【料理】






いつか。

あんたに「美味しい」っていってほしかった。
その日がくることを願ってた。
だから、あの頃あたしは…一生懸命頑張ってたんだ。





フウジ山岳からメルトキオへ帰る途中、あたしたちは、
「国王への反逆罪」って奴のせいで、宿にもとまれないまま旅をしていた。
だから今日も野宿するしかなくて、あたしたちは仕事を分担してたんだ。

あたしと、さっき正気に戻ったコレットが料理当番。
リフィルとジーニアスが明日の計画。
プレセアが薪拾い。
ロイドと、あたしのいない間に仲間になってたゼロスが水汲みだった。

「しいなが夕食の当番なのって久しぶりだね。しいなお料理上手だからいいなぁ。」
「コレットだってうまいじゃないか。あたしだってなんでもかんでも作れるわけじゃないよ。」

そんなことをいいながら水洗いした野菜を切っていたそのとき。

「お!今日の夕飯はカレーか〜。」

陽気な声が聞こえてきた。どうやらロイド達が戻ってきたらしい。

「お帰りロイド。」
「俺もう腹ペコだよ〜。早く二人が作るカレー食いたいなあ〜。」

あたし達の作るカレーの味を知ってるロイドは、早く食べたいと子供のようにはしゃいだ。

けど、そのとき。

「へぇ〜。今日の料理当番はしいなかぁ。しいな料理なんてできんのか〜?」

続いて聞こえてきた人をバカにしたような調子のいい声。
振り向かなくてもわかる。
ゼロスの声だ。

「コレットちゃんは料理うまそうだなぁ〜。ねえねえ、俺様の奥さんにならない〜?」
「え?あたしは料理苦手だよ〜。だってしいなみたいに美味しく作れないもん。」

コレットが人参を横に振って否定する。

「またまた〜謙遜しちゃって。
コレットちゃんみたいな可憐なハニーに料理してもらえるなんて、俺様達幸せだなぁ〜。」

ああ、もううるさい。
どっかいってよ。
どうせあたしはコレットみたいに可憐じゃないよ。
悪かったね。

いつもなら口からでるはずの言葉が、なんでか喉でとまってしまう。

久しぶりに会ったのに、まともに話した会話が、いきなりこんなのなんて。


「しいなの料理なんて食ったら俺様まで怪力になっちまいそうだぜ〜。」


いらいらする。

もう、ほんとうるさい。
いい加減にしてよ。


いつもだったら綺麗にむけるはずのじゃが芋が、余計な力が入って綺麗にむけない。

「俺様手伝ってやろうか〜?なーんてね。」



……やめて!



「…っ!」

指に軽い痛みが走った。

反射的にあたしは指を口元へもっていく。

口のなかで少しだけ血の味が広がった。

やだ。
あたし相当いらいらしてる。
手元、見てなかった。

これじゃほんとに料理できないみたいじゃないか。
じゃが芋切ってて指切っちまうなんて…情けないったらありゃしない。

「!…しいな、だいじょぶ?」

心配そうに覗き込んでくるコレットの顔を、みることはできなかった。

バカみたい。
料理がうまくなったって。
あたしは可愛い奥さんになんてなれないのに。
なのにゼロスの言葉にムキになって。


…傷ついてるなんて。


本当は、可愛いくて、料理がうまい…そんな奥さんになりたいなんて、思ってたなんて。


バカみたい。
未練がましい。



途端、ぱたぱた、と音をたてて紫色の装束が濡れていく。



「し…しいな…。」

「─…っ!」

堪えようと思ったけどとまってくれなかった。
止めようとすればするほどぼろぼろとこぼれ落ちていく涙。

心配そうなコレットの声に、リフィルと、ジーニアスが振り返った。


やだ。
あたし何泣いてるんだろう。
いつもみたいな他愛のない喧嘩だったのに。
胸の奥が苦しくて、言葉がでてこない。


「お、おいしいな…おまえ泣いてんの!?冗談に決まってるだろ〜?」
「ゼロス君、最低です。」
「ほんとあなたって女性好きなわりにはデリカシーがないわよね。」

ゼロスを一睨みしたあと、リフィルがハンカチを貸してくれた。



あんたと付き合ってた頃、一生懸命料理のレパートリーを増やしたんだ。
いつかあんたに手料理を食べてもらう日がくるかもって…必死だった。

結果として、別れちゃったからそんな機会なんて、なかったけど。



あのときの気持ちが、今こんなふうにして傷つくなんて思ってなかった。




「─、食べたくなきゃ…食べなきゃいいじゃないか。」

借り物のハンカチで涙を拭って、あたしはゆっくりと立ち上がる。

「し、しいな。冗談だよ…。悪かったって…。」

いいすぎたと思ったのだろうか。
何度も謝るゼロス。
けれど自暴自棄になってるあたしには無意味だった。

「しいな…しいなはお料理すごく上手だよ?みんなわかってるよ。」
「─、コレット…いいよ。こいつが食べれないっていうなら、あたしもうこいつの前では作らないから。」

それ以上ゼロスのそばにいたくなくて、あたしは歩きだす。

「お…おいしいな!待てって!悪かったっていってるだろ?」
「…!」

ぐい、と肩をつかまれて引き戻される。
久しぶりに触れた、感触。
胸が疼く。

「触んないでよ…!」
「しいな…!」
「バカ!あんたなんか…大っ嫌い!」

手を振り切ってあたしは全速力で走りだした。















どれくらい、そうしていただろうか。
あたりは真っ暗になっていた。

「…バカ。」

あたしはぼんやりと湖を眺めてた。

シルヴァラントに行って、帰ってこれる保障なんてなかった。
コレットの暗殺に成功して帰るか、失敗して死ぬか。
どちらかの選択肢しかないようなものだった。
ゼロスにだって、もう会えないかもしれないって、思ってた。

おかえりなんて、言ってほしかったわけじゃない。
あたしは失敗したのに生きてるんだから。
けど、どこかで待っててくれるって…期待してた。


「バカはあたしだ…。」


別れたのに、好き。

一方的に別れを告げられて、まだ諦めきれない。


その未練を、ゼロスに押しつけようとしてる。
ゼロスのせいにしようとしてる。


別れたんだから。
あたしがあいつのためにレパートリーを増やそうが、あいつのために料理がうまくなろうが、


…あたしがあいつを好きだろうが、


ゼロスにはもう関係ないんだ。

だから、冗談にできなかったあたしがいけない。
…デリカシーがないゼロスもいけない.


けど。


「…まだあんたの『特別』でいたかったんだよ…ゼロス。」

まさか一緒に旅することになるなんて。
この想いは…どうしたらいい?









「─、み−つけた。」



調子のいい、声。

「…。」

正直驚いたけど、顔にはださず、振り返ることもしなかった。

「みんな心配してるぜ?帰ろうや。」

「………。」

返事はせずに立ち上がる。
そしてそのままゼロスの横を通り過ぎてあたしは元きた道を歩きだした。

そのあとをゼロスが言葉もなくついてくる。

無言のまま。
しばらく歩き続けた。

「─、これからは気を付けなよ。」
「んん?」

あたしは自分の否を認めたうえで声をかけた。

「あたしみたいにいつも冗談が通じる女ばっかりじゃない。
…ちょっとした言葉で傷つく繊細な女の子だっているんだから。」
「ま、そうだわな。悪かった。」
「もう、謝んなくていいよ。悪かったね。冗談にムキになって。」

それ以上詮索されたくなくて、あたしは歩きを早める。

「─、しいな。」
「何?」
「こっち向けよ。」
「なんで…。」
「こういう話はちゃんと顔みて話すもんだろ。」

こういうときのゼロスは、意外にも強引だ。
ぐい、とひっぱられて、無理矢理視線をあわせられる。
そのときあたしはどういう顔をしていたんだろう。
きっと、泣くのを堪えた顔だったに違いない。
ゼロスは何を感じたのか、にやりと笑った。

「ひとつだけ教えろよ。」
「何さ。」
「ちょっとした言葉で傷つく繊細な女の子に、しいながなってる理由は何?」
「な…」

見透かされた瞳で見つめられて、あたしは動揺してしまう。

「繊細だから、いつもは冗談ですませられる言葉に傷ついたんだろ?」
「あんたいい加減に…!それがデリカシーがないっていうんだよ!」

質問を誤魔化そうとしてあたしは視線をそらしたけれど。

信じられない力でひっぱられて、急に視界がふさがれた。

どくり、と大きく鳴る鼓動。



─、抱き締められてる。



そう認識したときあたしは力一杯ゼロスを押し退けようとした。

「や…っ!」
「しいな。」
「…っ!放せ!」


なんでこんなこと。
あたしたち別れたんじゃないか。
あんたがあたしをふったんじゃないか。


耐えていた涙が再びこぼれる。
それをゼロスが認識した瞬間、手が緩められる。
あたしは反射的にゼロスの頬を叩いた。


「っ…。」
「なんでこんなことするのさ!あんたがあたしのことふったんじゃないか!」


耐えていた気持ちが一気にあふれだす。
どうしよう。
今度こそ涙がとまらない。

「忘れようって…思っても忘れられなくて…苦しいのに…っ。
こんなことされたら…っ!あたし…どうしていいか…わかんない…っ」

足の力が抜けてぺたりと地面に座り込む。
そのまま声をあげて泣いた。






どうしてこんなことするの?
一方的に別れようっていったのに、今度は一方的に抱き締めるの?




告げられた別れに、呆然としてしまったあの時。


愛想つかされた、かな。
貴族の娘と違って、あたしは品もないし。
恥ずかしくて手もつなげない。
腕も組まない。
求められたキスも、極度の緊張から拒んじまって。


きっと、…愛想つかされたんだ。

もっと女の子らしくすればよかったかな、とか。
デートとか、すればよかったかな、とか。
もっと素直になるんだった、とか。

そんなこと。
そんなことばっかり。

考えて。
考えて。




気がつけば後悔ばっかりで。



空いてしまったあたしの隣の空間の埋め方を、
あんたへの思いの忘れ方を、

どうすればいいのか見当もつかなくて。


なのに…あんたはあたしの気持ちを弄ぶの?





「─、しいな。」
「もうやだ…こんなの…っ。」


泣きじゃくるあたしの髪に大きな手がそっと触れる。
その大きな手が数回髪を撫でて、そのあと、涙で濡れた頬を包み込んだ。


「…!」


途端、唇をそっと塞がれる。

突然のことにあたしは涙で濡れた目を見開いてしまった。


驚きで動くこともできない。



「しいな。」


何度も優しく、ついばむように触れるキス。
唇が頬を流れる涙を拭って、そしてまた唇が触れ合う。

あたしの頭はすっかり混乱して、されるがままになってしまった。

けれど、突然ゼロスが笑う。


「…まさか、お前がそんなに未練がましいなんて、ちょっと計算外。」


キスの優しさとは裏腹、人を馬鹿にしたような口ぶりに、かっとなったあたしは反射的にゼロスを突き飛ばそうとする。
けれど、それはゼロスによって封じ込まれた。

「こら、最後まで聞けっての。」
「やだ!もう…離してよ!」
「離すわけねえだろ、…っていうか、離せねえよ。そんなお前見せられたら…さ。」


抱きすくめられてしまい混乱する思考は、ゼロスの言葉にさらに混乱を極めた。




「しいなが未練がましいことに、感謝してんのよ、俺様。」
「…え?」







─、感謝?







「……忘れ方がわかんなかったのはお前だけじゃねーってこと。」







その言葉は確実にあたしの心を震わせた。






─、忘れ方がわからなかった?




だとしたら。


嫌いになったんじゃないんだ。
愛想つかされたんじゃないんだ。



ゼロスもあたしと同じように悩んでた。
あたしのために悩んでくれたんだ。










視線が交差する。

ゼロスの真意を探るように、その瞳を見る。









……けれど、ゼロスは視線を逸らしてしまった。



「…今は、まだ駄目だな。
今の俺様にはおまえの隣にいる権限なんてねーし、
…今お前は俺様の隣になんていちゃいけねーのよ。」



まるで、自分に言い聞かせるような、言葉。





駄目な理由なんてわからない。






でも。

「今」が駄目でも、
「未来」なら、隣にいてもいいってこと…こと?




もしも、……近い「未来」、あんたの隣にいられるのなら。















「さあ〜て。メシの支度も終わってるだろうし、戻るか。」
「……ゼロス」



話をごまかすかのように急に明るくなったゼロスの背中に声をかけた。




「あたし、あんたのために料理のレパートリー増やしたんだよ。」




告げた、真実。

それは、ゼロスにとって予想外のことだったんだろう。
歩みを止め、驚いた表情で振り返った。


「しいな…?」
「それなのに食べもしないうちにあんたにけなされたんだ。
それが、あたしが「ちょっとした言葉で傷つく繊細な女の子」になった理由。」




ゼロスに、一歩近づいて。




「あたし…あんたがあたしの料理全種類食べてくれなきゃ、許すつもりないからね。覚悟しときなよ。」




あたしの隣で。
あたしが作る料理を食べて。





今じゃなくていい。
「未来」でいいから。






「…………しいなってば大胆だなあ…。俺様プロポーズされちゃった。」

「う…うるさいねえ!そんなんじゃないよ!今度こそホントに作ってやらないよ!?」



からかわれて急に熱くなる頬。

一発だけゼロスの足を蹴っ飛ばして、あたしはゼロスよりも前を歩いた。







「でひゃひゃ。…………ほんと、お前の隣は居心地が良すぎるわ。」







穏やかな笑いを含んだ声を、背中で聞きながら、再び滲んだ涙を拭った。














------------------------------------------------------------
普段は気の強いしいながらしくない反応をしたら、ゼロスはかなり動揺するんじゃなかろうかと思いできた作品。
しいなの温もりにゼロスが負けるパターンが、私の中で理想になりつつあります。(おい)
でもしいなは料理ステータスからみてもいい奥さんになるだろうし。
料理の上手い女性はいいぞ〜。
というわけでゼロス、娶れ。(笑)
…………………実はこの作品、7月から書き始めて今日書き終わった作品。(オイ)

◇ 砂 ◇