【ラヴレター】
「しいな様申し訳ございません。ゼロス様は本日も留守でございます。
お戻りは深夜かと思われますが……。」
「そう、ですか……。」
今日もまた、すれ違い。
親善大使であるあたし。
テセアラのマナの神子であるゼロス。
そんな役どころに付いてしまったせいか(まあゼロスはもともとだけど)、
互いのスケジュールはうんざりするほどびっしりと埋まっていて、
ここ最近休暇なんてとった試しがない。
今あたしは、ものすごくゼロスに会いたい。
もしかしたら……なんて少し期待して、メルトキオに来た時はゼロスの家に寄っているけれど、
結果は無残なものだった。
人は、離れてみて初めて気付くことが多い。
それは……普段はうるさいと思っていた両親の暖かさだったり。
自分の心の、思いがけない脆さだったり、強さだったり。
そして………。
友情とは呼べない、様々な形の想いだったり。
あたしは今、そんな想いに悩んでいる最中だ。
もやもやした想いをはっきりさせたくて、
その原因である本人……ゼロスに会って確認したいんだけど、こんな状態。
深夜までは待っていられない。
………あたし自身も夕方からは会合があって、もう支度をしないと………──
「…しいな様?」
「あ、ごめんなさい。また……来ます。お邪魔しました。」
ひとつぺこりと頭を下げて、荷物を抱え上げようと屈みこむ。
「お待ちください、しいな様。」
そんなあたしをゼロスの執事、セバスチャンは笑顔で引き止めた。
「もしゼロス様にお伝えしたいことがおありでしたら、
ゼロス様へ言付けのお手紙でもお書きになられてはいかがでしょう。」
「…手紙?」
意外な提案にあたしはセバスチャンに聞き返してしまった。
「今日の夜ゼロス様がお戻りになられましたらお渡ししておきますが…いかがなされますか?」
“ゼロスに手紙を書く”。
ゼロスとはいつも口喧嘩ばっかりだった。
だから、そんな選択肢はあたしの思いもつかないもので、変に緊張してしまう。
そうやってあたしが戸惑っている間に、セバスチャンはあたしの荷物を持って中へ入っていこうとする。
「あ、あの…──」
「夕方の会合に御出席であれば、こちらでお支度をされてはいかがでしょう?お時間的にもよろしいでしょうし。」
「で…でも、ゼロスがいないのに…悪いですから。」
「とんでもございません。
ゼロス様の大切なご友人を何のおもてなしもせずにお返しするなど…私がゼロス様に叱られてしまいます。」
そのまま応接室であろう部屋へと向かうセバスチャンを慌てて追い掛ける。
「お茶とお菓子をご用意いたしますから、会合までゆっくりお休みください。
…そうすればゼロス様へのお手紙をお書きになる時間もございましょう。」
「で…でもあたし字綺麗じゃないし…それにあいつに手紙なんて何て書いたらいいか……。」
「しいな様。」
緊張から早口になるあたしを宥めるかのような穏やかな瞳で、セバスチャンは再度微笑んだ。
「文字も言葉と同じ…想いを伝えるための手段です。
ですからしいな様のあるがままの想いをこめて、文字を綴れば良いのですよ。」
「想いを…文字に……。」
セバスチャンのいうことが本当だとしたら。
一字一字に丁寧にこめれば、想いは伝わるだろうか?
あたしが……すごくゼロスに会いたいってこと。
ゼロスのこと…好きかもしれないってこと……────。
白い紙の前に座って。
小さく、深呼吸。
“ありがとう”なんて正直に言う柄じゃないし、
用件を伝えるために“話がある”なんてありきたりな文章じゃ、想いは伝わらない。
それに、長い文章が書けるほどあたしは器用じゃないし。
なら、たった一言。
……あるがままの想いをこめて。
真っ白な紙に。
青いインクで綴る想い。
符にマナをこめるように。
あたしが今ゼロスに伝えたい、たった4文字の言葉。
“会いたい”、と──────
最後の一画まで丁寧にペンを滑らせた。
「……ふぅ。」
一番大切な言葉を書き終えて、とりあえずほっと一息。
あとは、宛名と差出人。
ゼロスの名前を紙に印したことなんて一度もないから、変に緊張する。
そして、この手紙の差出人が、“あたし”であると名前を残すことすら緊張する。
ふたつの緊張から、思わず大きく深呼吸してしまった。
そのとき。
「──………“会いたい”って、誰に?」
「!」
耳元で、不意に声がして。
驚く暇もなく背中から何かに包まれたかと思ったら。
紅く柔らかな髪が、あたしの胸元に滑り落ちてきた。
何?
何だ?この展開は。
何が起こったのか瞬時に判断できなくて。
あたしは驚きのあまりペンを取り落としてしまった。
「え?え?ぜ、ゼロス!?」
「反応おせーけど、あったりぃ〜。」
そのままゼロスは取り落としたせいで変な場所にインクがしみ込んでしまった紙を取り上げる。
「あ!だ…ダメだよ!」
「へ〜、しいなって字、綺麗なのな。」
「そ…そんなことないよっ!いいから返しな!っていうか離せっ!こらっ!」
気付けばあたしはしっかりとゼロスの腕の中におさまってしまっていた。
なんで?
なんで?
夜まで留守だっていったじゃないか。
心臓がばくばく音を立てる。
急なことにどうしていいかわからなくなって、普段の勢いで悪態をついてしまう。
「あんた夜まで仕事なんだろっ!こんなとこで何やってんだいっ!」
「何って…会議と会議の合間に時間ができたからな。ちょっと休憩〜。それよりも……。」
紙をテーブルに戻し、妖しく笑う。
「俺様の質問に答えてよ。………“会いたい”って、誰に?」
話を戻されて、しかもきつく抱き締められてびくんと体を震わせてしまった。
「……ぅ…。あ…あたしは…。」
「言いたくない?」
言いたくないわけじゃない。
でも…まさかの急展開についていけずうまく言葉がでてこない。
「…じゃあ、俺様が当ててあげる。」
あたしを片手で抱き締めたまま。
ゼロスがペンを取り、インクを付ける。
そのまま、あたしが書いた“会いたい”という言葉の上に…
“Dear Zelos”
と。
あたしよりも達筆な字で書き上げた。
「……当たり?」
ああ…圧倒的に不利だ。
どう考えても見透かされてる。
「う…ううううるさいっ!あ〜もうっ!からかうんじゃないよっ!」
「へぇ〜、否定しないってことは当たりなのかぁ〜。」
「な、なんだいっ!いけないってのかい!?」
あ。
思わず、肯定。
あたしの返答にゼロスはきょとんとした瞳をむけた。
互いに一瞬硬直。
わずかな間の後、あたしが言い訳を告げる前に。
一足早くゼロスが笑った。
そのゼロスの顔が……すごく、やんちゃで、嬉しそうで。
「やべ……すっげー…嬉しい。」
あたしの言い訳は喉で止まってしまい、再び伸びてきた腕におとなしく抱き締められてしまった。
「すれ違いばっかだったしな……しいなのこの感触も久しぶりだなぁ〜…。」
「な…え、エロ神子!離せっ!」
「そ〜怒るなって。たまにはおとなしくしてろっての。」
暴れるあたしの耳元に唇を寄せるゼロス。
そのゼロスがあたしにくれたのは、
「俺様もおまえに“会いたかった”。…この回答じゃ不満?」
あたしの想いへの最良回答と、とびきり二枚目の笑顔。
あたしもあんたに会いたかったよ。
すごく、すごく。
恥ずかしさのあまりに口にできないけれど。
だからあたしは……、声の代わりに、
目の前に置かれたペンをもう一度取って、“会いたい”という文字の下に、こう書き加えた。
“From Shihna”
……と。
伝えた想いがあたしのものであると、しっかりと残す為に。
あんたへの想いが、友情なのか…恋愛なのか。
まだ確信したとはいえないけど。
きっと、間違ってない。
この手紙は。
あたしからあんたへの、
初めての……ラヴレター、なんだ…と、思う。
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しいなはしょっちゅう符を書いているから字は綺麗な、と。
ゼロスは達筆かなあ…という妄想の産物。
口喧嘩ばかりの二人が、字で想いを伝えることこそ、特別なことかと。
◇ 砂 ◇