【黒猫.4】










それからというもの、『黒猫』がメルトキオを訪れる頃には、決まって精霊研究所の前で待っていた。


『次は、いつメルトキオにくる?』


待ち焦がれるようなそんな質問に、

『さあね。』
だの、
『別にあんたには関係ないだろ。』
だの、曖昧な言葉が返されていた関係。


そんな関係に変化が現れはじめたのは、『黒猫』に出会ってから3ヵ月近くも経ってからだった。











「じゃあね。」
「あ、しいな。」


“ちゃん”なんて気持ち悪いからいらないと言われ、名前だけで呼べるようになったのはつい最近のこと。

これだけ時間をかけてでも彼女との距離を縮めたいと思う気持ちに変わりはない。
それだけしいなが自分の中で特別な位置付けにいるということだろう。


「……なんだい?」


呼び止めた俺に返事をしてくれるようになったのも最近。
それまでは『たいした用がないなら呼び止めるな』と怒られていたのだから。



「次は、いつメルトキオにくる?」



いつもと同じ質問。
また今日も、同じことを繰り返すのには理由がある。
“何月何日にくる”なんて、答えを期待してるわけじゃない。
ただ、『次』があるという確信が欲しかったから。



「…さあね。」



やはり、同じ。

同じでよかった。
『もうこない』という言葉以外であればなんでもよかった。




「…まあ、火曜日にはまた研究所にこなきゃいけないから、
日曜日あたりにはメルトキオにいるつもりだけど。」




…………だから、続いた言葉に心底驚いた。




「マ…マジ?」
「……こんなことう嘘ついてどうするっていうのさ。あんたを騙したところで何の得もないよ。」

“日曜日”なんていう具体的な日程が返ってくるとは思わなかった。

何を驚いているのかわからないと言いたげに、しいなは首を傾げる。
けれど、俺にとっては大きな進歩。
しいなと俺の距離が一歩縮まったことの証だから。



「じゃあ月曜日の予定は?火曜に研究所ってことは、月曜日は予定がないってこと?」
「…そのつもりだけど…。なんだっていうのさ。」



こんなにしっかりとしたスケジュールの話ができるなんて。
チャンスは、今しかない。


「しいな。俺様とデートしない?」
「は?………あんた馬鹿じゃないのかい?」



……バカの一言。
はっきりと告げられて少々へこむ。
…いやいや、諦めちゃいけない。


「馬鹿ってことないでしょうよ〜。俺様、本気なんだけど?」
「…何いってんだい。どうせからかってんだろ。」
「信じてくれよ〜。からかってなんかない。」


背中を向けたしいなの肩を引き止める。


「…なんでさ。あたしみたいな子供より、あんたの周りには綺麗なお嬢様がいっぱいいるじゃないか。」
「だ〜っもう!俺様はしいながいいの。しいなじゃなきゃ意味ないの。」


あまりの言われように思わず告げた言葉。
俺様の言葉にしいなは驚いたように目を見開いた。


「あたしじゃなきゃ、意味ない………?」


………し、まった。


なんてらしくない。
勢いに乗って告白めいたことを告げてしまうなんて。










「────。」

「──…っ」


それは急なことだった。


俺の言葉に返事もしないまま、しいなは俺の手を振り払い、早歩きで歩きだす。


「え!?ちょ、おいっ!しいな!」


慌てて追い掛ける俺を振り返ることもせず、しいなは街の出口へと向かう。



何か怒らせるようなことをいっただろうか?
自分の頭の中で言葉を繰り返してみるけれど、それらしき言葉はない。



「しいなっ!」



伸ばした手が、再び肩に届きかける。






「あたしに、深入りしないで。」






寸前で、その手はとまった。



「え…。」



断りの言葉。
けれど、その言葉の意味は誘いの断りだけではない。

今こうして、一緒にいることすら拒むような……。



しいながゆっくりと振り返える。
その瞳は、真剣そのもので。





「──、あたしに深入りすると、良いことないよ。」





…そのまま、しいなは街から出ていった。








「なんだってんだよ……。」


訳がわからない。
なんで。
どうして。





「…なんで、そんな、悲しい顔すんだよ。」





苦しそうな。
泣きそうな。
何かに耐えるような。





「………先に深入りしてきたのはどっちだっつーの。」


自分の領域になんの違和感もなく侵入してきたのは彼女のほうだ。
彼女はそんなこと気付いていないだろうし、知ったところで「関係ない」と怒るのだろうけど。

……それでも、長い時間をかけて築いてきた人との心の隔たりを、
何の苦もなく擦り抜けてきた『黒猫』は、自分にとって手放したくない、
大切な存在。



しいなが悲しむ理由なんて、今はわからない。

わからない、けど。



「─…、悪いけど、迷子の子猫ちゃんを放っておけるほど、俺様冷酷じゃないし?」



…見えなくなったしいなの背中にむかって、そう呟いた。







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