その後
平成14年9月9日 やっと家に着いた。もう病院に戻らなくてもいいんだよ!ずーっとお家に居られるんだよ。お布団を敷いて和花を寝かせた。しばらくすると和花がだんだん硬くなってきた。朝になり、いろんな方が来て、着々と葬儀屋やお寺、火葬の手配が進められていった。 写真屋さんが来た。どの写真も可愛くて、とっても悩んだ。やっと一枚に絞り、お願いした。午後になると、葬儀屋さんが色々な物を部屋に運びにきた。夜になると、友達、会社の方、近所の方が水あげに来てくれた。 9月10日 昨日頼んだ和花の写真が出来上がってきた。あどけないかわいい顔した写真でした。(このホームページのトップの写真です。) 朝、友達のお母さんが和花に白いドレスを作ってくれたそうで、届けに来てくれた。葬儀が始まる前に和花に着せた。本当に可愛かった。天使ってこんな感じなのかなー? 次々とお花が届けられた。その中にお世話になった病院の小児病棟からの花もあった。メッセージ付だった。有難うございます。 11時頃、和尚さんがいらっしゃた。和花を棺おけの中に寝かせた。そして葬儀が始まった。お経の説明や、亡くなった人の説明などして下さった。あの世では霞を食べるらしく、線香の煙も食べるらしい。戒名も頂いた。普通子供は四文字らしいが、大人並みに六文字の戒名を頂いた。和幸妙花嬰女(わこうみょうかえいにょ)です。幸はママの漢字を付けてくださりました。嬰は赤ちゃんに付ける漢字だそうです。 葬儀が終わり、和花を抱っこして火葬場にむかった。最後に和花を強く抱きしめて、棺おけに寝かせた。みんなで和花の周りにお花を飾り、お手紙と入院中に作った小物入れとエプロンを入れ、お経を読んでもらい、遂にその時が・・・。扉の向こうに和花は行ってしまった。その前で待っていると、職員の方が、「数日前も生後三ヶ月位の男の子が天国に行ったんだよ」と教えてくれた。天国に行ってもお友達いるんだ。和花一人ぼっちじゃないんだ・・・。 しばらくして、扉が開いた。小さく小さくなった和花がいた。本当に和花はお星様になっちゃったんだ・・・。外は見事な秋晴れでした。これなら天国に迷わず行けるね!納骨は49日の時に行うらしい。 泣いている私におばさんが教えてくれた。私のおばさんも私の一歳年下の娘さんがいたが数年前に亡くしている。その時、ご飯も全然食べられず、泣いてばかりいたが、毎日お墓の前や、仏壇の前でお経を読んで供養をしてあげ、毎日供えているご飯だけは供養の為に無理をしてでも食べたと話してくれた。それから毎日私はお経を読むことにした。 10月6日 少し早いが49日の法要をした。そして納骨。久々に和花のお骨を見た。お墓の中に納め蓋をした。この日も天気の良い日だった。 その後毎日ミルクご飯とお水を供え、月命日は一汁三菜とご飯のお膳を供えています。 49日の数日後、和花のお部屋(お仏壇)を買った。ピンからキリまで色々あった。お部屋にあった小さいサイズにした。 私は和花の生きている間、ダウン症のことについて先生から聞いた知識しかありませんでした。なので和花がお星様になってから本屋を巡り、ダウン症関係の本を探しました。が・・・全然置いていない。そんな中、「誕生死」という本と出合いました。その本の最後の方に載っている本の紹介のページで「ようこそダウン症の赤ちゃん」というタイトルを見つけ、注文しました。この本は実際ダウン症の子供達と暮らすいろんな家族の、ママ、パパ、兄弟のお話で、読んだ事の無い方お勧めです!和花の生きているうちに出会いたかった本です。 また、近くのインターネットの出来る施設に行きダウン症について調べました。今まで知らなかったダウン症の事、団体の事知りました。そしてもっと色々知りたく「日本ダウン症協会」に入りました。私の場合、子供がすでに亡くなってしまったという事で準会員になりました。毎月会報が届きます。 また、お子様を亡くされた方々のページなど色々見ました。おかげで喪の悲しみが少し癒されました。とても感謝してます私も、最愛の子供を亡くされて悲しみのどん底にいる方々の心の支えになれたら、私も可愛い和花を皆に紹介したいと思いこのページを作る事を思い立ちました。 平成15年7月17日 花キューッピッ主催「ジョイフルコンサート」に行ってきました。以前テレビで福岡の知的障害者の方々の「JOY倶楽部ミュージックアンサンブル」の練習、演奏風景が放送されたのを見たことがあって、それから2ヵ月後ぐらいに私の住んでいる隣の県でコンサートがあるという情報を聞きつけ、旦那と見に行ってきました。はっきりいってすばらしかったです♪機会がありましたら皆さんも行って見てください! 平成15年8月12日 新盆と一周忌を兼ねて、家に和尚さんを呼んでお経を詠んで頂いた。 次は三回忌だ。はずかしながら無知な私は三回忌が亡くなった年も数えることを(満2年目)初めて知った。 平成19年9月8日 今日、5回目の命日を迎えました。 毎年、晴れているこの日、今日は台風の影響で朝、雨が降っていましたが、お墓参りに行くときは雨も上がりま した。 今年は、弟君と一緒にお墓参り。 上手にお姉ちゃんに「なむなむ」しておりました。 生きていたら、5歳ののんちゃん。 きっと生意気盛りの可愛い女の子なんだろうなぁ。 ぎゅ-ってもう一度抱きしめたいな・・・。 夢の中で良いから遊びにおいで。 のんちゃんと思いっきり遊びたいなぁ・・・。 来年は七回忌かぁ。 ホント、早いなぁ・・・。 平成20年6月3日 6月3日、坊ちゃんの姉ちゃん 「のんちゃん」 お誕生日でした 6歳になりました。 生きていたら可愛い女の子に成長しているんだろうなぁ などと、親ばか全開で想像する母でした 現実は無理だけど・・・ 夢の中で成長したのんちゃんをギューって抱きしめたいなぁ んで、もう一生離したくない・・・。 会いたいなぁ・・・ のんちゃん はっぴーばーすでい☆のんちゃん 平成20年9月8日 『のんちゃん』の命日でした☆ 心臓の手術を行い、 元気に退院出来る日を待っていたのに、突然お星様になってしまったのんちゃん。 あの悲しい日から六年経ちました。 生きていたら六歳。 見事に晴れた青空の下 お墓の前で、 当時この位の大きさだったよなぁ… 生きていたらこの位かなぁ… 顔は私似で 髪型はこうで、 洋服は、うーん。こんな感じで… などど一人ニヤニヤ想像していたら段々涙が出てきてしまいました 生きていて欲しかった。 成長していく姿見たかった。 もう一度ギューてしたい。 んで、二度と離したくない 私が生きているうちは、一番願って叶わぬ夢です。 大好きのんちゃん |