日 記
2016年8月31日(水) 涼しかった
本日の裏山から
この4日間、涼しい日が続いた。台風の影響なのだろう。裏山散歩やジョギングも気持ちよくできた。まだ暑い日が続くが、朝晩は涼しい。
しかし、北日本ではこの台風で水害が出ている。特に北海道はまたしてもである。四国では雨が降ったとはいえ、まだまだ例年より貯水量は少なく、取水制限が続く。本当にうまくいかないものだ。
明日からワールドカップアジア最終予選が始まる。相手のアラブ首長国連邦は自陣に人数を配置し引いてくるだろう。いつもこうした相手にはてこずる日本チームだが、明日はどうなるだろう。両サイドいっぱい使って相手を引っ張ったり、ミドルシュートを打って相手を引き出すといったような戦いができるだろうか。少しは成長した戦いを期待したいが……。
2016年8月28日(日) 久しぶりに
ミンミンゼミ
暑くて遠慮申し上げていた裏道散歩だが、本日は暑さが一服したので久々に出かけた。曇り空で風もそよいでいたので、申し分ない。
セミはまだ元気よく鳴いていたが、空にはすじ雲があらわれていたり、クリのイガが落ちていたりとどことなく秋の雰囲気がただよっていた。足は快調に進み楽しい歩きとなった。早く秋になって欲しいが、今週末からはまた暑くなるようだ。
2016年8月24日(水) 夏枯れ
ムクゲ
連日の暑さで裏山の草木に生気がない。雨がほとんど降らず、夏枯れのようだ。例年、それなりに花をつけるムクゲも今年はほとんど花がない。ムクゲは乾燥には強いと思うのだが。
北海道には、連続して3個の台風が上陸し、大きな被害を受けている。北海道に1年に3回台風が上陸したのは、1951年の統計開始以来初めてのことだそうだ。当地や四国地方では降雨が少なく困っているところがあるのに自然とは我々が望むようには動いてくれないものだ。
2016年8月18日(木) 満 月
満 月
相変わらず暑い。が、お盆が過ぎて心なしか暑さがやわらいでいる感じがする。裏山散歩もヒリヒリした暑さを感じなかった。今日は人生の先輩、お三方が訓練のためだと登ってきていた(なんの訓練かはきかなかった)。
夜、何気なく部屋から外を見ると何だか明るい。窓の傍に行くと島の上に丸い月が浮かんでいる。今日は満月だ。ちょっと心が和んだ。
2016年8月14日(日) 酷 暑
ツマグロヒョウモン
暑い!もう尋常ではない。何とかしていただきたいと思うが、自然のことなので誰もなんともしようもない。
頭がクラクラする中、午後一番で裏山散歩へ出かけた。この暑い中、ヤケクソ気味でいつもより長く歩いた。今日はチョウの種類が多かった。が、カメラにとらえられたのはツマグロヒョウモンだけだ。
汗をいっぱいかいた後の冷たい飲み物がとてもうまかった。
2016年8月11日(木) 山の日
滝
今年から「山の日」が施行され、本日は祝日となった。8月11日が特段山と関係ある出来事があったわけではない。盆休みと合わせて休暇を長くとれるようにという考えなのだが、無意味な祝日を増やすより、有給休暇を取得しやすい環境を整える施策をとるほうがよいのではないだろうか。
本日は、所用で県北の高原へ行ってきた。高原と名づけられているだけに涼しかった。滝のあるところでは、水が落ちるときに起こる風が心地よかった。用を終えて駐車場に戻ると車でいっぱいだった。昼時だったので、名物の流しそうめんを目当てに来た人たちなのだろう。家族連れでにぎわっていた。
2016年8月6日(土) 広島原爆の日
街中の流れ
午前8時15分、西に向かって黙祷。テレビでは式典の模様が映し出されていた。広島の人々の言葉は心にずしりと来るものがあるが、政府関係者の言葉は空々しく感じられた。
今日は所用で久しぶりに都市(?)に出かけた。用の合間に街を歩いたが、暑くてもうたまらなかった。街の中を流れる川の流れにほんの少しだけ涼を感じた。
なんだか今日はいろいろと感じさせられた一日だった。
2016年8月3日(水) 炎 天
タカサゴユリ
こう毎日暑いと家にいてもたまらん。かといって外は炎天で太陽ギラギラ、思わず日陰を歩きたくなる。日中は外を歩いている人はほとんどみかけない。早朝、夜にウォーキングをする人をよく見かける。こんな暑い日中に歩こうという変人はワタクシぐらいだろう。
てなことで今日も裏山散歩に。この時季、目をひくものはなく、ただただ拷問のように歩くだけだ。汗をタラタラ流して歩いているとタカサゴユリの花が目に入った。がんばって歩こうと少しだけ思った。
2016年8月2日(火) 高校総体
ソフトテニス
岡山県を中心に中国地方とその他の地域で高校総体が開かれている。当市ではソフトテニスが行われている。
いつもジョギングする運動公園は練習会場となっている。いくつかの学校が練習していたが、指導者と思われる人たちは誰も木陰で椅子に座っていた。指導者であるのなら選手たちと一緒に現場にいて指導するのが当たり前なのではないのだろうか。
もっとも学校スポーツというのはこんなものなのだろう。まともな指導者は少ない。これで強くなるとすればそれは選手たちの努力にほかならない。