ツチノコの絵について二人に同意を求められ、葉佩は少し困ったように首を傾けた。 「残念だけど、二人とも似てないな」 「お前、自分が何をいってるかわかってるのか?」 「え〜、あたしの描いたのすごく似てると思うんだけどなぁ」 「一般には知られていないから」 「くーちゃん? それどういうこと?」 「しばらく前に、仕事の関係で生物学の知識を詰め込まなくちゃならなくなってさ。それで論文を読みあさってたから知ってるんだけど、日本じゃなくて、お隣の中国で一例だけ捕獲された記録があるんだ」 「ええっ!?」 「捕獲後に環境が合わなかったのか、すぐ死んじゃったって事だけどね」 「ホントかよ……」 「どうも隔離された土地で独自の進化を遂げたらしくてね。まあガラパゴス諸島の生き物やらオーストラリアのカンガルーとかと同じだと思ってもらえればいいんだけど、現存する生物ではあまり似たのがいなかったらしい」 「へぇ〜」 「え〜と、確かヒプシロフォドン類から派生したアロティスピナクスが氷河期を乗り切った後に、生きる為に小型化したものだと推測される、とか何とか書いてあったような気がするけど……詳しいところは忘れちゃったな」 「くーちゃんってすっご〜い!!」 「その話が本当として、聞くがな。何でその話が世間に広まってないんだよ?」 「まあその……中国も日本と同じでさ。色々食べる国だろ? だから……」 「まさか……」 「食っちまったってのか!?」 「その『まさか』らしいよ。それで学会で問題になったりしたのも一因。他にもその捕獲地域の少数民族には自治権が与えられてて、その後の立ち入り調査が認められなくなったとか何とか色々あったらしい」 「ふ〜ん。そうなんだ〜」 「少し古い話らしいんだけど、一応写真とスケッチも載ってたから。皆守のは手足が多すぎるし(小声:なんか金太郎みたいの付けてるし)、やっちーのはディフォルメしすぎだな」 「はあ……」 溜息のようなものが聞こえて、全員が振り向くとそこにはA組の七瀬が立っていた。一番近い位置にいた葉佩の顔をしばらくぼーっと見ていたかと思うと、おもむろに口を開いた。 「おはようございます」 「あっ、月魅。おっはよ〜」 「古人曰く―――『三寸の舌に五尺の身を誤る』」 「何それ?」 「いえ、別に。深い意味はありません」 その後、何をしに来たのかも言わず、七瀬は自分のクラスに戻っていった。 「変なの。月魅、何しに来たのかなぁ?」 「さあ? それよりもうすぐチャイム鳴るよ。音楽室に行かないと」 「そうだった! じゃあみんなで行こっ」 一時限目―――音楽室 今日の授業はほとんどが音楽の歴史についての講釈で、歌唱練習もなく、実にのんびりとしたものだった。実際に眠りの国に旅立っている者の姿もちらほら見受けられる。そんな中、皆守は机に突っ伏している葉佩の姿が目に止まった。ついさっきまでは、やる気がなさそうながらも、黒板の方を向いて、カシカシとノートを取っていたはずだ。よく見れば、この季節に運動もしていないのに汗をかいている。脂汗だろうか。どこか具合でも悪いのか。 「葉佩」 小声で呼んでみても、返事がない。これは本格的な体調不良かと思った。 「葉佩、どうした? 具合でも悪いのか?」 重ねて問いかけると、やっと反応があった。皆守の方を見ないようにして、微かに首を振ったのだ。しかし、身体をかかえるようにして縮こまっている姿は、とても大丈夫そうには見えない。 「おい、本当に大丈夫か、お前。調子悪いなら、こんな授業フケてとっとと保健室に……」 『行っちまえ』と言いかけた皆守の言葉は、教室中を振るわせる大声で中断された。 「ぶわはははははははははははははは!!!!」 突然の出来事に、生徒たちはおろか、教師まで固まっている。 「だーーーーっはっはっはっはっはっはっは!!」 とんでもない大声で笑っているのは、つい先程まで具合の悪そうだった親友だ。さすがの皆守も状況を把握しきれない。 「おい、お前、調子の悪いのは頭だったのか?」 しばらく経ってから、まだ笑い続けている葉佩にやっとそう言ってみた。 「あは、あはは、あははは。ご、ごめん! 俺、どこも、悪く、ない、よ」 笑いながら返答しているので、言葉がどうしても切れ切れになる。 「じゃあ、何をそんなに馬鹿みたいに笑い転げてるんだ、お前は!」 「つ、つち……」 「つち?」 「ツチノ、コの話」 皆守の頭の中で、ガシャガシャピーン! と効果音付きで答えがはじき出された(気がした)。 「おまっ、まさか……っ!?」 「ご、ごめ……あはあはは、はぁ。まさかあんな与太話、信じるなんて思わなくて、さ。あー。笑いこらえるのって苦しー」 まだ笑っているので、言葉が途切れる。 「え〜っ!? くーちゃん、まさかあの話……?」 「ごめん、あれ、ぜーんぶ俺の作り話」 泣きながら(もちろん悲しみの涙ではない)、二人に向かって両手を合わせる。 「葉佩……」 「くーちゃん……」 「ごめんってば〜。後でマミーズ奢るから、ね?」 可愛らしく言ってみたが、二人の背後から阿吽の仁王像をかたどったオーラが放出されている。 「あ、あれ〜? もしかして、二人とも、大激怒?」 いつの間にやら、八千穂の右手にはテニスラケットが握られている。 「やっち〜、今は音楽の時間だぞぉ?」 皆守の手には、何故か男子寮常備品のメリケンサックがはめられている。 「み、皆守〜、それ、ピック代わりにするには無理があるんじゃないかな〜」 未だ呆然としている一般生徒と音楽教師の見守る中、惨劇の幕が開こうとしていた……。 「ぎぃぃぃぃぃやあああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 學園中にこだまするその声の正体に気付いた七瀬は、 「せっかくの知識を無駄に組み合わせて、よくあれだけの話をでっち上げられるものですね。ある意味では尊敬に値しますけど……」 と呟いた。 放課後―――図書室 そこではミイラ男の仮装のような男子生徒が、女生徒に話しかける姿が見られたという。 「七瀬、黙っててくれてありがとな〜!」 「あまり馬鹿らしくて、口が挟めなかっただけです」 「あ……そ……」 七瀬がC組に来た時に、アイコンタクトで黙っててくれと頼んだんですね〜。 単語は恐竜図鑑から拝借。 |