民度が低い」という発言がこれに続いた。インターネットのある種のサイトには、日本人からの差別的な書き込みが殺到している。
中国サポーターの激しい反日感情には、日本の侵略と差別の歴史的事実に加えて、小泉首相のこの間の言動が大きく影響しているは明らかだ。この間の日中関係の悪化はその結果であり、現状打開に動くことが日本の側に求められている。しかし、首相は今後も靖国参拝を実施することをことさらに言明した。奥田日経連会長ら経済界首脳との席上でも、首相は靖国参拝の持論を繰り返している。また、東京都教育委員会は、「新しい歴史教科書をつくる会」が主導する歴史教科書を1つの新設校で使用することを決定した。ここからは日中関係の改善の意思は見えない。
小泉首相はあえて「靖国」にこだわることを、自分の政権維持の求心力に利用してきた。中国をはじめ東アジア諸国の反発を買うことが、小泉政権浮揚につながるという、一人よがりで危険な政治観である。そのような政権であるからこそなお一層、両国民衆の相互理解、連帯、団結のために、労働運動分野での日本の努力が求められている。
《国会議員の海外視察から外されたイラク》
この夏、国会議員の3分の1が公的な海外視察のために海外に飛び立った。国会の恒例行事とはいえ、予算額は衆参両院で5億円を超える。しかし、その対象にイラクは含まれていない。このこと自体、驚くべきことだ。
これほど重大な案件であったのに、また多国籍軍参加という小泉首相の決断が国の基本を揺るがすものであるのに、国会議員がイラクを視察しないのはどういうことか。外務省から「自己責任」が言い渡されているとでもいうのか。けっきょく、「自衛隊が撃たれ、撃つ(あるいはその逆の)」瞬間まで待つ以外にないということなのか。何をかいわんやだ。(「二大政党化」の結果、視察団の大多数は自民と民主が独占する。衆院の視察団は27班、144人だが、共産党は3人、社民党は2人だ。)
イラクはブッシュ大統領さえ、占領統治の失敗を認めざるをえない状況にある。米軍と武装宗教勢力との間で激しい戦闘が続いていた。多くの人命が失われた。治安悪化はサマーワに波及した。オランダ軍との交戦が幾度となく起きた。
この夏、自衛隊宿営地への着弾が相次いだ。細田官房長官は正式に、「宿営地を狙った意図は感じられる」と自衛隊への攻撃を認めたが、「散発的なもので、非戦闘地域に変わりはない」と述べた。そのような都合のよい解釈をいつまで続けるのか。「頼りのオランダ軍」は3月には撤退する。自衛隊はいやがおうでも突出せざるをえなくなる。ここでも小泉首相からの説明はない。
第4次派兵反対!イラク撤兵を求めて闘おう!
《公共財産を奪い合う郵政民営化を許すな!》
小泉首相は8月、「長期の夏休み」をとり、ひたすら秋以降の秘策を練っていたと伝えられている。「郵政民営化」であり、「北方領土海上視察」である。
9月、小泉首相にとって「郵政民営化」の政府案と内閣改造が政権維持の焦点だ。「抵抗勢力」との闘いを演出できるのか。それとも妥協か。「落とし所」はどの辺にあるのか。連日、メディアを動員した大騒ぎが続いている。しかし、誰のための民営化なのか?民営化して何が便利になるのか?語られていることの大部分はデタラメとゴマカシに満ちている。
「民営化」に反対するものは「抵抗勢力」とレッテルを貼られる。<郵貯・簡保がいびつな国家金融の温床になり、自民党族議員と官僚の癒着を可能にしてきた。この構造を資金の入り口から壊す。それが「郵政民営化」だ>、<民営化によって、国民は隠れた負債を免れ、利便性も高まる>、という。本当にそうなのか。利権や癒着は政治の責任なのではないか。安全で公平なサービスは可能なのか。「民営化」の本当の動機は、実は別の所にあるのではないか。国民の、利用者の多くが、そのように疑問を抱いている。当然の声だ。ところが、たとえば朝日新聞は、<抵抗勢力との妥協を排して民営化の初心に立て>と、小泉首相や竹中大臣に迫っている。まったくメチャクチャな話ではないか。
郵政事業は民衆のものだ。郵貯・簡保資金は民衆の資産だ。全国郵便ネットワークは公共財だ。それら公共の財産を争奪するための争奪戦が「郵政民営化」の現実である。「民営化」によって誰が何を手に入れるか、その闘いがいま国内外にわたって繰り広げられている。郵貯・簡保資金を切り離して手に入れたい連中と、郵政公社を発展させて巨大なビジネスチャンスにしようとする連中。財務省は国債の安定消化資金を確保するために介入する。経営への資本参入をねらう連中はハイエナのごとくうごめく。郵政官僚、族議員、堕落した労働組合官僚が旧来の利権を守るために暗躍する。そうした争いのすべてが、郵政職場のリストラ、賃金削減、労働強化に結びついている。
「郵政民営化=私有化」の攻撃をはね返し、小泉政府を追い詰めよう!
★自衛隊のイラク撤退を求める「意見公告」、8月6日、3紙に掲載
「意見公告」は全国の仲間たちの署名を添えて、毎日新聞全国版、河北新報、そして青森の東奥日報に掲載されました。この運動の事務局である「市民意見公告運動」(「市民の意見30の会・東京」気付)から、掲載の経過と各地域の反響などをまとめた報告ニュースが発行されています。賛同された方々にはすでに郵送されていると思いますが、講読希望の方はご連絡ください。
★<寄稿>
「がんばろう」を歌い継ぐ労働者の心と闘い
2004年8月/H.K(教育労働者)
「がんばろう 突き上げる空に/くろがねの男のこぶしがある/もえあがる女の こぶしがある/闘いはここから 闘いは今から」
5月25日、この歌「がんばろう」の作詞者森田ヤエ子さんが亡くなられた。労働運動の低迷と組合組織率の低下、春闘構造の崩壊で労働歌の歌われる機会が少なくなってはいるものの、この歌は多くの労働者が闘いの中で出会い、耳にし、また、くりかえし歌ってきた歌だ。
森田さんの死が新聞各紙で報じられてから、この歌の思い出に関わる読者からの投稿が、数紙で掲載されたのを目にした。
労働組合運動の中で自らが歌った思い出。炭鉱労働者であった父親を偲ぶ思い。そして、当時炭住(炭鉱住宅)街で過ごした子ども時代に自ら歌ったことなど・・・。
1969年三池闘争は「総資本と総労働の対決」といわれる大闘争に発展する。その闘いの中で労働組合員が右翼暴力団に殺される事件が起き、更なる高揚と6月の最大局面を迎えるに至る。会社側は暴力団を背後からあおり、警察は見て見ぬふりを続ける。公正であるはずの裁判所もが資本側に有利な判決を重ねていく。労働者にとって頼れるものは、全国の働く仲間たちの支援と文字通り労働者階級としての団結力だけであったといっても過言ではない。
1960年6月、このぎりぎりのせめぎ合いの中から、この歌は生まれた。一方で、日米安保条約をめぐる国会での攻防が続いていた時期でもあった。
「がんばろう 突き上げる空に/輪をつなぐ仲間の こぶしがある/おしよせる仲間のこぶしがある/闘いはここから 闘いは今から//がんばろう 突き上げる空に 国のうちそとの こぶしがある/勝どきをよぶ こぶしは一つ/闘いはここから 闘いは今から」
当時小学校4年生だった私は、教室での「アンポハンタイ」ごっこと、三池闘争が労働側の敗北で終息していく時期に新聞を見て嘆息する親たちの姿を思い出す。
数年前、「東アジアの平和と人権」と題する国際シンポジウム(立命館大学教授の徐勝さんがコーディネイター)が沖縄県佐敷町で開催されたときのことだが、宮城県から一緒に参加した仲間の一人がこんな話をしていた。交流会が開かれ、参加したそれぞれの国や民族の歌や踊りを紹介しあう場面である。自分たちの番になって、日本を代表する歌や文化を誰も思い浮べることができなかったと。
その彼が、後日こんな話をしていた。「『がんばろう』の歌が一番ふさわしかったのではないか。後になってそう思った。」こう話してくれたのは電通労組のTさんだ。彼は全電通当時に「歌声」運動にも関わっていたと聞く。私は即答はできなかったのだが、この歌が広く、しかも深く、労働者の心をとらえてきたことは十二分に伝わってきた。
作詞者の森田ヤエ子さんについては何も知らない私だが、今回あらためて、闘いにおける歌の役割、そして歌自体の持つ力について考えさせられた。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
*「がんばろう]/作詞 森田ヤエ子 作曲 荒木 栄
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