NTT宮城県共闘ニュース/第11号(電子版)/2003年9月7日

小泉構造改革NO! NTTリストラに反対する宮城県共闘
仙台市青葉区北目町2-40-301宮城全労協気付
▼電通労組
http://WWW.dentu-rouso.or.jp/
▼宮城全労協
http://www.ne.jp/asahi/miyagi/zenroukyou/

<主な内容>
★糟谷さん裁判(NTT労組脱退妨害事件)、勝利確定!
★「反WTO」草の根キャンペーン/郡山市多田野で交流会
★「はげたかファンド」、「旧国鉄系」を買収
/民営化=私有化の果てに/日本テレコム
★露呈する市場原理主義の危うさ/相次ぐ宮城地震、北米大停電が実証


*9.13グローバル・ピース・マーチ(12時30分/東京・芝公園)に参加します。<オルタナティブ・コーナー>の中で電通労組の機関紙などを配布したいと思います。集会参加の仲間の皆さん、ぜひお訪ね下さい!!


糟谷さん裁判(NTT労組脱退妨害事件)、勝利確定!

NTT労組は控訴をついに断念し、勝利が確定しました。
以下は、電通労組機関紙からの引用です。
なお、裁判の経緯は電通労組のホームページをご覧ください。

<・・NTT労組は「控訴」断念によって、「脱退承認」を定めた組合規約は「法違反」であることを認めました。そして、これまで「脱退届け」を提出した組合員に行っていた「調査委員会設置」も「不当行為」であったことも認めたことになります。
NTT労組幹部の勝手な規約解釈で、脱退しようとする組合員の「名誉」を侵害することはもう出来ません。
労働組合を選択するのは、一人一人の「自由な意志」ということだ。・・>
(『真紅の旗』261号/7月23日)

これまでの御支援、ありがとうございます。


許されぬ「ドコモ」の横暴/多田野住民と反WTO交流会

福島県郡山市多田野の「NTTドコモ鉄塔」建設に反対する住民の皆さんとは1年以上のお付き合いになる。昨年春、NTT宮城県共闘の仙台集会では、多くの住民の方々に駆け付けていただいた。
その際、多田野の皆さんは、「NTTドコモの横暴を許さない私たち住民と、NTTの内部でリストラに反対する労働者との共闘」を熱く訴えた。

公共性を限りなく切り捨て、企業利潤と「効率性」を最大限に追求しようとするNTT。その姿勢は、横暴と指弾されて当然だ。
過日の宮城県北部地震、アメリカ大停電。一連の事態は、グローバリゼーションによる規制緩和=競争原理の全面的な導入が、情報通信の公共性を大きくそこなっていることを証明している。

NTTの横暴を糾弾する住民たちと連帯しよう!
NTTリストラに反対し、グローバリゼーションによる市場競争原理と闘おう!


◆報告記/ドコモ鉄塔、そして<メダカが棲息し白鳥が飛来する田んぼ>にて

日野正美(電通労組)

七月二六日、福島県郡山市で「脱WTO草の根キャンペーン」の交流会が開催された。地元住民のみなさん、東京、宮城、福島から四〇人が出席した。郡山市街から会津若松市に向かう道筋、猪苗代湖の手前にある農村地帯。ここで「NTTドコモ鉄塔」問題が公然化したのは三年前のことだった。

「奥羽山脈の山嶺を西に仰ぎ豊かな田園が広がり多くの里山を配してすばらしい景観を保持し、冬には白鳥三〇〇羽が飛来する水田に隣接するこの農村集落に携帯鉄塔建設問題がふってわいたのは二〇〇〇年秋。前年からの建設準備は秘密裡に進められ、同年一〇月二六日の地鎮祭、翌日の杭打ち作業開始まで近隣の住民には何の説明もされませんでした。」(「多田野携帯電話基地局の移転を求める会」のチラシより)

電磁波の健康被害を心配する近隣の住民たちは移転を求めて運動に立ち上がった。しかし、ドコモは無視と居直りを繰り返したあげく、県警機動隊やガードマンを動員、住民を強制排除し、鉄塔の建設を強行した。その間、住民たちは署名を集め、連日連夜交替で建設予定地前に泊り込み(ドコモは夜動いた)、自治体に要請し、裁判所に仮処分申請し、ドコモの非を訴えてきたのだった。

今回の交流会は住民の会の代表、農業を営む中村和夫さん宅で行われた。まず現地見学。有機農法で耕作している田んぼは、「メダカが棲息し白鳥が飛来する」ようになった(当日は寒くて、メダカの姿は見えなかった)。道路をはさんでドコモ鉄塔がそびえ立ち、その下には住民の抗議の看板が林立している。

中村さん宅に戻って、交流討論。第一部はドコモ鉄塔問題。
住民の会は、「私たちは鉄塔建設に絶対反対と言ってきたのではない。人体に影響を及ぼさない所に移転してほしいと訴えたが、ドコモが一方的に踏みにじった」と大企業の横暴を糾弾した。電通労組はドコモの住民無視とNTTリストラは表裏一体であること、グローバリゼーションによる市場競争がそれらをもたらしていることを報告した。電磁波問題に取り組む東京からの参加者も交えた交流討論となった。

第二部は農業問題。中村さんは有機農法の体験、流通(直販)問題を報告、農産物自由化が大型農業を必然化させる中で農地(自然)を守る「家族農業」の再生が求められていると提起した。消費者運動に取り組んでいる参加者を交えての討論が続いた。

交流会を主催した「脱WTO」全国実行委員会の大野さんは、有線という既設の電話ネットワークを有効に使うべきであること、自然を守る「家族農業」の回復をめざすべきだということを関連させて考えれば、NTT問題と農業問題にはあい通じるものがある、そのようなところから「脱WTO」の取り組みを考えてみたい、と締め括った。

中村さんは九月二日、タイ農民交流仙台集会に主催者の一員として出席し、報告した。「国の農政と逆のことをやれば何とかなる、それが率直な気持ちです」という発言が印象的であった。タイから参加したウボンさんとは、一〇年前の大凶作のとき輸入タイ米を食べたことを明かしながら、いつかタイを訪れ現地の農民たちと会いたいと語り合っていた。

★「はげたかファンド」、「旧国鉄系」を買収/
民営化=私有化の果てに/日本テレコム

米国の大手投資法人リップルウッドが日本テレコムを買収した。リップルウッドは米国の日本に対する「市場開放−規制緩和」要求を最大限に利用し、日本での企業買収を繰り返してきた。その活動を印象付けたのは旧長銀買収であった。新生銀行(旧長銀)は7兆円の「公的資金」が投入されたあげく、1210億円で買収された。「はげたかファンド」と称されるゆえんだ。

リップルウッドは日本テレコムの「企業価値」を高めて転売する計画だとも報じられている。だとすれば、商品として支配する選手を移籍させることによって莫大な利益を手にするサッカー経営者の転売商法と何も変わらない。
このような手法が公的部門で許される。それが規制緩和であり、民営化路線であり、構造改革である。ヤフーBBのように顧客獲得のためには手段を選ばず、ひたすら市場拡大に突き進む手法も同根である。
日本テレコムの買収は通信大再編を予感させる出来事だ。NTTの再々編をめぐる内部対立の暴露合戦が始まってもいる。

◎「国民の財産」の私有化!
日本テレコムの前身は国鉄だ。第二臨調・行政改革により電々民営化、国鉄民営化が強行された。当時、旧国鉄−JR(運輸省)は情報通信産業に乗り出し、大手商社ら多数の企業が投資した。その日本テレコムが再編を重ねた果てに、グローバリゼーションの大波に飲み込まれたというわけだ。

国鉄の保有していた通信網(鉄道電話、土地、施設、技術等々)は「国民の財産」である。<民営化>は公共財を<私有化>する手品として導入されたのだ。
改めて怒りがわく。


★露呈する市場原理主義の危うさ
/相次ぐ宮城地震、北米大停電が実証


宮城県北部地震は住民に大きな被害を与えた。前途を悲観してのお年寄りの自殺も報じられた。一方、宮城県知事など海外出張中の首長の行動を始め、行政、とくに県の対応に批判が上がった。とにかく、「死者が出なかったのは偶然であり、奇跡的」であった。
2度の宮城地震では通信網が寸断された。公共性と「構造改革」の矛盾が、こうして実際に明らかにされている。
大地震はかならず来る。しかし、新自由主義は労働者民衆を守らない!

◎路線転換こそが問われている!

地元メディアの代表である河北新報社説は「信頼できる通信網の確立を」、と主張した。(8月8日)
・・「公共の利益」の観点から、利用者のモラルが必要であり、緊急時の通話量急増を様々な方法や工夫で緩和すべきだが、
・・そのうえで、電気事業者や行政は「日ごろ、便利さを強調しておきながら、肝心のときに期待を裏切るようでは困る」、と。

しかし、「肝心なとき」のための備えには、効率性やコスト主義、市場原理主義とは違う発想と体制が必要であるはずだ。
実際はどうか。たとえば、宮城県の独自の通信網は地震時に機能しなかったと指摘されている。かつては緊急災害時を想定して、自治体は専用線による通信網を持っていた。とことが通信自由化によって、宮城県は通信インフラを競争入札とし、その結果、A社が落札、専用線網は解体された。そしてそれら競争入札は、県のコスト削減策、あるいは行政の「透明化」として、マスコミが支持したことではなかったか。「肝心なとき」の備え=公共の要請と市場原理主義とは相容れない。相次いだ宮城地震と北米大停電が国や自治体に問うているのは、まさにこの点である。

付け加えるなら、今流行の「危機管理」の発想は、あくまで国と企業(と一部の特権階層)を守ることが基本であり、労働者市民の生存権とはそもそも立場が異なっている。

◎「自由化路線」の破綻相次ぐ−北米大地震
北米大停電は「史上最大の停電」であったという。「利益至上のわな」に落ちたとか、「超大国なのに送電網は第三世界なみ」であったとか、と指摘されている。
大停電は偶然ではない。予兆はいくつもあった。電力自由化政策そのものが問われていた。
しかし、当の米国では、政策の見直し要求も出ているが、自由化促進こそが矛盾を解決し安全性を高めるという主張が強いという(NHKクローズアップ現代)。
日本でも、「(日本でも進んでいる)自由化は価格の低下をもたらすが、安定供給の面では今回のような問題につながる可能性もある。しかし、このことをもって自由化の流れを止めるのは妥当ではない。まだ日本の電気料金は高いし、電力会社の独占から解放することで、電力資源の有効活用の度合いは高まるのである」という論調が支配的なメディアでは圧倒的だ(毎日新聞社説/8月19日)。

ところで、ハイテク・コンピュータ社会が電力によって支えられているという当たり前のことを、大停電は改めて浮き彫りにした。通信問題もその一つだった。
「停電後、多くの電話が<不通>となったが、実はその多くで電話線は生きていた。電源を必要とする最新型の電話機が問題だったのだ。」「電源不要の旧型電話に客殺到」(朝日新聞8月17日)。「旧型電話」とは日本的に言えば「黒電話」だ。
また、パソコンもテレビも機能しない中で、地方ラジオが情報伝達の要になった。
それらのことは、日本の災害時でも、指摘されてきたことである。

●公共性と市場原理主義は両立しない!

■11号(電子版)/以上