【ホントの気持ち 後編】






……なんだ?


視界は真っ暗だ。
足元はふわふわとした感じ。


耳に響く、大きな水の音。



ああ、そうか。
俺様溺れそうになってたちっちゃいハニーを助けようとして……荒波に巻き込まれてハニー共々溺れたんだっけ。


天下の神子様が情けねえなぁ………ちくしょー。



せっかくのあいつとのデートだったのに、まさかこんなことになるなんて。


俺様、死んだのか?
あいつに…しいなに悲しい思いさせちまったかな。
でもなぁ…あいつ、素直じゃねぇから…また一人で抱えこんじまうかな。


ちくしょー…まだ死にたくねえのに…。









瞬間、視界に入った明るい光り。












──……ゼロス!



聞こえた、声。


俺を呼ぶ、あいつの声。



そうだ。
俺はまだ死ねない。

あいつに何も告げてない。



せめて、せめて。
俺の思いを伝えるまでは…………──。












視界が、一気に明るくなった。











そして。



唇に感じた、柔らかい感触。















「ぅ…っゲホッ…」
「……っ…ゼロス!」
「やった!神子様がお目覚めになられたぞ!」


真っ白だった視界が、徐々に色に染まる。
その視界を覆う、黒い影。


「ゼロス…っ…あたしだよっ聞こえるかい?」


そして、今にも泣き出してしまいそうな、あいつの、声。


「し…いな……?」
「……ばかぁ…っ心配かけんじゃないよ…っ」


泣き出しそうだった声が、完全に泣き声に変わって、ぱたぱたと水滴が俺の頬を打った。


「悪ィ……。」
「よかった…よかったぁ…っ」


やっとのことで焦点の定まった瞳に映ったしいなは、まるで迷子の子供のように泣きじゃくっていた。

感情を押し殺すこともせず。
統領だとか…忍びだとかということも忘れて。

たった一人、藤林しいなという…涙脆い女性として。



安心させるために、しいなの髪をそっと梳く。



「…おチビちゃんは…?」
「大丈夫。今念のため…病院いってるけど…でも命に別状はないって…。」
「そっか…。」
「まったく…あんたって…奴は…っ」


いつもの罵声も涙声では効力はなかった。
俺はゆっくりと体を起こして、しいなをそっと抱き寄せた。


「サンキュ…。」
「ん…。」


こくりとしいなは頷いて、俺の腕に大人しく抱かれていた。









自惚れていいのだろうか。
期待していいだろうか。




素直な気持ち。
素直な涙。




しいなは、心から俺のことを必要としてくれていると。





















「せっかく水着買ったのに…あんまり遊べなかったな。ごめんな。」
「ううん。あの子とあんたが助かって…ほんとよかった。」


夕日の眺められるビーチ寄りのスウィートルーム。
念のため安静にとベットに横になる俺に、しいなは付き添ってくれていた。

…自分だって疲れただろうに。

話によれは、監視員が俺を、しいながおチビちゃんを救出してくれたらしい。
…忘れそうだったがしいなは隠密。泳ぎは得意に決まってる。

「助けにいって一緒に溺れるなんて…俺様超格好悪〜…」
「何いってんだい。」

そうバツが悪そうに笑った俺の言葉を、しいなが否定する。

「あのとき、あんたがあの子を発見してなかったら、
…あの子のこと抱きしめてなかったら、あの子もっと遠くに流されちまってた。
もっと水飲んで…もしかしたら手遅れだったかもしれないって。」


俺の手を握って。
俺の目を真っ直ぐ見つめて。



「あんたのおかげだよ。かっこよかった。」



少し、赤く染まった頬で。

珍しいほど、素直に。







ああ、ヤバイ。
さっきもそうだった。
素直な涙。
素直な感情。


普段強情なしいなが見せる、真っすぐな気持ち。



そんな態度とられたら……俺だって、もう抑えられない。



…核心に迫っちゃおーかな、俺様。

そのためにこの旅行を企画したのだから。




チャンスは、今。




「…なあ、しいな。」
「ん?」
「さっき…砂浜で俺が目ぇ覚めたときのことなんだけど…。」
「…な、なんだい?」


途端視線を逸らして、頬を夕日の如く真っ赤に染めたしいな。


やっぱりそうだ。
俺の予想が外れていなければ……。



「人工呼吸、してくれてたの、しいなだろ?」



目覚めた時、唇に感じた、柔らかい感触。
状況から考えれば、あれは間違いなく目の前にいたしいなによるもののはず。



「ば…馬鹿っ!ちゃかすんじゃないよっ。」
「ちゃかしてねーよ。」
「あ、あれは…っ、あんたの命がかかってたから……───」
「ふ〜ん、監視員もいたのに?」
「〜っ!…ゼロスっ。」


人工呼吸で送り込む空気の量は男性のが多い。
それなのに、しいなが率先して行ったのは、…きっと必死になって助けようとしてくれたから。



…しいなはそういうやつだ。



図星だったのだろう。
湯気が出そうなほど熱を持ち始めた手を、逃がさないように握り返して。



「…ありがとな。お前のおかげだ。」



握った手を引き寄せて。
突然のことにバランスを崩したしいなの体を腕の中に閉じ込めた。



「…!ゼ…ゼロス!?何し…っ」
「ん〜…勝手な言い分で悪ィけど。」



腕の中で暴れる存在が愛おしい。
きっと耳まで真っ赤なんだろう。


潮の香りの残る髪を撫でながら、そっと一呼吸。
緊張なんてらしくねぇなぁ〜…なんて、心の中で呟きながら。



まだ伝えていない…どうしても伝えたかったことを、
今、伝えよう。


なぁ…しいな。






「もう、おまえのこと離す気ねぇから。」
「…!」






あの旅で。
お前と二人で過ごす時間がどれだけ大切か実感できたから。


「で…でも…っあたしとあんたは…っ」
「“でも”もなにもねえ。」


神子なんて。
頭領なんて。
立場なんて関係ない。




あの旅で。
俺のことを守ろうと、必死になってくれたお前を。
泣きながら俺を追い掛けてきてくれたお前を。


俺は、もう手放すことなんてできないから。



「しいな…。」
「…っ」



耳元で囁いて顔を覗き込めば、困ったような表情が俺を見つめている。



あ〜…、やべえ。
そんな顔されたら…。



「…も一回、して?」
「…え?な…何を…─」
「しいなの心のこもった甘〜いキス。」
「!ば…馬鹿!あれはキスじゃないって……!」


勢いよく顔を上げたそのタイミング。


「──!」


しいなの顎を捉らえて。
目の前にある薄紅の唇に、自分のそれを急速に近づける。

「!」

ぎゅっと目を閉じるしいな。


長い睫毛が震える。
頬が桜色に染まる。

それを確認して。
その反応に満足して。


……俺は寸前で唇を止めた。




「……っ」
「……。」
「……?」


いつまでもこない口づけを不思議に思ったのか、恐る恐るといった様子で目を開けたしいなに、最後の宣告。


「…逃げねーってことは了承かな?しいなちゃん。」
「…!ぁ…ち…違…っ」
「俺様本気だから、張り倒さないとホントにするぜ?」
「…ゼ……!………ん……っ」




今度こそ本当に、
問答無用で唇を重ねた。


柔らかい唇が小さく震える。
けれど、決して逃げだそうとはしない。

俺の服に必死にしがみつく手。
呼吸の為にずらした唇から漏れる甘い吐息。



…暫く合わせていた唇をそっと離せばしいなは、信じられないといった表情で見つめた。



「頭領に対してこんな熱い抱擁、ミズホじゃできねーし。」
「…!」
「“しいな”と二人きりになりたかったってわけ、わかってくれた?」


頭領。
神子。
そんな立場なんて、忘れて。
二人だけの時間で、俺の一番大切な想いをお前に。


「じゃ…じゃあ…初めから…あたしを…口説き落とすつもりだったってこと…?」
「うわ…鈍感。じゃなきゃスウィートルームなんて予約するかよ。」


しいなは唖然として困ったような顔を見せる。






「んで?…しいなのお返事…は───ん?」










「こんの…っエロ神子ぉー!」
「ぐはぁっ!」









え…エロ神子!?


まさかの展開。
俺様の一世一代の告白がエロ神子で片付けられた…。




「ひでぇしいなっ!俺の勇気ある告白をグーで返すなんてっ!」
「ば…馬鹿!あんたがいけないんだろっ!何考えてんだい!このスケベ!」
「ちょ…っ待て!おまえなんか誤解して…」
「す…好きでも…っそ…そういうことする関係になるには女にはそれなりの覚悟がいるんだ!なのに…急にそんなの…っ!」




ヤバい。
勝手に解釈して、勝手に涙目なんですけど。





「落ち着けって…んなこと急にしねえからよ。」
「嘘…っ」
「マジで。俺様おまえにはかなり慎重なんだけどなあ…。」
「ぇ…?そ…そうなのかい…?」
「そーよ?。俺様おまえに本気で手出したことないでしょうよ。」
「そ…そういえば…そうかも…。」


勝手に突っ走ったことが恥ずかしくなったのか、かなりうろたえたしいなは、
しばらく「あ〜」とか「うー」とか赤ん坊のように唸っていた。


そして、ひとしきり悩んだ結果。



「ご…ごめん…。」



小さな声で謝ってきた。



「いいって。気にすんなよ。不安になるのは当たり前だから。」




───、でも。


俺様ちゃ〜んと聞いたぜ?





「やぁっと聞き出せたなぁ〜しいなの本当の気持ち。」
「え?」
「おまえってば慌てたりとかするとすぐに本音が出るからな〜。」
「あ!……さ、さっきのは例えで…」
「今更遅〜い。」


ぎゅう、と再び腕の中に愛しい人を閉じ込めて。


「俺達だって、そろそろ幸せになったっていいだろ?」



世界のため。
国のため。
里のため。

そうやって頑張ってきたんだから。



するとしいなは茶色い猫目をぱちぱちとさせて。


「……あんたにそんなこと言われるようになるなんて、ちょっと意外。」


と驚いたように呟いた。


「そっか?…そういやぁそうか。」


確かに自分らしくないと思う。
けれど、そんな風に考えられるようになったのは…。


「お前がいたから…変われたんだろうな。」
「あたしは何にもしてないよ。…あんたが変わったんだ。」


そういって笑ったしいなをもう一度強く抱きしめて、確かに腕の中にいることを確認した。




幸せになろう。
本当の気持ちが繋がっているなら。

神子なんて。
頭領なんて。
そんな壁、乗り越えてみせる。



「で、でも…どうするんだい?」
「ん〜?すぐにってわけにはいかねーだろうけど…俺様ミズホに移住しようかなぁ〜。
そのほうがセレスの体にもいいだろうし。」
「そうかい…。まぁ簡単なことじゃないからね。気長に待ってるさ。」















あの二人旅で。
俺達の関係は確かに変わった。


そして今日からまた少しずつ、変わっていくのだろう。






そう遠くない未来の。
お前と俺の、幸せに向かって。














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なんか中途半端なような気もしますが、一応終わりです。
思ったより長くなてしまいました…。反省。
(長らく待たせてすまん。真輝どん)

聞いてない人でもわかるようにはしたかったのですが…ロデオCD後です。
ロデオであんまりにも熱い仲を見せ付けられちゃったんでついつい。

水着ネタはまたまた海辺の趣味です。
試着コーナーに彼氏が入れるところとかあるじゃないですか。
あのノリを想像してください。


お互いが大切な想いを素直に話せるようになれれば…っていうお話。


◇ 砂 ◇