【温度】
清々しい朝。
朝露がきらきらと輝いて。
なんて気持ちがいいんだろう。
そんな朝の出来事。
「あ〜…ちょっと、そこのトマト取っとくれっ。」
「へいへい〜…っのわっ!おいおい〜押すなって…っ」
時と場所はメルトキオの朝市。
できるだけ新鮮なものをできるだけ安く手に入れる。
朝市は資金節約が必須条件であるあたしたちにとっては好条件の購入場所だ。
取れたての瑞々しい野菜が出店に並び、朝日をうけてきらきらと光っている。
その光景が爽やかで、あたしはややはしゃぎながら店から店へと行き来していた。
混雑をものともせず、眠そうに目をこすりながらぼやく男を引きずり回して。
「あんたね〜…いつまでも眠そうな顔してるんじゃないよ。おてんとうさまはもうとっくに高く上ってんだから。」
「んなこといったってよぉ〜…俺様こんなに早く起きねーもん……。
ロイド君達だってまだ宿で寝てんでしょうよ〜…」
「あたしらが買い出し当番なんだからみんなより早く起きるのは当たり前だろ?
ぼやいてないでさっさと買い物済ませるよ。」
あくびをする男の背中をぴしゃりと叩いて、あたしは人混みをすりぬけながら歩いていく。
「おい、しいな…っ一人でどんどんいくなって。」
「…ちょいと。あたしの帯はあんたの迷子綱じゃないんだけど。」
後ろから揺れる桃色の帯の裾を掴まれて、
歩みを止めるしかなかったあたしは男…ゼロスを一睨みする。
「俺様が迷子になるんじゃなくておまえが迷子になるっつ〜の。」
「あんたがとろいからだろ?早くしないと売り切れちまうじゃないか。」
そんなやりとりの間にもあたしはフルーツポンチ用の果物を品定めし、腕へと抱え込む。
朝市は競争の場なのだから、少しの時間すら惜しい。
「帯、放しとくれ。」
「へいへい……。あ〜あ、俺様果物になりて〜なぁ」
「は?何訳わかんないこと言って…─。」
奇妙なことを言うゼロスの視線が自分の胸へと集中していることに気が付き、
あたしは一気に頭に血が上った。
「ゼロス!!ど、どこみてんのさっ!」
「いやぁ〜そのダイナマイトバディになら俺様押し潰されてもいい〜Vv
むしろ押し潰されたい〜なんて………いてぇ!!」
「馬鹿!アホ!」
腕が使えないからゼロスの足を思いっきり踏み付けてやる。
ゼロスは自称美形の顔を思いっきり歪めて、大きな声をあげた。
「狂暴女〜っ」
「自業自得だろっ」
「お…おいしいなっ!ちょ…待てって…」
そんな馬鹿ゼロスを放って、あたしは足早に次の店へと向かった。
「…にしてもほんと…すごい人だね。」
会計のための列ですら半端な長さじゃなくて、
むしろどこからどこまでが列なのかわからなくなってしまうほどだ。
さすがは王都メルトキオの朝市、といったところか。
道を行き交う人の波に押されて列から外れてしまわないようにするだけで結構な体力を要する。
「まったく…早く追い付いてこないかね。あの馬鹿は。」
振り返っても赤い頭は目に入らず、あたしは小さくぼやいた。
正直この大荷物を一人で支えるのも限界になってきていたので、
せめて荷物だけでも持ってほしかったのに。
「ゼロスのやつ…何処で何やって……。」
落ちそうになる荷物を抱え直した、そのとき。
するり、と。
腰のあたりに、妙な感触が走った。
「─…っ、?」
ふいを突かれて、思わずびくりと体を震わせてしまった。
─、「今の」は?
一つの考えに行き着いて、けれど頭で否定する。
この混雑だ。
人と触れ合うのはしょうがない。
気のせいだろうと思い込もうとする。
けれど。
「…っ…」
腰に触れた手は明らかに意味を持って腰から下へと下がってきた。
─、「痴漢」。
間違えようがなかった。
「…ゃ…」
どうしよう。
手は使えない。
荷物を放り出す訳にもいかない。
まさかゼロスと離れてこんなことに遭遇するなんてかけらも思っていなかった。
「─…っ…!」
混雑のあまり密着した状況ではまわりの人間だって気付いてはくれないだろう。
感触が気持ち悪くてぎゅっと唇を噛み締めたが、なんの解決にもならない。
わかってるのに、こんな時に限って、声も、体も、思い通りにはならなくて。
やだ
怖い
やめて…──────!
「!…痛ぇっ!な…なにしやがるっ!」
「…!」
手の感触がふいに消えたと思った途端に、真後ろから悲鳴があがった。
まわりの人も何事かと歩みを止める。
恐る恐る振り返れば、真後ろの男は腕を背中へと捻りあげられ、苦痛に顔を歪めていた。
「それはこっちの台詞。人混みに紛れてレディに悪戯してんじゃねーよ。」
次に聞こえてきたのは聞き慣れた声。
真後ろの男のさらに後ろに見えた、赤い髪。
ゼロ…ス…………────?
「てめぇ…言い掛かりもほどほどに…………!?」
「………嘘つかねえほうが身のためだと思うぜ?俺様、優しいからさ。」
わざと男の顔を覗き込んで、笑う。
あいつの…ゼロスの顔を知らない人間なんて、メルトキオにいない。
途端顔を真っ青にして、男は腰を抜かした。
「俺様の女に手出したのを見逃してやろうって言ってんだ。わかったなら………─」
襟首をぐっと掴みあげて。
「─……とっとと失せな。」
その瞳はあたしが見たこともないくらい冷たい瞳。
男は抜けた腰をなんとか支えて転がるように逃げていった。
「─…ゼ…ロス……。」
「それ、貸しな。」
言葉少なにゼロスはあたしが抱えていた食材を受け取って、手早く会計を済ませる。
詰め込んでもらった荷物を片手で抱え上げて、もう片方の手であたしの手を握った。
ぎゅっと…強い力で。
強いけれど、痛くない。
そんな温かい力に縋るような思いで、あたしは必死に握り返した。
市場を離れて、平民街の広場に到着するまで、ゼロスは一言も喋らなかった。
荷物がベンチに置かれ、ずっと背中を向けていた体がくるりと反転する。
そのゼロスの表情は手の温もりとは裏腹、怒っているような表情。
そう、思った途端。
「だから言っただろ!?一人でどんどんいくなって!
…大体なんで悲鳴あげないんだよ!それじゃ相手の思うツボだろうが!」
怒鳴られるなんて予想外で、あたしはらしくなく大きく肩を震わせてしまった。
「俺が助けなかったらどーなってたと思ってたんだよ!
…おまえも女なんだからちったー気にしてそういう対策しとけっつーの!わかった!?」
よく考えればあたしだけが悪いわけじゃない。
けどこいつがこんなに怒るなんて今まで無くて……。
「…ご…めん………。」
冷静さを失って…しかもさっきのことで怯えきっていたあたしは、勢いに押されて謝ってしまった。
不覚にも、視界が霞む。
「…!…………あ〜…違う。…悪イ…そうじゃなくて…。」
なんだか気まずそうにゼロスは髪をかきあげる。
そして今度は訳もわからないままふんわりと優しくゼロスに抱き締められてしまった。
そのまま子供をあやすかのように、ぽんぽん…と軽く背中を叩かれる。
「…………?ゼ…ゼロス…?」
「……悪かった………怖かったんだよな。怖かったから、声出なかったんだよな。」
リズム良く背中を叩く手が心地よい。
「……?ゼロス…?」
「あ〜…あのな〜……あんま知らない男に気やすく触れてほしくないわけよ。
………その……なんだ…、えーと…って何言ってんだ俺様……。」
「……?」
めずらしくゼロスが歯切れ悪く喋るから、あたしはどうしたのかと思ってゼロスの顔を伺おうとする。
「ば……っ!見んじゃねえっ!」
そうしたら確認する前にあたしの頭はゼロスの肩に押しつけられてしまった。
「あ〜っ!とりあえず俺様はおまえのこと心配してんの!わかった!?」
耳元で急に大きな声で怒鳴られて耳が痛かった。
けど。
触れる手、触れる肌の異様な熱さ…………それは、確かにゼロスの気持ちを表していて。
珍しく馬鹿正直なゼロスの態度に、あたしは思わず吹き出してしまった。
「てめ…っ…笑うんじゃねえっ!」
「はは…っだってあんた…おかし…っ」
ゼロスが、照れるなんて。
普段クールを装っているだけに格別に不器用に見える。
けれどその不器用さがくすぐったく…心地よくて、
あたしはゼロスの背中をぽんぽん…と優しく叩き返した。
「…わかった。ありがとね、ゼロス。」
「─……っ、わかったなら、いい。」
よっぽど顔を見られるのが恥ずかしいのか、そのままゼロスは荷物を抱えて大股で歩きだしてしまう。
「…っぼけっとしてっとおいてくぞっ!」
「はいよ。」
あたしは笑って、ゼロスの顔が見えないように、数歩後ろを歩いていった。
それは、清々しい朝の出来事。
あんたの頬みたいに真っ赤なトマトの朝露がきらきらと輝いて。
なんて気持ちがいいんだろう。
勢いか、それとも相手を退けるためかも知れないけれど。
「俺様の女に…」……なんて。
悪くないかも、……ね。
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痴漢話、海辺砂Ver.
こちらは朝という設定でおはな様とはまったく逆です。
かっこいいゼロス君のつもりがドジなゼロス君に(笑)
おはな様捧げますのでお持ち帰りください。m(__)m
しっかし、うちのゼロしいはつくづく甘いなあ…。
◇ 砂 ◇