【聖夜 ─1.勇気─】






今年もまた、
聖なる夜が近づいてくる。


けれど今年はいつもとはちょっと違う。


みんなにとっても。
世界にとっても。


…あたしにとっても。
…あんたにとっても。



特別な一夜。














それは、任務の報告で久しぶりにメルトキオを訪れたときのことだった。


見慣れたはずの街並みが、華やかな街並みへと姿を変えている。
その意味を知っているあたしは、思わず表情を綻ばせた。


「綺麗だねぇ…。もうそんな時季かぁ…。」


任務の忙しさに、過ぎ去る時間の速さなど忘れてしまっていた。


この季節になると毎年マーテル教のお祭りのため、
貴族街から平民街までの一帯が、綺麗にライトアップされていく。
出資している貴族同士に権力争いでもあるのか、樹木や建物に取り付けられた電飾はいつも多すぎるほどで、
今年もまた、更に範囲が広がったようだ。


お祭りは来週からだが、準備を終えた夜の公園は既に優しい色合いの電飾に包まれ、
ロマンチックなムードを醸し出している。
毎年恋人達のデートスポットとして話題になるこの場所は、寒さにも負けず人並みが見られた。



「…今年は、いろんなことがあったから特別だね。」


世界統合は、テセアラもシルヴァラントも、多くの犠牲者を生んだ。
大切な家族を失った人、恋人を失った人……。
その中で生き抜いた人々の愛は…より深まっただろう。

公園で寄り添うようにしている恋人達がいつになく感傷的に見えて、あたしまで胸が熱くなる。




あたし達だって色々あった。
数多くの出会いと、別れ。
裏切り、信頼、絆の弱さ、強さ。


あの戦いの中であたし達も、大切なものを失い、大切なものを見つけた。


「あたしも……まさかあんなに大切な人ができるなんて思ってなかったしなぁ…。」

一人、呟く。



失いたくないと思った。
失ってはいけないと思った。
この人を失ったら……そう思っただけで震えがとまらなくなってしまう程の人。



黙ってりゃ格好いいのに。

女好きで。
飄々として。

……アホなあいつ。


あたしのこと見ればふざけたことばっかり言って…あたしを怒らせるし。



…だから、あたし、怒ってたはずなのに。

気付けば…、あたしの心の領域は、あんたに大半を埋め尽くされてしまった。



世界の仕組みを変えようと思ったのは、
いつも笑ってるあいつが、苦しむ姿を見たくなかったから。

強くなりたいと願ったのは、
あいつが苦しまななくていい世界に変えてしまうだけの力が欲しかったから。


「あたしも趣味が悪いねえ……。あいつのこと好きになるなんてさ。」


…本人にそんなこと言う勇気なんてないけれど。













「だから〜…俺様が良いっていってるんだからいいんだよ!」
「しかし…神子さま…っ」

「!」

突然、脳裏に浮かんでいた人物の声が右のほうから聞こえて、
あたしは驚いて思わず身を隠してしまう。
不覚にも頬は真っ赤に染まり、うるさいくらいに心臓が音を立てる。



なんで…?
なんであいつ…ゼロスが、貧民街に?





「あのなぁ…これは俺様が好きでやってるの。おまえらには関係ないでしょうよ。
…わかったならさっさと城に戻って陛下に報告でもしとけ。」
「神子様……!」



兵士達の制止も聞かずに、ゼロスは大きな荷物から幾つもの箱を取り出し始めた。



あいつ…なにやって……。



「…神子さまだ。」
「一体何を…。」

貧民街から人々が姿を現わす。
貴族である神子が、たった一人貧民街で何をしようというのか…気になっているようだ。


「お〜ちょうどいいとこに〜。悪いけど手伝ってくんねえ?」


そういって寒さに鼻を赤くしたゼロスは、貧民街の人々を手招きする。
そして何事かと恐る恐る近づく人々に、ゼロスは笑顔で箱を手渡していった。


「そん中に入ってる電飾をみんなの家の屋根に取り付けてほしいのよ。さすがに俺様一人じゃできねえわ。」



「…!」



思いもしなかった出来事に、貧民街の人々…そしてあたしも目を見開いてしまった。

ゼロスは、平民街でとまっていた電飾を、貧民街まで延ばそうとしているのだ。



あいつ…身分の差を少しでも、なくそうとして……?
知らなかった。
そんな準備をしてたなんて。



…でも、きっと簡単には受け入れられない。





あたしがそう思ったとほぼ同時に、貧民街の人々の視線が、不安げなものから怒りへと変わる。



貴族達の貧民への態度は残酷なものだった。
今まで数えきれないほどの罵声を浴び、幾度も傷つけられた心は…そう簡単に人を受け入れることなんてできない。
ゼロスの好意が本物か偽物か見分けることだって…難しい。
…疑うことに慣れてしまった心は、貴族という身分だけで拒絶してしまう。



「……それは、貧しい者への情けでしょうか、…或いは、金持ちの見せ付けですか?神子様。」


予想通り、一人の男性がゼロスを睨む。

貧民街の入り口に電飾を取り付け始めていたゼロスは、その言葉に手を止めた。


違う。
ゼロスはそんなつもりじゃないよ。



浴びせられた冷たい言葉に、自嘲気味に、ゼロスは笑う。



「……そーいわれると思った。」



違う。
違うよ。
ゼロスは馬鹿な貴族とは違う。
ゼロスは本気で……。



あたしは、そう告げてしまいたくなる言葉を必死で飲み込む。

あたしが否定に入ったところでなんの解決にもならない。
これは…貴族と貧民の問題。
貴族であるゼロス自身が解決しなきゃいけない問題。




言葉を失ったゼロスを物陰から見守っていると。




「…けど、今回ばかりはそう言われて諦めるわけにはいかねえのよ。」



突然ゼロスは自信有りげに笑って、大きな袋を男性に投げた。



開けろ、という視線に押されて男性が袋を開ける。
その袋からでてきたのは………。



「あ!手袋だ〜!」


小さな子供たちが、袋のまわりに駆け寄る。
色とりどりで暖かそうな手袋に、子供達は目を輝かせた。


「これ…は……。」
「これは俺様の財産で買ったわけじゃねえ。そんな金で買ってプレゼントしたって、おまえら嬉しくないだろ?」


はしゃぐ子供たち。
その子供たちの頭を撫でながら。


「さすがに編み物は苦手だから俺様材料集めることしかできなかったけど、
……フラノールで作ってもらったのよ。バイトしてさ。」


そこでようやく、あたしは気付いた。

フラノールの寒さの中、ペンギニストフェザーを集めていたからだろう、
……普段は綺麗に手入れされているはずなのに…凍傷になりかけているゼロスの赤い手。




「神子…様。」
「貴族には金がある。それを見せびらかすために貴族があんた達にやってきたことは……確かに酷い。
……けど、これからはあんた達だって変わらなきゃいけないんじゃないか?」



その瞳は、あいつが滅多に見せない…真剣なもの。



「確かに貴族は金持ちだ。けどな、貴族全員が悪い奴なんじゃない。…使い道を誤った貴族が悪いだけだ。
…要は、金っていう物が悪いんじゃなくて、その金を使う人間の心に問題があるってこと。そうだろ?」
「………。」



ゼロスの想いが伝わったのか…それともゼロスの真意を探っているのか、
…みんな黙ってゼロスの言葉を聞いていた。



「金の使い道を間違ってあんたたちを苦しめるようなアホな貴族は…俺様が受け止める。
だからあんた達も…人を信じることを思い出して、人の好意ってやつを受けとめる勇気を持ってほしい。」


一つ、手袋を取り出して…ゼロスは男性に渡した。


「俺は…今持ってる財産をみんなに分けるなんて馬鹿なことはしない。
さっきもいったように、あんた達はそんなことしても嬉しくないだろうし、
…俺んちの金は俺の先祖が努力して稼いだ金でもあるからな。
簡単に渡せるものじゃない。」
「ゼロス様…。」
「その代わり、これからあんた達がちゃんと働けて、給料をもらえる環境を整える。…それが、俺の金の使い方だ。」



赤くなった手のひらでぎゅっと男性の手を包み込むゼロスの瞳は……暖かかった。



「ってわけで〜この手袋と電飾は、『これからみんなで一致団結して頑張るぞ』ってのと、
『寒さにも負けず頑張るぞ』っていうのをあらわしてんの。わかったかな〜?」



急にいつものようにおどけた態度に戻り、満面の笑みを浮かべる。

手を握った男性にゼロスの気持ちはちゃんと伝わったようで、……男性は受け取った手袋を握り締め…頷いた。



「よぉし!じゃあ俺様だけじゃ取り付けられないからみんな手分けしてつけてくれよ〜。
アホな貴族が金に物を言わせて作ったメイン通りになんて負けないくらい、綺麗でロマンチックにしてやろうぜ〜!」
「…みんな…神子さまをお手伝いしよう。」
「ゼロスさま〜あたしもやっていい?」
「お〜!可愛こちゃん!じゃあ肩車してあげるから俺様の届かないところ、手伝ってくれる〜?」





…なんて、楽しそうな声。

大人も、子供も、……ゼロス自身も。





ひどく暖かい気持ちが…胸を締め付けて……気付けば…あたしの視界は滲んでいた。




「なんだ……あたしのセンスも…なかなか…捨てたもんじゃないね。」



大嫌いな雪の中、必死になってペンギニストフェザーを集めた……がむしゃらなあんた。
…逃げ出していたあんたが、あの戦いを乗り越えて…雪に立ち向かう勇気を持ったのなら。




あたしだって負けちゃいられない。




「…よし、決めた。」




あんたに想いを伝えよう。

イルミネーションが完成したら、
この場所で、
ほんの少し、勇気をだして。





あんたのことが大好きだと。












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