近頃はジビエ料理の認知度が上がりました。人気タレントが「これがジビエの王様だ!」と叫びながら、実に美味しそうに食べる姿を見た子供さん。俄然、興味を持ちますね。学校でもテレビ番組の話題で一頻り盛り上がり、家に帰るなり「鹿が食べたい!」。当然、おっかさんは困惑します。鹿肉なんか見たことも食べたこともない。猪肉なら遠い昔に、だんなと丹波笹山あたりの民宿で食べた覚えがあるけれど……。
うーん、晩御飯のオカズひとつでグレられては遣り切れないので、翌日、町の肉屋で「鹿肉ちょうだい」。ところが、肉屋いわく「イノブタや合鴨ならありますが、山肉は時期が決まってますから……」。そうなんですね。天然の素材は入手時期に制限があります。山肉と呼ばれる野生鳥獣の肉は、一般店では扱わないのが普通で、国内で獲れた天然物も輸入された養殖物も、いずれも超高級品で随分と値が張ります。ジビエの本場ヨーロッパでも日本と同じく、天然物の「生」は猟期の間しか手に入りません。普通の食肉の何倍もの値札が付いていても、季節の物だから買わずにいられないそうですよ。日本人にとっての松茸と似た郷愁があるのかも知れませんね。さて、おっかさん。きょうびのせがれに「売ってなかった、高かった」では通用しませんね。ここでひとつアドバイス。「あんたが、自分で獲ってきたら料理したげるわ!」と毅然とした態度を取りましょう。え? うちの子は、むすめですって? はあ、そうでっか。そしたら「エエだんな見つけて食べさせてもらい!」というのはどうです? 勿論、ワイルドなむすめなら「男なんかめんどくさい。あたしが山で鹿を獲ってきたる!」となるかも知れませんがね。大昔は、給料袋ではなく、肉を持って家族の下へ帰るのが男の役目だった訳ですから、せがれも、むすめも、眠りこけてる遺伝子に喝が入るかも。保証は何もありませんけどね(笑)。
なぜ背ロースが好まれるかといえば、木材に喩えて「柾目」で癖っ気がなく、比較的面積の広い肉片が沢山切り取れるからではないでしょうか。味そのものより、食肉としての扱いやすさによるところが大きいように思います。「鹿肉の刺身はどこが一番美味しいですか?」という質問を良く受けます。まあ、なんですね。我が家では「刺身は魚に限る!」と思っておりますので、頻繁に鹿の刺身を食べる訳ではありません。そう前置きしてから「どこの部分でも美味しいですよ」と答えています。ステーキにするなら、背ロースが最高! 他の部位は焼肉や煮込みに。ヒレは揚げ物にするのが一番旨いですね。
これは鞍部後端の背ロース。幅は広いが身は薄い。だから、少し厚めにスライスしてジンギスカンでいただきます。考えてみれば、焼く器がフライパンかジンギスカン鍋かの差があるだけで、ジンギスカンもステーキの一種です。どんな味付けであっても、厚切りの肉を焼けばステーキなんですね。だから、焼き過ぎは禁物です。
猪、熊、鹿、これら全てが「ドングリを食べ始めると味が良くなる」と言われています。養豚農家がこの話を聞いて、山で集めたミズナラのドングリ(写真)を豚に食べさせたところ肉質の向上が認められ、以後継続的に与えて好結果を得たと言う話を聞きました。エゾシカも同じドングリを食します。ビーフイーターと呼ばれるイギリス人は牧草を見て「こんな良い草を食った牛はさぞかし旨かろう」とヨダレを流すそうですが、私は、このドングリを見て生唾が湧きます。「このドングリを食べた鹿はさぞかし……」はっはっは、ヨダレが出た貴方とは、お友達になれそうです。
これがステーキに最適の部位です。スジや脂肪を取り去って厚めに切りますが、外側が少し黒ずんで見えますね。でも、傷んでいる訳ではありません。自分で獲った素性のハッキリした鹿肉をチルド室で3週間エージングした薫り高い食材です。レストランでお客さんに出す訳ではありませんから、最小限のピーリングしか行いません。自分で獲ったゲームミートには、最後まで責任を持ちたいもの。単に食い意地が張ってるだけじゃねーの? という意見もありますがね。
油をしいたフライパンが熱くなったら、肉を入れます。火は強火。先に塩コショウするのは好ましくありません。また、鹿肉のステーキには使い古して年季の入った厚手のフライパンを使ってください。脂肪が少ないヘルシーミートなので、新しいフライパンや薄いヤツでは肉が張り付いてしまいます。
塩コショウ共に挽き立てが一番です。魚料理には海の塩を使いますが、鹿肉には岩塩ですね。同じ山の物同士、相性が良い気がします。
ついで言うと、バターもニンニクもコショウ以外のスパイスも全部邪魔者です。塩コショウ、そしてブランデーだけの調理方法が「素性の正しい鹿肉のステーキ」を最も美味しく食べられて飽きが来ない唯一のもの……と私は思っとります。文句のある人は表へ出なさい。私はキッチンでステーキを焼きますから(笑)。
素早く塩コショウしたら、火を弱火に落として蓋をします。これは、絶対にシースルータイプでなければ使い物になりません。
好みの焼き加減で肉を裏返し、一気に強火。素早く、塩コショウ。モタモタしている暇はありません。お皿の準備はできていますか? お皿を温めておくと、万全です。
最後の仕上げは、ブランデー。好きな洋酒でやってください。バーボン、ライウイスキーでやる人もいますが、極めつけはテキーラ。あんたサボテンブラザースかいな! と引っくり返りそうになりますが、人の好みは色々です。我が家では、オーソドックスにレミーを愛用しとります。
「ファイア!」田中芳樹先生のファンなら「ファイエル!」とか叫ぶと雰囲気が出ますね。因みにこの作業、フランベというのが正しい呼び名。マッチを使わず火を操れるようになれば、貴方もハンターシェフの仲間入り。
この状態がミディアムとウエルダンの中間。オカンのリクエストはいつもコレです。私は好みませんがね。ウエルダンではパサパサ。かといってレアでは肉の風味が出ません。あれは、血が足りないときに食べると力が付いたような気になる食べ方。やっぱり味はミディアムレアが一番です。月並みですが、間違ってません。最後に最も大切なアドバイス。冷蔵庫からフライパンへ肉を直行させてはいけません。1時間前から室温に戻しておきましょう。それさえ守れば、ステーキは難しくありませんよ。まあ、いっぺん試してください。鹿肉が手に入らない人は、身近なお肉でどうぞ。