【黒猫.6】







9年前、貴族の間で噂になった話だ。



ミズホには“疫病神”がいる。



それは、頭領に拾われた娘。
精霊と契約する資格を持ちながら、雷の精霊「ヴォルト」との契約に失敗した娘。
ミズホの里の4分の1の人間が死亡し、育ての親である頭領は、目を覚まさない。

しいなが“疫病神”だとするならば、すべてが一致する。

精霊研究所に通っていることも。
自分よりも、里のことを中心に考えるところも。

………人との深い関わりを、拒絶することも。












雷雨はしばらく続きそうだった。

裸足で…しかも薄着で飛び出してしまったしいなを探して、メルトキオの街を走る。
しいながいる場所は検討がつかない……そもそも彼女の足の早さではもうメルトキオを出てしまっているかもしれない。
貧民街…平民街…隅から隅まで探していくが、『黒猫』の姿は見つけられなかった。
それどころか雨は強くなるばかりで、気温も下がる一方。



「……くそ…っ」



零れ落ちた涙。
震えた肩。


『………あんたを…傷つけたくない…殺したくない……っ!…だから…っ!』

「……引き離すほうが…辛いっつーの。」


出会ってしまったから。

自分の大切な人。
¨神子¨ではなく、¨自分¨を見つめてくれる人。

その人に突き放されることのほうが…何倍も辛いから。












探し始めて20分ほど過ぎたが、やはり『黒猫』の姿は見当たらない。


「…っしいな…どこだよ…っ。」


響き渡る雷鳴。
次第に近くなってくるその音に、強くなる焦り。


──…雷の精霊「ヴォルト」。


ヴォルトとの契約失敗で大切な人達を失ったのだとしたら…────。






「───……、!」
「……?」


声が、聞こえたような気がした。

そう遠くはない。
雷の音に紛れて、悲鳴のような声が…………。



「………っ!しいなっ!」


白い着物。
濡れた黒髪。
闘技場の陰、そこに……逃げ出した『黒猫』はいた。

小さく身を縮めて…耳を塞いで。



「…嫌……、やあぁ……っ」



『雷』に怯えて。



「しいなっ!」



叫ぶように呼んだその名前もしいなには聞こえないようで、肩を震わせて泣き続けている。
まるで、目には見えない『何か』ら逃げるように。


「しいなっ!」
「やだ…っやだぁ…っ」
「おいっ!しっかりしろよっ」
「……っおじいちゃ………っみんなぁ……っ」


その姿は幼子そのもの。
事故当時のしいなの姿なのだろう。



現実に引き戻さなくては。
このままでは、しいなが壊れてしまう。



「しいな!」



ぱちんと。

頬を軽く叩いた。



「……………!」



感触にしいなの目が見開かれる。
虚ろだった焦点が少しずつ定まり、輝きを取り戻した瞳に、俺が映った。


「……ゼロ……ス……?」
「……馬鹿野郎っ!無茶してんじゃねえよ………。」


雨と涙で濡れたその目元を拭う。
けれど、我に返ったしいなはその指を慌てて払い除けた。


「…っおまえいい加減に…っ!」
「…っ!やだ…っ!あたしには関わるなって……────!!」



『雷』が光る。

その途端にしいなの瞳に恐怖の色が宿った。

「…!…きゃあぁっ!」

ほぼ同時に大きな音が響いた……近くの森にでも落ちたのだろう。
しいなから再び悲鳴があがる。



「──…っ」
「───!ぁ……」



それは、無意識の行動。

気付いたときにはしいなを引き寄せて、抱き締めていた。

少しでも、音を遮ることができたら。
少しでもしいなを支える存在になれたら。
そんな想いの表れだったかもしれない。

…そんなこと、とても口にできる質じゃないけど。


「………ゼ、ゼ…ロス……っ!離し……───」
「目、閉じて…耳塞いで。」


『雷』の音を消すために、頭に腕を回し、耳元に囁く。


「それでも音が聞こえるなら…俺の心臓の音でも聞いてろ。」
「……っ。」
「……俺様がいれば、怖くねーから。」



そのまま、有無を言わさず抱き抱える。
こんなところにいつまでもいれば風邪をひいてしまう。


「ちょ…っ降ろしてっ!あたしは……っ!」
「少し口閉じてろ。…それとも無理矢理塞がれたい?」
「何…───」
「俺様と今ここでちゅ〜したいのかって聞いてんの。『ほっぺにちゅ』じゃすまさねーよ?」
「や…やだ!スケベ!」
「じゃ、おとなしくしてな。」


雨で冷えきった体を抱える腕に、ぎゅ…と力をこめる。



──…俺はおまえに突き放されるのも、おまえが傷つくのも困るんだよ。



言葉にするつもりはないけれど、……少しでも想いが伝わるように。



「……………、ゼロス……。」
「ん?」
「………ごめん。なんでも、ない。」



今までの強気な態度とは裏腹、……まるで縋るように、白い手がぎゅっと俺の服を掴んだ。



想いが伝わったのか。
恐怖が勝ったのか。



どちらかはわからないけれど。






雨の中を早足で歩く。
それ以上言葉を交わすこともないまま、俺は自分の屋敷へと震える黒猫を隠した。

『雷』の視線から、守るために。








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