<寄稿>
民営化反対!郵政事業の争奪戦を許すな!
<2005年3月3日>

郵政事業の再配分を巡る争奪戦が繰り広げられている。政官財および外資を巻き込んだ公的部門のぶんどり合戦である。そこに自民党の権力闘争が絡み、露骨な利益誘導がなされている。民営化による利便性の拡大やユニバーサルサービスの維持は隠れ蓑に使われている。まさに民衆不在である。
郵政公社は着々と利権を拡大する一方、徹底的な効率化を進めてきた。公社の生田総裁は、自分が総裁職についてから2万人を削減し、「職員は26万人になった」と答弁している(衆院予算委員会)。非正規職員への代替は拡大している。成果主義が非正規職員にまで及んでいる。強権的な職場支配のもと、過労死労働が強制されている。多数派労組の労使協調はいうまでもない。
各地で左派の苦闘がある。非正規雇用労働者との連帯や地域的な運動の構築という課題への挑戦が続いている。郵政民営化に反撃し、職場・地域での闘いを組織しよう!

民衆不在の「郵政国会」

小泉首相は「廃案も継続審議も認めない」と言明している。党内反対派は徹底抗戦の構えを崩してはいない。しかし、倒閣運動に発展する道は見えないし、時間も限られている。公明党は7月都議会に悪影響を与えることを認めない。民主党はふらついている。状況は混迷しているが、選択肢は限られている。

自民党執行部の役割は「政局」にしないという一点にある。与謝野政調会長は公社のままではじり貧だから、民営会社で事業拡大すべきだと述べた。あけすけな利益誘導だが、反対論は沈静化しない。「健康体の公社に外科手術とはどういうことだ」。こんな押し問答が政府と党の合同会議で連日のように続いている。外資による公共資源の買収を規制すべきだとして、反対派がライブドア問題を郵政問題を引き寄せて利用するという乱戦ぶりだ。
 
政府は妥協案を示す一方で、巨費を投入した異例のキャンペーンを展開している。民営化ばら色論である。2月下旬には党の反対を押し切り、地方紙を通して1500万世帯にチラシを配布した。メディアの攻撃も再び強まっている。おなじみの評論家たちは、保養地など郵政腐敗を取り上げ、正義漢を熱演している。

妥協が成立する場合もあるだろうし、土壇場で事態が暴発する可能性も考えられる。もっともありそうなのは、党議拘束や造反などの波乱があっても法案は成立し、対立は次の場面に引き継がれていくというものだろう。反対派の代表である綿貫民輔は最近、「問題は内容ではない、首相の進め方や竹中大臣の傲慢な態度だ」と述べた。「落とし所」は会期延長での成立だとささやかれている。

こうして、最重要課題とされる「郵政国会」は、民衆不在のままに消化されようとしている。

「小泉民営化」を支持する米国政府と日本経団連

3月1日、米国政府は従来の立場を繰り返し表明した。日本政府の郵政民営化方針への支持、その上での「外国企業からの意見聴取」、「簡保新商品の先送り」などの要求である。日本経団連も「小泉民営化」支持である。「公正な競争」を主張する全銀協も、郵政を倒すことには異論はない。

小泉・竹中に対して、郵政民営化が「目的」になってしまっているという批判がある。しかし、このチャンスを逃してはならない。郵政が元に戻ることを許さない。それが小泉に与えられた任務である。譲れない線は、07年4月の民営化、持ち株会社の下での4分社化、(原則)非公務員化である。闘いは次に制度設計の具体化、新経営陣の選定などに引き継がれる。国債や消費税がどうなるか。金融や物流の再編がどう進むか。民営郵貯はメガバンクか地域分割か。いずれにせよ、「完全民営化」はその先の話である。

1982年、第二臨調は「民間活力」「小さな政府」を掲げ、国鉄・電電のみならず、60年代後半からくすぶっていた郵政の組織見直しに踏み込もうとした(郵便公社化・三事業分離)。郵政省は「国営・三事業一体」の現状維持で反撃した。第二臨調は郵政では敗北し、今後の課題として「事業内容、要員および業務の合理化等の検討」と基本答申に記すにとどまった。
郵政民営化攻撃は90年代後半に再浮上した。アメリカからの市場開放圧力によって日本版ビッグバンの本格始動が98年に迫っていた。96年、橋本政府が発足した。行革元年と位置付けられた97年、行革会議はついに郵政民営化を政治日程に上せた。郵政省は(全逓の協力のもと)、自ら事業改革案を作成して対抗した。地方行政のスリム化や金融自由化への対応など、今日の事業拡大モデルはすでにそこに網羅されていた。抗争の末、98年、中央省庁等改革基本法が成立。しかし、郵政は「民営化等の見直しは行なわない」とタガがはめられ、国営公社化、郵政事業庁への再編にとどまったのであった。

この90年代、銀行・生保の腐敗の中で、郵貯・簡保は急速に肥大化した。労使一体の郵政は、ノルマを労働者に押しつけ、強引な営業活動に乗り出した。預入限度額も1千万円に引き上げられた。集められた資金を大蔵省が吸い上げた。国債残高も急増した。

橋本政府で棚上げされた郵政民営化攻撃にとって、絶好のチャンスがやってきた。2001年、自民党総裁選挙での小泉の勝利である。小泉は「郵政」を党内権力闘争の切り札とし、政敵を追いつめ、倒しながら、公社の発足から民営化に突き進んできた。

財務省の聖域化

「官僚制度を打破する。財投をただす突破口だ。郵便には民間が参入し、市場競争は利便性を高め、ユニバーサルサービスも維持される」、等々。民営化論者はその理念を語ってきた。しかし、このような民営化論者からも、小泉、竹中への批判が強まっていった。「改革理念からの逸脱」も甚だしい。ヤマト運輸はスケープゴートではないか。道路公団と同じではないか。小泉は「政治は生きもの」と批判をかわしてきたが、ゴマカシは明らかだ。

第一に、財務省の聖域化だ。責任は不問にされ、おまけに国債安定消化資金として従来と同様、郵貯資金を得た。

昨年7月、それまで「在り方懇談会」の座長として先頭に立った田中直毅は、「問題の深刻さゆえ」に、「(政府当局者や中央銀行を含めた)統一した司令塔のもとによく配慮して吟味されたなかで撤収作戦が行なわれる」ことが必要だと述べた。国債問題が大きくのしかかっているからだ。彼はホームページで、「郵政は政治とまるごと一緒」だと、退場するにあたっての無念さをにじませている。
「撤収作戦」の結果、財務省は第二の国家予算として郵貯を使い回した責任を回避し、自分の取り分を当然のごとく確保し、しかも、分社化によって郵貯・簡保の所管官庁の座を手にしたのだ。
この時期、各紙が基本方針を批判した。たとえば日経新聞は「郵貯・簡保は廃止、郵便事業は民営化が筋」であり、基本方針や閣議決定がどうなるかは「大局的に見れば茶番だ」と述べた。だが「改革の原点に戻れ」とする各紙の主張も、「小泉民営化阻止」としないのであれば、同じく「茶番」であろう。

予算委員会で資金運用能力を問われた生田総裁は、「郵貯は縮小傾向であり、加えて(通常預金を除く)旧勘定は今まで通り国債に回る。したがって(当面は)実際に市場で運用するのは少額だ(だから心配はあたらない)」と、ぬけぬけと答弁している。この点で、財務省と公社の利害は、小泉政府を含めて一致している。

暗躍する公社

ゴマカシの第二は郵政公社の権益拡大である。

公社は公共性と営利性の双方を利用し、和戦両方のスタンスを取りながら、政府から大きな譲歩を引き出してきた。一方、政府も公社の要求は無視できない。まずは株式売却益を確保しなければならない。ビジネスチャンスを求める企業と投資家の期待に応えなければならない。民営各社は利益を生み出さなければならない。こうして、「民業圧迫」の批判にもかかわらず、公社は既得権を引き継ぎ、財務省との連携を確保し、コンビニ戦争に逆参入し、中国市場を相手にしたアジア物流ビジネスに乗り出し、念願だった投資信託も決定させていった。

生田は、「企業価値を高めるのは経営者として当然のこと」だと反論した。郵貯と簡保は縮小するし、長期金利も上がる。その時になって国債を頼むと言われても困る。郵便も縮小するが、市場競争でユニバーサルサービスをやれというなら、規制緩和で業務拡大するのは同然だ、と。
昨年秋、小泉、竹中の指南役を任ずる加藤寛がいよいよ表舞台に登場した。加藤は闘いの最前線である情報システム検討会議の座長として、4分社・民営化の作業に踏み出すよう、年内決着を公社に迫った。激しい論争の末、公社は折れた。生田総裁は、このように政府との闘いを演じることを通して、多くの見返りを手にした。

公社は、郵貯・簡保担当の副総裁が総務省であり、郵便担当がトヨタであることが象徴するように、矛盾した利害が絡み合う存在である。また、「適切な事業規模」なのか、「金融・郵便・物流の巨大事業」なのか、思惑も錯綜する。「持ち株会社」の意味も、それによって解釈が異なる。公社は、このような「矛盾」を巧みに利用して、その肥大化を実現させてきたのである。

郵貯を民衆に

「郵政は社会主義」だと民営化論者はいう。国営、国有だから社会主義だというのは暴論であり、意図的なフレームアップである。実際は、郵政三事業は郵政省に支配されてきた。官僚たちはユニバーサル・サービスと郵貯・簡保資金に寄生して機構と利権を生み出した。郵政省は有利な定額預金、低所得者向けの簡保、地域に密着した郵便局として、国民のための郵政を標榜することができた。しかし、郵政省も大蔵省も民衆から集めた資金を民衆に貸し出すことはなかった。そのような制度を作らなかった。「郵政は社会主義」なのではない。社会主義の政策、武器として動員されることがないままに、民営化=私有化されようとしているのだ。

村山首相は、阪神淡路大震災の直後、「自然災害に個人補償はない」と国会で表明した。安保・自衛隊容認とともに社会党の自己否定であり、この一言で自社連立政権が資本家政権であることを証明した。銀行や生保、損保にとって、自然災害は大きなリスクである。金融資本のサボタージュに対抗して、郵貯・簡保資金を民衆の武器として闘うべきであった。さかのぼって、細川連立政権の郵政大臣は社会党だが、彼は省益に従った。
10年後、新潟を大震災が襲った。郵貯を投入すべしの声は、政府にも国会にもメディアにもない。

竹中は国有化を武器に、銀行に対して不良債権の早期処理を迫った。竹中は民衆に犠牲を転嫁して銀行と闘争し、そのことによってアメリカと結託した彼の野心を実現しようとしたのだ。銀行は貸し渋り、貸し剥がしに走った。犠牲は中小零細企業に集中した。日銀がゼロ金利政策によって銀行を支えた。民衆が得るべき利息は銀行に奪われた。
自殺、自己破産、生活保護、失業が過去最高を記録し続けた。「消費者金融」をめぐるトラブルが相次いだ。子どもたちの進学や給食費にまで被害が及んだ。民衆の貯蓄である郵貯が、このような人々に投入されることはなかったのだ。菅直人は当時、「郵貯資金を中小企業に融資する」ことを検討すべきだと述べたことがあるが、「思いつき」として相手にされなかった。            

新潟の山古志村の被災民が寄り添う避難所に、一篇の詩が掲示されているという。「帰ろう/大好きな山古志村に帰ろう/時間がどんなにかかっても帰ろう/皆んなで力を合わせて帰ろう」(同朋新聞一月号)。北海道で語り継がれる卒業式での訓示を思い出す。「国鉄を奪われ、学校を奪われ、離れ離れとなっても、この町で生まれたことに誇りをもって生きていこう」。国鉄解体の当時、このような光景が各地で見られた。一方、山古志村のような所に住んでいることは「社会的なロス」であり、「集団移転」すべきだという主張がある。人間性に対する新自由主義者の攻撃である。

郵政民営化はイデオロギー攻撃でもある。小泉は敵意もあらわに「40万の役人集団」、「郵貯や簡保がなくなっても誰も困らない、民間にあるのだから」と言う。大臣就任当時、竹中は、ゼロ金利なのに貯蓄せよということはエコノミストとしての信念が許さないと述べた。こういった人物が郵政三事業を私有化しようとしている。彼らは、「国鉄も、電電の営業所も、みんな無くなった、次は郵便局か」という民衆の声とは無縁である。

国鉄解体では「赤字ローカル線」をまず切り捨て、長期債務は結局、国民負担になった。NTTは固定電話網への設備投資を打ち切り、ユニバーサル・サービスから逃れようとしている。小泉は十年前、「郵政民営化か、それとも消費税増税か」と主張して、自民党総裁に立候補した。デタラメは明らかである。
政府保証が外される。「貯蓄から投資の時代」、リスクあってのリターンだという。郵便局はコンビニ化で地域と競争する。ユニバーサル・サービスも商売にする。郵政労働者の住民情報や声掛けも金儲けの材料だ。これでいいのか。郵政民営化反対の声を大きく組織していかねばならない。

(2005年3月3日/八木 隆)



■以上