【在るべき場所】







青空。

雲が風に流されていく。
のんびり、のんびり。

柔らかい風が頬を撫でていく。
髪がふわふわと遊ばれて、くすぐったい。

洗濯物を干し終えた濡れた手が、きらきらと光る。
見上げれば目を開けていられないくらい、太陽の日差しが眩しかった。


「―…良い天気だねぇ。」


綺麗に干した洗濯物を満足そうに見つめながら自然と零れ落ちた言葉に、思わず笑う。

そんな言葉すら、久しぶり。



あの戦いから、もう1ヶ月経った。

統合されたことにより、世界は予想以上に混乱してしまっていた。
そんな世界を落ち着かせるのは、正直、大変で。


毎日毎日、世界中を飛びまわる日々。


仲間達はそれぞれ散って行った。
皆、自分のやるべきことをわかっていたから。

自分はというと、旧テセアラ領と旧シルヴァラント領の和平の使者に抜擢された。

あのときはそんなつもりはなかったとはいえ、
結果的には世界を統合に結び合わせるきっかけを作った人間だったから、ちょうど良かったのだろう。

休むまもなく動き回って、
苦手なお偉い方々と、苦手な難しい会話をする。
今度こそ、失敗できないから、毎日がむしゃらだった。
まあ、失敗する気なんて、これっぽっちもないけど。


…そんな中、たまたま1日だけ時間が出来た。

久しぶりにミズホに帰って、掃除をして、洗濯をして。
タイガおじさんと、おじいちゃんと、何気ない会話をして。

『平和』

あぁ、平和になったんだと、と。
思わず笑顔が零れてしまう。

そんな普通の時間すら、貴重に感じるほど現実離れした生活を送ってきたから。


「気持ち良いねぇ…―。」

真っ青な空に、真っ白な洗濯物。

思わず縁側に寝転び、空へと手を伸ばす。

指の隙間を、ゆっくりと動いていく雲。


もう少し。
もう少しだけで良いから。

今日だけはゆっくりと時間が流れればいい。
明日からはまた忙しく飛びまわって、しばらく家には帰れないだろうから。


ぼんやりとしていたら、伸ばした手がかくんと落ちる。

「…あ〜…、いけない…。」

お昼の片付け、しなくちゃ。

けれど、下がる目蓋に逆らうことができない。

…やだ、どうしよう。
縁側になんて、横にならなきゃ良かった。

こんなに気持ち良いなんて。

柔らかい風が頬を撫でていく。
髪がふわふわと遊ばれて、くすぐったい。

「片付け…、しなきゃ…―。」







「しいな?」

呼びかけてみる。
しかし、中から返事はない。

「しいな、いないのか?」

青い服を身に纏い、真面目な顔つきで訪れた青年―おろちは、
反応の無いことを不思議に思い、縁側へと回る。
明日から待っている山積みの仕事の整理を、午後から約束していたのに。

そのとき。

「おろち、静かにせんか。」
「!…頭領!」

突然の頭領―イガグリの潜んだ声に、おろちは自然と声を小さくした。

「ほれ。」

不思議そうにするおろちに、イガグリは威厳のある顔をくしゃりと崩し、笑顔である方向を指差す。

「あ…―。」

指の先に、風に揺れる桃色の帯。

穏やかな表情で熟睡する幼馴染の姿がそこにあった。

「疲れておるのじゃろう。少し、休ませてやろうではないか。」
「…そう、ですね。」

安心しきった無防備な幼馴染の姿に、おろちもポーカーフェイスを崩し、思わず笑顔になる。

「しいなは昔から気配に敏感じゃ。これ以上近づくと起こしてしまうじゃろ。」
「少し、そっとしておきましょうか。」

小さな頃からしいなは人に気を遣い、人の気配に敏感だった。
それは、子供心に自分が拾われたという後ろめたさもあったのだろうか。
眠っていても気配を感じるとぱっと目を覚ます幼い子供に、
イガグリは感心する反面で悲しくもあった。
無邪気に眠っていいはずの子供が、大人に気を遣い飛び起きる姿。
妙に大人びた行動をするしいなに、何度、子供らしくいてほしいと願ったか。

あんな無防備な姿、滅多に見ることはできなかった。

イガグリはおろちの言葉に頷く。

「たまの休暇、邪魔をしたら何を言われるかわかりませんね。」

強気な幼馴染の怒る姿を想像でもしたのだろう。
おろちは苦笑いをした。


と、そのとき。


「ど〜もぉ、しいな、いる〜?」

脳天気な明るい声が響き渡った。
小川に掛かる橋をのんびりと渡りながら、大きく手を振る青年。
艶のある赤い髪に、気品のある顔立ち。
けれどそれをぶち壊すようなおちゃらけた態度と派手な服装。

「神子!?」
「そ〜、神子ゼロス様登場〜。ん?何よ?そんなに驚いて。」
「し〜っ!静かにっ!」

大きな声を出す神子―ゼロスの口を、おろちは慌てて押さえ込む。

…ちらりとしいなを見るが、ぴくりとも動かない。
なんとか起こさずにすんだようだった。

「…っぷは!…何よ何よ?」

小声で話し始めるゼロスにイガグリが笑う。

「よく眠っておるでの。起こしてしまったら可哀想じゃろう?」
「へ?」

そういってイガグリの視線を追いかけた先。

疲れた顔をしてぐっすりと眠る少女の姿。
艶やかな黒髪がさらさらと風に流れて気持ち良さそうだ。

「へぇ〜…珍しく無防備でやんの。」

満足そうににやにやと笑うゼロス。
そのまま足を少女の元へと進める。

「神子…!」
「あまり近づくと人の気配で起きて…」

寝かしておいてやろうとしていた二人は、慌ててゼロスを引きとめようとするが。

「平気平気〜。こいつ、起きねぇよ。」
「え?」

自信ありげな声。
その自信はどこからくるのかと問い掛ける前に。

何事もなくゼロスは眠るしいなの横に腰掛けてしまった。

「…!」

信じられない、とイガグリが呟く。

人の気配に敏感な少女が、他人の気配に気を遣わず、ぐっすりと眠っている。

「こいつな、俺様が近づいても絶対起きねーのよ。」

呆れたように笑って、そっとしいなの髪を撫でる。
”ロイドとかだと起きちまうのに”、と一言付け加えて。

「んでな?俺様も、しいなが近づいても絶対起きねーのよ。
…いつ誰に寝首をかかれるかもしれないってのにさ。」

そう告げて笑う。
その瞳には満足そうな輝きがあった。

「なんでだろうね〜。」
「…それは、お主が一番わかっておろう?神子よ。」

挑戦的なゼロスの笑みに、イガグリも笑う。

―理由なんて、わかりきっている。

「さすが〜頭領、鋭いねぇ。」
「ふぉっふぉ…見くびるでない。そうか…まあ、お主なら、安心じゃな。」
「あらら?いいの?大事なしいなを俺様みたいな狼さんに預けちゃって。
何されるかわかんないぜ?」

そう告げながら眠るしいなの頭を、そっと膝へと移動させる。
それでもしいなは目を覚まさず、むしろ温もりを求めるようにゼロスの服を掴んだではないか。

「心配無用。悪い狼に気を許すほど、うちのしいなは落ちぶれてはおらぬよ。」

温もりにいっそう安心した表情で眠る少女に、
嬉しいような、悲しいような複雑な笑みを浮かべながら、イガグリはその場を立ち去ろうとする。

「と、頭領?」
「外すぞ、おろち。」



『自分の在るべき場所』


しいなは見つけたのだ、長い旅の中で。

ならばそこに居させてやろう。
少しでも心休ませてやろう。
明日からやらなければならないことが山ほどあるのだから。

言葉もなく笑みを浮かべるイガグリに、おろちは問い掛ける。

「頭領?」
「…嫁に出す日も、そう遠くないかもしれんのう…。寂しくなりようじゃ。」
「嫁…?しいなが、ですか?」

まさか、という顔をするおろちにイガグリは意地悪く笑った。

「…おろち、おまえもまだまだじゃな。」
「え?え?」
「ふぉっふぉっふぉ。」
「と、頭領〜??」

クールな顔に似合わない動揺を表しながら、おろちは慌ててイガグリのあとを追いかけていく。






青空。

雲が風に流されていく。
のんびり、のんびり。

穏やかに過ぎていく時間。
膝の上の存在から聞こえる、規則正しいリズムの呼吸。

『平和』

あぁ、平和になったんだと、と。
思わず笑顔が零れてしまう。

やがて空が茜色に変わり、冷たくなり始めた風に身を震わせるまでの間。
膝の上の少女は、『在るべき場所』の温もりに包まれながら、
髪を撫でる感触に気持ち良さそうに身を委ねていた。



「ぎゃ〜っ!何すんだよっ!妖怪暴力鬼女〜っ!」
「自業自得だよ!レディの寝込みを襲おうなんて!大馬鹿!アホゼロス!覚悟しな!」


太陽が沈みかける時刻にミズホ中に響き渡った声。


自宅に居場所を失い、地蔵の前でくつろぎながら、
聞こえた声を夫婦漫才だとぼやくおろちとイガグリの姿があったとか…。







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イガグリ&おろち登場(笑) 実はおろち君結構好きです。
くちなわも好きなのですが彼はまた別の機会に。
なんか天気がよくて仕事サボりたいなあ〜…と考えていたらできた作品。
ゼロス様にのろけて欲しかったんですよ。しいなは俺様のもの〜ってね。
密かにゼロス×しいな←おろちもおいしいと思う今日この頃。(←反応怖っ!!)

◇ 砂 ◇